アンコール上映決定! VR的没入体験ができるビョークの映画『コーニュコピア』
Music Sketch 2025.05.13
ビョークのコンサート映画『Cornucopia(コーニュコピア)』(イソルド・ウッガドッティル監督)が5月7日に世界同時公開され、早速TOHOシネマズ新宿で体感してきた。大変好評で、現在各地でアンコール上映が決定している(下記に記載)。ぜひ興味のある人は多少遠方でも体感してほしい、芸術性やメッセージ性の高い映画である。

最新技術と芸術が融合したコンサート映画の新境地
まずVR的視覚効果が凄い。なにしろ映画の冒頭で、ビョークは「10年間にわたり360度音響と没入型の映像を手掛けてきたのは、劇場にVRを取り込むため」と語っている。思い出すのは2016年6月に、日本科学未来館にて最新VR展示イベント『Bjork Digital―音楽のVR・18日間の実験』が開催され、本人出席のスペシャルイベントやDJイベントが開催されたこと。ビョークがアルカとコラボしたアルバム『Vulnicura』(2015年)をVRプロジェクトへと発展させている過程で、来場者全員がビョーク特製のヘッドセットを試すことができた。そこから10年ほど経ち、最先端のデジタル・アニメーションと没入型VR映像が融合し、21世紀のテクノロジーを19世紀の劇場に持ち込んだ唯一無二の体験を生み出す独創的なショーとなったのだ。
コンサート内容について、ビョークは「アバターの二次的な物語が含まれ、操り人形が錬金術的に変容し、心の傷が完全に癒される物語です」と語る。その近未来的な映像も凄まじいし、ステージ上のパフォーマンスを複数のカメラで追うため、情報量にも圧倒される。筆者は2023年3月末に開催されたこの来日公演には行ったものの、座席の関係からか、そこまで没入感を得られなかった。しかし、これは映画館という劇場空間で観ることで、没入感がとてつもない。さらにうれしいことに歌詞の字幕はビョークの直筆によるものだし(筆者はコンサート当日に筆談取材をしたことがある)、冒頭には本人からの観客に語りかける挨拶を追加。来日公演で流れていた環境活動家グレタ・トゥーベリンによるメッセージ映像も、ここではビョーク自身によるマニフェストが語られることになる。ある意味、ビョークの手作り感を感じられる作品なのだ。
自然はメロディと創造的なエネルギーに深く影響を与えている
コンサートでは楽器も含めた、自然とテクノロジーの融和、協働的なアプローチなども披露される。これまでもガムランセレステやテスラコイルなど、彼女の音楽性を反映したユニークな楽器や装置が使用されてきたが、ここでも4本のフルートで円を形取った特製楽器や、「喉をウォームアップしている時、頭が共鳴し始めるように感じる。それは音声的に頭蓋骨の中に、個人的なチャペルを持っているようなものだと思う」という感覚を再現した、残響付加装置としてのリバーブ部屋などが登場。また、ビョークは「幼少期から自然のなかを散策しながらメロディが浮かんでくること」や、「音楽的アイデアと感情的な反応を引き出すことを重視していて、自然はメロディと創造的なエネルギーに深く影響を与えている」と話してきたが、ウォータドラムはまさにその音を再現するために演奏されている。
今年1月に行われたApple Music 1のザイン・ロウのインタビューで、ビョークはコンサートでの見どころとして、「フルート7重奏団のヴィーブラはグループの一体感、友情、音楽的なシナジーを育み、時にはアルバムの核心となり、その全体的なサウンドと感情のトーンを形作っているの」と話している。そもそもフルートはビョークが最初に手にした楽器であり、当時はおもしろみを感じず興味がドラムへと移ったものの、「シンガーとしての呼吸法に役立った」と話していた楽器である。スクリーンではそのアイルランドの女性演奏家たちがビョークとともに舞台を華やかに彩る。

アルバム『Utopia』(17年)でビョークはフルートと浮遊感ある"空気"の要素を重視し、ヴィーブラと週に1回セッションを行い、協働作業から曲作りや編曲などにインスピレーションを強く感じていたという。筆者は以前フルートを習っていたが、息を強弱や唇の形を調整しながら楽器内に向けて吐くことで音色を調節するため、空気の配分やブレスの難しい楽器だ。そしてビョークは、「故郷アイスランドのレイキャヴィクでは酸素濃度が40%であるのに対し、ニューヨーク市では20%に過ぎないため、酸素濃度が個人や社会的な快適さ、創造性に影響を与えるのよ」とも話していて、こういった点からも"空気"にこだわっているのが興味深い。
アルバム『Fossora』(22年)ではパンデミックの影響を受け、"空気"の要素からより地に足が着いた、"土臭いアプローチ"へと移行する必要性を感じ、メインの楽器がクラリネットに移る。『Fossora』というタイトルは、家に籠っていた状態が、キノコが地中深くへと穴を掘って菌を繁殖していく様子に似ているとして、ラテン語の男性名詞「fossor」(掘る人)を、ビョークが女性名詞として考えた造語らしい。さらにアイスランドのレイキャヴィクにある自宅の地下スタジオに、ミキシングとマスタリングエンジニアであるヘバ・カドリーがパンデミック中にもかかわらず来てくれて、困難な状況下での地下での手作業と協働を重視したアプローチに意義を感じたという。
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環境問題とフェミニズム、そして未来への眼差し
ビョークにはシュガーキューブス時代から取材してきたが、社会活動家であった母親の影響で、早くから環境保護問題に取り組み、エコロジーの専門家であるティモシー・モートンや、自然学者で映像プロデューサーのデイヴィッド・アッテンボロー卿らと交流してきた。ビョークは中盤で「種として生き残るためには、私たちのユートピアの定義が必要」と語り、「環境問題の克服が私たちが生きる唯一の方法」とし、「Future Forever」の歌詞にあった「母性に包まれた世界を織りなそう」や、「自然とテクノロジーが共存した世界を想像し、その世界を歌にしましょう」といった言葉を続けながら、「人は笛(フルート)で霊を呼び寄せ、新たな始まりを築く」とも語る。前述のようにフルートはアルバム『Utopia』での重要な楽器で、来日公演でもヴィーブラによる演奏や、4本のフルートで円を作り、その中でビョークが歌う場面などは話題を集めていた。
コンサートの『Cornucopia』は、環境保護の危機についてと男性優位主義である社会への応答として提示され、心の傷や内面が露呈される一方で、癒しと新たな可能性も示唆している。このフェミニズムも母親からの影響が強いだろう。アルバム『Utopia』に収録された「Sue Me」はマシュー・バーニーと娘の親権を争う訴訟を題材にした曲で、家父長制の呪いが歌われるが、コンサートの本編最後に歌う「Tabula Rasa」では、「子どもたちのために世界を白紙の状態に戻して、未来を引き渡したい」という思いが込められ、「父親たちの失敗の連鎖を断ち切ろう」「私たち女性が立ち上がって抵抗し、泣き寝入りはしない」「そのときが来た:世界は耳を傾けている」と歌われる。女性たちが声を上げる姿から、このアルバム発表の1ヶ月前に、#Me Tooムーヴメントに参加したビョークが、デンマーク人の映画監督(ラース・フォン・トリアーのことだろう)によるセクシャルハラスメントを公言したことを思い出した。

