みんなと一緒に高みを目指す、ヴァレリー・ジューンの歌。

フォーク、カントリー、ブルース、リズム&ブルースやロックンロールなど、多彩な音楽をミックスしたアメリカーナを奏で、個性的な歌声と明るいキャラクターで魅了するヴァレリー・ジューン。ミシェル・オバマが大ファンだと公言し、ボブ・ディランがアルバムを絶賛したこともある。9月末に開催された〈ブルーノート・ジャズ・フェスティバル2025〉に出演のため、8年ぶりに来日したヴァレリーに、最新アルバム『Owls, Omens, and Oracles』などについて話を聞いた。インタビューはコットンクラブでの単独公演を観た翌日に行った。

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ヴァレリー・ジューンはテネシー州ジャクソン生まれ。ブラック・キーズのダン・オーバーバックをプロデューサーに迎えたアルバム『Pushin' Against Stone』(2013年)が高く評価され、「Call Me A Fool feat. Carla Thomas」(21)は、第64回グラミー賞で最優秀アメリカン・ルーツ・ソング部門にノミネートされるなど、着実に評価されている。写真はコットンクラブでの9月24日 2ndステージの模様。


指で弦に触れて感じる、オーガニックな自然な響きを大切にしたい。

――昨夜のショウは素晴らしかったです。観客を巻き込むパフォーマンスをはじめ、衣装が華やかで、トークの声も愛らしくて、ずっと目が離せませんでした。ライヴでは、あなたの音楽で観客と一緒に"内なる喜び"を創造し、共有することを意識しているそうですね。

私は小さい頃から感情豊かな人間で、コロコロと変わる気分をアートに活かしているの。好きなシンガーにはとても感情の豊かなシンガーが多くて、たとえばニーナ・シモン、エタ・ジェイムズはひたすら歌が美しくて素晴らしいと思う時もあれば、生々しくて泥臭い感じで歌い、その物凄くパワフルな歌に驚かされることもあって、いろんな感情を伝えてきてくれる。同様に、トム・ウェイツも独特な声の持ち主よね。なので、私も内側から溢れ出る感情をそのままダイレクトに伝えるように心がけているわ。

 


――海外の記事を読むと、最新作『Owls, Omens, and Oracles』のことを"オーガニック・ムーンシャイン・ルーツ・ミュージック"と呼んでいますが、その意味とは?

気分が曇ってどんよりした時でも、一筋の光や少しの喜びが感じられるのは、泥の中に咲いている花のようなものだと思う。だから辛い時でも、音楽で感じ方を変えられるようなことができればと思っている。実際に身体に次第に伝わって作用していく、自然な響きを奏でる楽器の演奏が大切だと思って、オーガニックという言葉を使った。たとえば自分でギターを弾く時は、ピックを使わず、指で直接弦に触れて感じることを大切に思っている。私は電子楽器も好きだけど、自分の身体で弦を感じて音を出すことを重視していきたい。ルーツに根差した土着的で、時にはダークで包容力のある音楽が好きだし、そこで感じられる喜びをシェアしたいわ。

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この日はアコースティック・ギターのほかに、大小のバンジョー、2本のエレクトリックギターなどを曲に合わせ、すべてフィンガーピッキングで演奏した。


――コンサートの終盤で「Drink Up and Go Home」「Rollin'N Tumblin'」「Smokestack Lightening」といった、ブルーグラスやカントリー系、さらにブルースなどの歌い継がれてきたルーツミュージックの名曲をカバーしていたのが印象的でした。

私の声は少し変わっていると言われることが多いので、私の歌を全くよそ者的な音楽ではなくて、身近に感じてもらえるようにと思って、何か親しみのあるもの、前に聴いたことがあるような曲として、とても古くて懐かしいカントリーとかブルースとかトラディショナルな要素が多い曲を並べてみました。

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嫌なことから逃げるのではなく、物事の良い面や美しい面に着目していく。


――(ショウの感想を伝えつつ)曲のセットリストが最高でした。本編の最後はあなたにとって特別な曲「Astral Plane」でしたね。

ありがとう!


