縦横無尽に活躍する、江﨑文武の初ソロ作品『はじまりの夜』
Music Sketch 2023.06.08
江﨑文武はいま多方面から熱い視線を浴びているミュージシャンである。WONKやmillennium paradeのメンバーとしての活動をはじめ、その活躍は縦横無尽で引く手数多。しかもその範囲はジャズからポストクラシカル、J-POPやJ-ROCKなど多岐にわたる。この5月末に発表した初のソロアルバム『はじまりの夜』には、アンビエントやポストクラシカルという文脈には収まり切れない、ビート・ミュージックや子守唄、ジャズといった彼のアーティストとしての引き出しの多さを感じさせる音楽が、際立つ音像とともに漂っている。
>>関連記事:海外レーベルと契約した、気鋭の4人によるWONKとは?
---fadeinpager---
『陰翳礼讃』をコンセプトに、音楽で光を描く
――今年2月26日に開催されたソロコンサート『Live at 風のホール』に行ったのですが、これまで江﨑さんの楽曲で共演してきた女性シンガー達や弦楽四重奏などが登場して、ソロコンサートでありながら江﨑さんのプロデューサー的な一面を強く感じた内容でした。なかでも演奏スタイルとして村岡苑子さん(バイオリン、ビオラ)、常田俊太郎さん(チェロ)というトリオ編成は定番になっていますよね。
そうですね。もともとトリオ編成はやりたいと思っていたし、坂本龍一さんのアルバム『THREE』がとても好きなんです。2019年に(沖縄のシンガーの)Nazさんのプロデュースや作曲に関わって、そのレコーディングの頃に、これを機にバンドっぽくやってみようと思って、大学の同級生だった村岡苑子と、いろいろ一緒に制作をやっていた常田さんを集めて始めてみたんです。
――私はチェロもビオラも好きなので、ソロコンサートもそれぞれの音色にも魅了されました。
いいですよね。
――この初アルバムのテーマは「陰翳礼讃」だそうですね。
僕の音楽的バックグラウンドはクラシック、ジャズでも静かなジャズ、それに映画音楽で、それらをずっと聴いて演奏してきました。いまは友達に誘ってもらったおかげでJ-POPもJ-ROCKも、R&B、ソウル、ヒップホップとかもやるようになって、そこも楽しんでいます。でも5年ほど前から「ひとりでいるときにひとりで聴く音楽」を作りたいなぁと思っていて、その頃に谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』と出会いました。西欧的な空間をすべて均一に明るく照らすということと、蝋燭1本に対して金屏風で陰影を大切にした空間づくりをするようなことが、僕はフェスのようにみんなで「わ〜っ」と聴く音楽と、ひとりで静かに聴く音楽との対比のように感じて。『陰翳礼讃』の世界は自分のもっと内省的なものをやりたいという気持ちと親和性が高いと思ったんです。アルバムのプロジェクトとしては2020年の夏にスタートしています。
---fadeinpager---
――アルバムを聴いて、エンジニアさんの技量もあるのでしょうが、印象派の絵画というか、江﨑さんが音楽で絵を描いているように感じられました。バイオリンの音色や、重ねたコーラスの広がりから朝の光を感じたり、「常夜燈」での深淵さを想起させるくぐもった音の作りであったり。そもそもコード感やメロディも大事ですが、何か音像そのものに筆使いのような感触を受けたんですよね。
すごくおもしろいですね。僕はビジュアルを元に音楽を作ることがすごく多くて、ピアノの傍にはいつも何かしら写真集だったり画集だったりを置いているんです。まさに絵を見ながら絵を描くような気持ちで作った曲がいっぱいですね、本当に。
――写真的ではあるんですけど、写真って一瞬じゃないですか。絵って塗り重ねていくので、そちらに近いような感じがしました。
なるほど、確かにそうですね。
――曲のコンセプトはどのように?
大きな軸としては、1曲目から最後にかけては日が暮れて日が昇っていくという流れにしようというのは決まっていて、そこから、それぞれの時間軸に合わせた曲を書いていきました。そういう意味では「光がどんな感じなのか」というのを軸にして曲を作っていますね。
――光はどのようにイメージしていったのですか?