シアトリカルな演出の中でも、フルートの輪の中で歌うビョークが象徴的だし、アンコールの「Future Forever」などで合唱団の中でも女性20名とビョークが歌う、女性のエネルギーを融合させたパフォーマンスも、コミュニティとしての力強いメッセージとして映る。そしてビョークは終末論後の物語への返答として生物は適応可能であり、人類は環境問題に向けた選択と解決策を有し、このコンサートで私たちの未来は絶望ではなく、再生と変革の可能性があると示唆している。
恐怖に直面した際に好奇心を抱くことが人生で重要だった
このプロジェクトの背景を簡単に説明すると、アルバム『Utopia』のツアーは2018年4月からスタートしたものの11公演を行ったまま一旦休止し、2019年5月にその進化系として『Cornucopia』がニューヨーク公演からスタート。「コーニュコピア」とはギリシャ神話の中でゼウス神が授乳をしたというヤギの角のことで、花や果物があふれ出る「豊饒の象徴」とされる。このタイミングからビョークは編曲、製作、演奏はもちろんのこと、サウンド&ビジュアルクリエイティブディレクターも担い、舞台監督にはアルゼンチン人の映画監督ルクレシア・マルテル、デジタル映像にはトビアス・グレムラー、衣裳にはバルマンを迎えるなどして、コンセプト的にも大規模なものになった(この映画に収録した2023年9月1日リスボン公演のビョークの衣裳のみnoir kei ninomiya)。
しかし、COVID-19のパンデミックによってツアーは同年12月に中止延期。2022年に一度再開し、2023年の3月6公演と9〜12月まで13公演行われた。そして注目すべきことは、パンデミック期間中にアルバム『Fossora』を製作し、その楽曲をこのプロジェクトに組み込み、規模と物語をさらに拡大させたことである。幾度もアップデートを重ねたその最終完成形が、この映画なのである。

ゼイン・ロウとのインタビューで特に興味深かったのは、ビョークは「恐怖に直面した際に好奇心を抱くことが人生で重要だった」と話していることだ。それは、アルカ等との楽曲製作などの協働をはじめ、革新的テクノロジーと合体した生態物の映像や、音色やシアトリカルなパフォーマンスの芸術性、コミュニティでの相互作用を重視した姿勢など、常に高みを目指す強い意志からも感じられた。
世界500ヶ所以上の映画館での同時上映とはいえ短期間の上映となり、機会があればぜひぜひ体感してほしい映画だ。なお、ライヴ録音された楽曲はApple Musicで立体音響によるストリーミング配信も行われている。
『ビョーク:コーニュコピア』
*鑑賞料金:一律 ¥3300
TOHOシネマズ日比谷 上映中〜5/22(木)
109シネマズ 名古屋 5/12(月)〜5/15(木)
109シネマズ プレミアム新宿 5/23(金)〜5/29(木) *アップチャージ料金あり
扇町キネマ 5/23〜
イオンシネマ板橋 5/30〜6/5
イオンシネマ港北ニュータウン 5/30〜6/5
イオンシネマ座間 5/30〜6/5
イオンシネマ幕張新都心 5/30〜6/5
イオンシネマ浦和美園 5/30〜6/5
イオンシネマ太田 5/30〜6/5
イオンシネマ守谷 5/30〜6/5
イオンシネマ新潟西 5/30〜6/5
イオンシネマ新利府 5/30〜6/5
イオンシネマ名古屋茶屋 5/30〜6/5
イオンシネマ白山 5/30〜6/5
イオンシネマ茨木 5/30〜6/5
イオンシネマ京都桂川 5/30〜6/5
イオンシネマ和歌山 5/30〜6/5
イオンシネマ広島西風新都 5/30〜6/5
イオンシネマ高松東 5/30〜6/5
イオンシネマ大野城 5/30〜6/5
イオンシネマ戸畑 5/30〜6/5
イオンシネマ熊本 5/30〜6/5
ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13 6/3(火)〜6/5(木)
https://www.culture-ville.jp/bjork
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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