音楽と人が交差する夜──江﨑文武コンサートレポート。

Music Sketch 2025.12.27

12月21日に恵比寿ザ・ガーデンホールで開催された、「江﨑文武 L'ULUTIMO Anno25 songbook」へ行ってきた。ゲストを多数迎えたコンサートは、ソロアルバムの発表やWONK等での活動、CMや映画音楽制作など多方面で活躍した江﨑文武にとって、2025年を締めくくるにふさわしい、音楽と人のつながりを照らす一夜となった。

251226-music-sketch-01.jpg

光とその陰影を活かしたライティングも印象的だったステージ。


ピアノ、バイオリン、チェロが奏でる、静謐から広がる音空間

第一部のオープニングは暗めの照明の下、即興演奏からスタート。会場の静謐な空気のなか、光を射していくような光沢を帯びたピアノの音色が響き、シンセサイザーが音空間を広げていく。いつものアンサンブルであるバイオリン(常田俊太郎)、チェロ(山本健太郎)奏者が順に登場し、呼応するように温かみのあるストリングスの音色が舞い、江﨑文武らしい気品ある演奏を展開していく。

そこから流れるように最新アルバム『Suite:Reflection / Reverb』(2025年)の1曲目「Echo of Forest」へ。ここではメロディラインをピアノではなくバイオリンとチェロが交互に歌い、情感の奥行きを広げる。最新アルバムからの曲が続き、「Scented Breeze」ではバイオリンとチェロがデュエットするように優しく奏でられるなか、ステージ背後には暖色系の橙がかった星が多数輝き、頭上からはエメラルドグリーン、左右からはブルーのライトがステージを鮮やかに照らす。どこかショパンを想起するようなクラシカルな旋律で始まる「Still City」はバイオリンによってメロディに甘さが増し、儚さも含むピアノソロのアルバムヴァージョンとは印象を異にする情感が表れた。

251226-music-sketch-02.jpg

三つの楽器のアンサンブルでさまざまな情感を表現していく。

間髪を入れず、「抱影」へ。ピアノのアルペジオが低音域を支えつつ、会話するように奏でられるバイオリンとチェロのメロディラインの美しさが際立ち、途中からはストリングスが低音域を支え、ピアノが高音域で緩やかに舞い、また元へ戻っていく。「夜想」では繊細なバイオリンと深みのあるチェロの調べから、次第にピアノがダイナミズムを展開。どちらもデビューアルバム『はじまりの夜』(23年)収録の楽曲で、江﨑作品に通底するロマン性が、より立体的に浮かび上がった。

新たな一日を迎えるために、音楽で夜明けへと向かう

続く3曲は再び『Suite: Reflection / Reverb』から。「Shimmering Tones」で醸し出された重厚感は、常田俊太郎がバイオリンで弾いた旋律をエフェクター使用によって即座に録音され、和音に変換していたという。どの曲もそうだが、常田の編曲の妙によって、アルバム音源とガラリと趣を変えて楽曲が演奏されることが、江﨑のコンサートの大きな魅力のひとつになっている。

251226-music-sketch-03.jpg

(手前から)山本健太郎(チェロ)、常田俊太郎(バイオリン)。

後半に向かうにつれ、各楽器の演奏がソロパートのように自由に伸びやかに展開されていく。「Vertical Rhythm」は最も躍動感にあふれた楽曲。まさに夜明けが近づき、新たな一日を迎えるワクワク感を帯びたナンバーだ。途中のチューニングさえ、その日を迎える心構えのように感じられ、劇場用実写映画『秒速5センチメートル』のオリジナル・サウンドトラックにも起用されたナンバー「Reflection Before Dawn」へ。この楽曲はピアノ中心ながら、バイオリンのフレーズが朝焼けを思わせ、最後に加わるチェロの音色が包容力のある安堵感を漂わせていく。ラストは清々しい気持ちに満たされたセットリストで、第一部を終えた瞬間、ここでようやくホール全体が我に返ったように、大きな拍手が起きた。