今回のテーマは全部光なんです。1曲目、2曲目あたりは夕暮れ、オレンジとブルーが混ざっているみたいなイメージで、それに近いヴィヴィアン・マイヤーとかソール・ライターの写真を見ながら作ってて。その後からは夜中の曲になっていくんですけど、単純に「星が綺麗だ」という夜中もあれば、「丑三つ時にいろんな生物が実は蠢いているみたいな夜もあるよな」と思いながら書いたり。だんだん日が昇って明るくなっていくさまは、DJが曲を繋ぐときに考えるような感じでパズルをはめていくように作っていきました。2021年に「薄光」をデジタルシングルで発表したり、次に「常夜燈」を出したり、小出しにしてきましたが、いまリリースされている「常夜燈」とアルバムに収録された「常夜燈」はピアノを全編録り直しているんです。
---fadeinpager---
子守唄のように、歌や音遣いで、個人に寄り添うアルバムを意識
――歌が入った楽曲は、どのように制作していったのですか? たとえば「抱影」では、角銅真実さんの歌と鍵盤が途中でユニゾンになったかと思うと、歌には開放感の強い自由なフレーズも多く、とてもセッション的なものを感じました。
角銅さんは素晴らしい打楽器奏者であると同時に、ceroなどのサポートでコーラスをやったり、石若駿のアルバムで歌ってらっしゃったりして。元々大学の先輩でもあったので近い存在で、すごく素敵な歌声をお持ちだなと思っていたんです。この曲のテーマは子守唄で、“影を抱く”と書いて「抱影」という曲なんですけど、お母さんが即興で歌ってあげているような雰囲気をどうやって残すかというのをいちばん大事にしました。だから明確なメロディがある一方で、歌詞はなくて鼻歌を歌っているみたいな感じで歌ってくださいという指示を出した部分もあり、重ねていろいろ録っていきました。自分の記憶の中で、幼少期に親が歌ってくれた子守唄みたいなものが安心する要素としてすごく残っていて。その音楽の原体験みたいなことを思うと、ひとりの人間がひとりのために歌っているようなことは、すごく素敵だなぁと思って作った曲です。
――「果敢無い光線」は、先ほど話していた夜中に蠢いている生物をイメージして松丸契さんがサックスを吹いていたのかなと。これもセッションですよね?
そうです。これも軸となるメロディはあるんですけど、前から松丸くんの呪術的なソロがかっこいいなと思っていて。それがちょっと夜の怖さというか、得体の知れない何かが蠢いている夜のイメージとすごく合うなと思っていて、あとは自由に吹いてくださいってお願いした次第です。
――北欧的な声の響きを思わせる「抱影」もすごく好きでしたが、この曲もすごく聴きました。正直、いままで江﨑さんの歌ものではポップ色の女性ヴォーカルが多かったので、ソロアルバムからこういった曲が聴けると思わず、この2曲は嬉しい驚きでした。
おっ、なるほど。ありがとうございます。
---fadeinpager---
――Sweet Williamさんとのコラボ曲「帷」を2曲目に持ってきたのは?
このアルバムは「自分が30年通ってきた音楽を全部詰め込みました」という作品になっているんです。今回のアルバムを通して聴くと、アンビエントっぽいというか、ポストクラシカル的な文脈に押し込まれてもおかしくないんですけど、ビートミュージックはWONKでもずっとやってきたし、ヒップホップ的なものも間違いなく自分の血肉になっているので、アルバムできちんと伝えておきたくて。なので、ビートものをやるのなら冒頭にやって、アルバムが始まった感を出したかった。ウィルくんにはピアノの素材をたくさん送って、そこから選んでもらって曲を構成していくという、すごくヒップホップ的なサンプリング的な作り方をしました。
――最後を飾る「朝日のぬくもり」(作詞:木原健児)は、先ほども言いましたがmei eharaさんの歌声が素晴らしいですね。
ちょっと歌いにくいメロディで大変だったなと思うんですけど、かなり自分の思う朝のイメージがしっかり形にできた曲。僕は時間によって家で聴く音楽を変えるんですよ。朝はゴルトベルグ(バッハ)みたいな曲やクラシックギターみたいなのを聴くことが多くて、なのでそのイメージに寄せて作っていきました。
――それでいうと、絵本「きょうはそらにまるいつき」に江﨑さんがインスパイアされて、その絵本作家、荒井良二さんが作詞をした歌「きょうの空はまるい月」は、歌っている手嶌葵さんの声にウィスパーの部分が多いと思いました。
そうですね、たぶんいまの手嶌さんのコンディションもかなり影響しているかな。そもそも手嶌さんの他の曲に比べて、僕のアルバムの楽器の音像はすごく近い。ピアノはミュートピアノですし、弦も空間の形を作るというよりは弦の個性を大事にした音作りをしていることもあると思います。「個人に寄り添うアルバム」という軸があるので、広い空間でドーンと鳴っているというよりは、「そばにいる」という、その雰囲気を大事にしたいなと思って録っていました。
---fadeinpager---
イタリア製の極薄のフェルトで、独自のミュートピアノの音作りを
――ソロコンサートでもミュートピアノのこだわりについて話していましたが、音のこだわりを徹底していますよね。クラシック系のピアノ奏者は、マイクの立て方や空間そのものを重視する方が多いですが、クラシックからピアノを始めた江﨑さんがこのようにこだわるようになったきっかけは何だったのですか?