――シングルになった「Joy, Joy!」は「Astral Plane」(2016年)で歌っていた"自分の内なる光を信じて魂の導き役に従えば、喜びを見つけられる"という思想を引き継いでいると思います。あなたは自己啓発的な著書『Light Beams: A Workbook for Being Your Badass Self』(2023年)も出版しているように、困っている人の背中を押し、光を一緒に見つけようとする姿勢を常に見せていますよね。

私は気分屋なので、今でも自分の人格に関しては取り組んでいる途中なの。実際に喜びとか光というのは初めからあるものではなくて、自分で努力しないと得られないものでしょう? 特にアメリカは不正義がまかり通っている国で、私は女性で有色人種だし、しかも南部出身で、自分の先祖は奴隷だった。いまも不正義がまかり通っている国だから、いつも闘っているけど、私の先祖が必死になっていろいろな自由を手に入れてくれたおかげで、私は喜ぶことができたり、音楽を楽しんだりとか、世界中を旅したりとか、素敵な人生を謳歌することができている。だから、自分は良いことに目を向けて行きたいと思っているの。


――それはあなたの歌に、まさに表れていますよね。

そう。常に自分を高めていくためには、みんなと一緒に高めていくことが大切なの。私がやっている活動のことを"ポジティヴアクティヴィズム"と呼んでいるんだけど、それは世の中の嫌なことから逃げるのではなくて、嫌なことの代わり良いことを選び、物事の良い面や美しい面、喜びに着目していくの。光の上を歩いていく感じね。もちろん心配なことやうまくいかないこともあるけれど、その上にエネルギーを注いで、良い方へ向けていく。私は自分の歌でみんなを美しいことへと運んでいきたいの。

 

 

――アリス・ウォーカーやトニ・モリソンが書くの小説は、現実のヘヴィな部分に着目しつつも未来を開こうとしていますよね。"ポジティヴアクティヴィズム"はシスターフッドという意味でも素晴らしいと思います。

アリス・ウォーカーは、「私たちは素晴らしい未来を待っているし、それと同時に素晴らしい未来を作るのは自分たちなんだ」っていう書き方もしている。とても尊敬できるわ。トニ・モリスンはヘヴィな真実と現実を書いてはいるけど、同時に「美しい未来を自分たちで作っていこう」という姿勢もある作家。自分も彼女たちから引き継いで、苦しみや試練の物語も伝えていくけれど、それを明るい未来へ繋げていくためのことをやっていきたい。

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子供の頃から植物など自然と対話し、自然と共生していく大切さを学んだ。


――ありがとうございます。ステージでのヘアアクセサリーやマイクスタンドに飾られた花や生物も、あなたを紹介するのに欠かせないものです。ポタワタミ族の植物学者ロビン・ウォール・キマラーに影響を受けたそうですが、「花やあらゆる生き物が創造のパートナーとなる力を信じている」という考え方は、いつから身についたのですか?

まず自分が育った田舎には何もなくて、トカゲやヘビ、蝶、野生の動物、月、星など自然に溢れていて、人間は自分の家族くらいしかいなかった。そのため、子供の頃から植物など自然と対話することをやっていたの。自然は偉大な先生で、動物は本当に賢くて、いろんなことを教えてくれる(笑)。人間は飛行機のように生き急いでしまって、自然の声を聞かないで終わってしまうことが多いけれどね。自然から学ぶという意味でもロビン・ウォール・キマラーが好きなのよね。

 

 

――具体的に話してもらえますか?