---fadeinpager---

ゲストヴォーカルの歌声が映す、人と人との繋がり

ワインなどドリンクやスナックを食せる休憩時間を挟み、第二部へ。これまでのコンサートと同様、ゲストにヴォーカリストを迎えて進めていくが、これまでに増してトークの時間をたっぷり取り、まるで江﨑の音楽番組に参加しているような流れとなった。

最初のゲストは、新進のオペラ歌手である七澤結。映画『#真相をお話しします』のオリジナル・サウンドトラックの「名もなき声の円舞曲」を担当している。江﨑は「豊島圭介監督から『最初からサイコパスっぽい感じで、この人(映画の主人公)はただものではないという感じを演出できるような歌曲をお願いします』とオーダーされました」と曲の背景を説明しつつ、七澤とは東京藝術大学での同期とあって、学生時代の思い出を交えながら、和やかなトークを展開。さらにもう1曲、サウンドアーティストの細井美裕に向けて作曲した「Jardin」を披露。江﨑は「クラシック系の人に歌ってほしかった、という夢を叶えた」と話すように、神聖な歌声がホールの隅々まで響き渡った。

251226-music-sketch-04.jpg

2026年3月8日にオペラ「ラ・ボエーム」浜離宮朝日ホールに出演が決まっている七澤結(ソプラノ)。

続いて登場したのは、沖縄出身のNaz。江﨑にとって初プロデュースとなったシンガーであり、常田や村岡苑子(チェロ)との縁を繋いだ存在でもある。ここから人と人の繋がりの大切さに話が及び、Nazも2年間のお休みから活動を再開し、ここが復帰して久々のステージとなった、と明かした。最初にその縁のきっかけとなった曲「Bluebell」を歌い、談笑後に、江﨑とNazが初めて一緒に作業した 「Fare」を披露。彼女の歌声は温かみのあるハスキーヴォイスだが、高音に行くほど透明感が増し、とても惹きつけられるものがあった。

251226-music-sketch-05.jpg

現在、シングルを毎月配信するなど活躍中のNaz(Naz Yamada)。

トークからあふれる、江﨑文武の優しい人柄

続いて、以前にも江﨑のステージに立っているHana Hope。加藤登紀子が作詞、作曲を江﨑が担当した「きみはもうひとりじゃない」を、音数少なめに、ゆっくりと言葉をメロディに置くように丁寧に歌う。続く「フリーバード」は、同じく江﨑と関係のあるjo0jiと、Hana Hope、江﨑の3人で手がけた楽曲。弦楽器の演奏がユニークなことでも人気の軽快な曲だが、実際に目の前で聴けるのはうれしい。甘さと優しさ、微かな切なさも混じり合う歌声が沁みる。江﨑は成長を見守ってきたHana Hopeが大学生となったと紹介しながら、ここでも人との繋がりについて話す。また、共演者全員に「何か告知はありますか?」と宣伝の機会を作ったり、Hana HopeがSTUTSの担当したポカリスエットのCM「99 Steps」で歌っている話にまで話題を広げたりするなど、江﨑の優しい人柄が随所から感じられた。

251226-music-sketch-06.jpg

現在アメリカの大学に通うHana Hopeは、2026年8月7日に恵比寿リキッドルームでのライヴが決まっている。

続いて登場したのはWONKのライヴにゲスト出演したことでもお馴染みの、京都在住のYeYe。江﨑が作曲、YeYeが作詞した「家を買う」では、ミニマムなサウンドで丁寧に紡ぎ、その上にYeYeのぬくもりあふれる柔和な歌声が乗る。江﨑は、彼女が宅録で発表した最新アルバム『Horse Country』について、「同じ空間で過ごしているかのような、そばで歌ってくれているかのような気配の感じる作品」と絶賛し、そこから「Land」を披露。楽器が静かに歌に寄り添い、時の流れが穏やかになるようなモノローグ的な歌唱がとても印象的だった。