エンジニアと研究をしながら2年間かけてやっと満足いく音を録れるようになり、今作もピアノの音作りはほぼ全曲違います。クラシックの人といちばん差が出るのはそこかな。パッと聞くとクラシックの編成のものであったとしても、音作りはちゃんとポップスの人の繊細さを保っていたい。この気持ちは間違いなくWONK、あるいはmillennium paradeでみんなが曲を作っている風景を見て、というのがいちばん大きかったですね。ピアノは基本的に音色をいじれない楽器。ギタリストやベーシストは、どのエフェクターを使ってどういう音を出すかということにこだわっていて、一方で僕はバンドをやる前は「和音が難しい」とか「早く指が動けばいい」とか技巧的なことばかりに走っていて、音響的なことに一切意識が向いていなかったんです。でもバンドで、鍵盤楽器といえど、いろいろやれることはあるという気づきを得ました。
――ミュートでの音作りも自分で実験されて?
そうですね。ミュートに関しても、EP『touten I』(2022年)を録った時に、神戸の「アトリエ ピアノピア」というアンティークピアノのお店の調律師さんと出会い、イタリア製のすごく薄いフェルトをペダルの部分に使わせてもらったら、本当に程よいミュートのされ方になって、それがいまの音作りに影響しています。マイクの立て方もいろいろ試した結果ですね。
――江﨑さんはクラシックからジャズという流れということですが、クラシックには譜面が存在し、一方でジャズにはコード進行はあるもののインプロバイゼーションが重視されるので、相反すると思うことはありませんか?
ただ、フランスものというところでは合流していて、ドビュッシーやラヴェル的な和音の作り方と、ジャズの和音の作り方はほぼ同じなんです。それはニューオーリンズがフランス領だったからということも関係している。僕はあまりブルース的な、あるいは黒人のリズム的なジャズにはそんなに惹かれていないけど、もともとフランスの作曲家がすごい好きだったということと、そこから強く影響を受けてジャズのハーモニーの部分を開拓していったビル・エヴァンスとかキース・ジャレットとか、その流れの人たちがすごく好きなんです。
――私もその双方とも好きなので、わかる気がします。アートワークはいかがでしたか?
カメラを使わずに写真を撮る、印画紙の上に物を置いて焼き付けるマン・レイのフォトグラムという技法で、デザイナーの佐藤裕吾さんに作っていただいたんです。「最高です!」って返事をしたんですけど、陰翳ってこういうことですよね。
――いいですよね! アルバムタイトルはどのようにして決めましたか?
もちろんファーストアルバムだというのもありますし、このプロジェクトのプロデューサーからの提案だったんですけど、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に朝を“一日の終わり”といっていた一節があったみたいで。通常、夜は一日の終わりだと思われがちだけど、「はじまりの夜」ということだよねっていう流れで決まりました。
---fadeinpager---
――コンセプトもストーリー性も強いものの、楽曲はもちろんのこと曲名からもポエティックな感じが広がってすごく好きです。最後にこれからの江﨑さんが思い描いているヴィジョンを聞かせてください。
この10年は映画音楽をやりたいという気持ちが強いので、それができるように頑張るということで。あと、宮崎駿さんの「究極にナショナルなものこそがインターナショナルになり得る」という言葉がすごくいいなぁと思っていて。僕が他に作っている楽曲は“英語歌詞で海外に打って出るぞ”みたいなものがすごく多いんですけど、それのカウンターという形で、自分はもっと内にあるものみたいなものにしっかり目を向けていく10年でできたらいいなと思っています。
共演曲を中心に話を聞いたが、音像にこだわった江﨑文武の独奏による楽曲の魅力は言わずもがな。人柄がそのまま漂ってくるような音楽は、まさにひとりのために語りかけてくるような魅力にあふれている。
江﨑文武『はじまりの夜』全国公演
8/5(土) 東京・めぐろパーシモン大ホール
8/12(土) 大阪・南港サンセットホール
8/13(日) 福岡・福岡市美術館ミュージアムホール
9/22(金) 仙台・仙台市宮城野区文化センター パトナシアター
10/13(金) 札幌・渡辺淳一文学館 ホール
https://ayatake.co/live
*To Be Continued