たとえば最近彼女が出した『植物に学ぶギフトエコノミー(THE SERVICEBERRY)』(米国2024年、日本2025年)は、自然と協力し合う、新しい方法を語る経済の本なの。ザイフリボクが大量の実をつけることで、鳥や動物、人間に分かち合うことを例とした贈与経済について説明している。あと私は、現地に住む長老から、自然と共生していく大切さを学んで吸収していくのが好きですね。


――さまざまなことにチャレンジしていますが、「Superpower」という曲では、DJカヴェムの電子音楽に自身の詩「Blank Page」をスポークンワードしていますね。

友人のDJカヴェムと一緒に、マサチューセッツの人里離れたところで開催されたヨガのワークショップに行ったの。そこにはミュージシャンやダンサー、映像作家などが参加していて、「リラックスして」と言われても、みんなクリエイターなので動画を撮るなど、さまざまなコラボ活動を始めた。それで私もカヴェムとバックトラックを作り、たまたま自分の詩集から合いそうな言葉を見つけたの。以前から自分のショウで自分が書いた詩を朗読していたので、アルバムにもその姿を入れてみようと思ったというわけ。

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フクロウが現れたことが自分への吉兆だと思い、そこから良い兆しに着目した。


――今年4月に発表したアルバムのタイトル『Owls, Omens, and Oracles』について教えてください。

テネシー州で30年も暮らしている自宅の近くに池があって、レコードを制作しているときに初めてフクロウが、しかも1年に3回も現れたことがあって、自分にメッセージを送ってきているのかなと思ってフクロウについて調べ始めたのがきっかけ。それでわかったのが、暗闇の中で何かを見抜く力を持っているとか、死とか、いらないものを手放すものとか、ときには人や何かを失うものの喩えでもあるらしいの。「ハリー・ポッター」シリーズなど子供向けの本によく出てくる時は知性のシンボルとして書かれることもある。それでフクロウが知恵や喜びの到来とか、人生や魔法の到来を届けてくれたのかなと思った。そういうことに気づくことも重要だと思うの。


――それはとても気になりますね。

でしょ?(笑)オーメンは自然の中に何か幸運の兆しみたいなもの、たとえば四葉のクローバーとか、虹が出たらいいことがあるかも、ということ。オラクルは神託。その土地に住む長老に話を聞いたときに、「自分たちが今やっていることは、全ては7世代後がどうなっているかとか、先のことを考えてやるべきなんだ」と話していて、ハッと気づかされたの。そこから、ただ水を飲むだけではなくて、「7世代後の人はどうやって水を飲むんだろう」ということも考えるようになって、インスピレーションになった。そういう吉兆が重なってプロデューサーのM・ウォードをはじめ、いろいろ人が自分のアルバムに関わってくれるようになり、最終的には毎日の生活に関わってきているので、このタイトルにしました。

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ステージでは、ジャケットの中に尊敬するシスター・ロゼッタ・サープのTシャツを着て、赴くままにギターを演奏した。


――最後に、自分のエッセンスとなっている音楽や書籍があれば教えてください。

ヨガの本や、年に1回読むスティーブ・ジョブスの本、スピリチュアル系のオーディオブックもあるわ。それから素晴らしい先生であるベル・フック(フェミニズム理論家)、苦境から明るい未来を見つけていく姿勢に好感できるオクタヴィア・バトラー(作家)。女性ミュージシャンではメンフィス・ミニーとシスター・ロゼッタ・サープ。サープはロックンロールのゴッドマザーであって、先駆者はリトル・リチャードでもエルヴィス・プレスリーでも、ジミ・ヘンドリックスでもない。もちろん、トレイシー・チャップマンやH.E.R.が出てくるための扉を開けた大先生だわ! 私は詩が大好きで、ウェンデル・ベリー(環境活動家)やオードリー・ロード(フェミニストである人権活動家)の作品が特に好き。少し前の詩人では、(両親が奴隷だった)ポール・ローレンス・ダンバーや、非暴力を提唱していたマーティン・ルーサー・キング・ジュニアにも影響を与えたハワード・サーマンも大好きよ!


取材中、笑顔がずっと絶えなかったヴァレリー・ジューン。何時間でも話していられそうなほど多様な引き出しを持っていることを感じさせる、知的で魅力的な女性だった。

*To Be Continued

写真提供: COTTON CLUB photography: Tsuneo Koga

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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