251226-music-sketch-07.jpg

10月に発売した最新アルバム『Horse Country』のエピソードを語ってくれたYeYe。

---fadeinpager---

坂本美雨を迎えて、坂本龍一へのリスペクトを奏でる

トリを務めたのは坂本美雨。カルティエのアニメーション「LA PANTHÈRE DE CARTIER」のエンディング曲「透影」の作詞を坂本が、作曲は江﨑、歌唱は高畑充希が担当していたが、ここでは坂本は初歌唱で披露。「とても緊張した」と話すが、天からひとり一人に語りかけるような優美な歌声は、一瞬にして会場の空気を変えてしまった。トークでは、クリエイティブディレクターのジャンヌ・トゥーサンが、独創性にあふれ、女性の社会進出の先駆けとして活躍した人だったという話や、江﨑が付けたタイトル「透影」に「内側から漏れ出る光」という意味があるといった話にまで及び、坂本も「ぱっと見で人を判断しがちなので、ひとり一人を知ることの大切さ、そこから世界が広がることについて」言葉を続ける。最後に、江﨑がこのイベント名のL'ULUTIMOの命名は坂本龍一であることを明かし、坂本美雨が18歳の時に歌いこなすのに苦労したという、映画『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)の主題歌「鉄道員」(作詞:奥田民生、作曲:坂本龍一)をとても久しぶりに歌った。生命力が宿っている如し伸びやかな歌声からは、まさに、過去へも未来へと光が放たれているようだった。

251226-music-sketch-08.jpg

「透影」の作詞について、「休暇で訪れたカナダのビーチでこの音楽を聴きながら書いたんですけど、そこにいるいろいろな人の物語ひとつひとつを映画のように感じ、全然知らない人たちなのに愛しく思えたりしました」と話した、坂本美雨。

長年の夢だった映画音楽の仕事が増えたという、江﨑文武。尊敬する坂本龍一が名付けたイベントで、その娘の坂本美雨と制作した楽曲で共演し、さらに坂本親子と縁の深い「鉄道員」でコンサートを締めることができ、とても感慨深いと語る。充実した素晴らしい一年になったのではないだろうか。

アンコールでは、来年行う47都道府県ツアーの話など自身の予定を話し、初期から丁寧に演奏してきた「常夜燈」で幕を閉じた。終演後のサイン会にできた長い列のなかで、江﨑は一人ひとりと丁寧に言葉を交わしていた。音楽と同じように、人と向き合う姿勢が最後まで変わらなかったことが、この夜の余韻をより確かなものにしていた。

251226-music-sketch-09.jpg

江﨑文武:えざきあやたけ。音楽家。1992年福岡市生まれ。東京藝術大学卒業、東京大学大学院修了。WONKでの活動ほか、King Gnuや米津玄師らのレコーディングにも参加。実写版映画『秒速5センチメートル』の劇伴や、NHK FM「江﨑文武のBorderless Music Dig!!」のパーソナリティ、執筆や音楽教育プログラムなど多方面で才能を発揮。

*To Be Continued

photography: 三田村亮

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest
年末年始に読みたい本
35th特設サイト
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories

Magazine

FIGARO Japon

About Us

  • Twitter
  • instagram
  • facebook
  • LINE
  • Youtube
  • Pinterest
  • madameFIGARO
  • Newsweek
  • Pen
  • CONTENT STUDIO
  • 書籍
  • 大人の名古屋
  • CE MEDIA HOUSE

掲載商品の価格は、標準税率10%もしくは軽減税率8%の消費税を含んだ総額です。

COPYRIGHT SOCIETE DU FIGARO COPYRIGHT CE Media House Inc., Ltd. NO REPRODUCTION OR REPUBLICATION WITHOUT WRITTEN PERMISSION.