フライング・ロータスにインタビュー 前編
Music Sketch 2012.10.23
フライング・ロータスといっても、FIGARO読者には馴染みの薄い名前かもしれないけれど、フライング・ロータスことスティーヴ・エリソンの大叔父がサックス奏者としてジャズ界のカリスマとなったジョン・コルトレーンであり、その妻である大叔母がジャズ・ピアニストだったアリス・コルトレーンといえば、興味を持たれるかもしれない。
実際スティーヴも子供時代はサックスを習っていたが、大学では女優だった母親からの影響もあったのだろうか、映画制作の道に進んだという。しかしやはり音楽へ次第に傾倒し、大学を中退。そこからはLA育ちということもあってウエストコーストのヒップホップ、スピリチャル・ジャズ、またクラブシーンを賑わせてきたドラムンベースなどに夢中になってきたという。
彼が生み出す音楽はあまりに独創的で、言葉では説明しにくいものの、マッシヴ・アタックやレディオヘッドなど、常に革新的な音楽を発表し続けているミュージシャンが絶賛しているほど、彼は各方面に多大なインパクトを与えてきた。今回フルアルバムとして4枚目となる『UNTIL THE QUIET COMES』は、前作『COSMOGRAMMA』と同様、サンダーキャット、ニキ・ランダ、ローラ・ダーリングトン、トム・ヨーク(レディオヘッド)が参加している上に、エリカ・バドゥともコラボレーションしている。そして『COSMOGRAMMA』は「母親の死を乗り越えるべく音楽を作りたいと、ヒーリング的な要素が強くなった作品だ」と語っていたが、今回はアルバムタイトルが象徴するように、もっとリラックスした作品にしたかったそう。「アルバムを制作していた頃にいろいろあって頭がおかしくなりそうだった。そんな時に"静けさが訪れるまで"と呪文のように心のなかで何度も繰り返すと落ち着くことができたんだ」と、インタビュー中に話していた。
フライング・ロータスこと、スティーヴ・エリソン。まだ30歳という若さ。
----アルバムとしては『Cosmogramma』(2010年4月)、EPも含めれば『Pattern +Grid World』(2010年9月)ぶりになりますが、参加アーティストの顔触れからしても名作『Cosmogramma』に続くアルバムと考えてよいのでしょうか? 今回は前作に比べて音質のテクスチャーが繊細かつ軽やかになった気がしますが、何に一番こだわってアルバム制作に取りかかったのですか?
「サイケデリックなロックアルバムにしたいと思ったのが根底にある。自分が好きなプログレッシヴロックである、Gentle GiantやCanなどから受けた影響は大きい。このアルバムを聴いてそれがわかるかどうかはわからないけど。とにかくミニマルなアプローチをかけたアルバムを目指した。"多様な音のパレットからいろいろ選びたいとは思わなかった"と言えばわかるかな。全体的に統一されたサウンドを創りだすのは前から目指していたことなんだ」
----音楽制作に関する意味では、子供の頃にもらったリズムマシーンでビートに凝り出したのが最初の第1歩だったのではないかと思います。今は曲を作る時には、どういった作業やイメージから音楽を構築していくのですか?
「子供の頃と変わってないね(笑)。スタジオの椅子に座るまで何が起こるかわからないんだよ。機械でいろいろ遊びながらインスピレーションが湧いてくるんだ。外にいる時になにか閃いたら携帯電話に録音したりもするけどね」
最新シングル「Putty Boy Strut」。ゲーム好きな彼のセンスも感じられる。
----ヴォーカルという存在は、あなたの楽曲に言葉や色合いを加えるためにも重要なものだと思いますが、ニキ・ランダ、サンダーキャット、ローラ・ダーリングトンの魅力はどこにあると思って起用しているのでしょう?
「コラボレーションが好きなのは、自分だけだったら絶対思いつかなかいようなことが起きるから。僕は音楽を作る時には、わかりやすくて落ち着ける場所に居続けるのが大嫌いなんだ。なんの挑戦にもならないじゃないか。彼らのようなヴォーカリスト達とあれこれ試行錯誤しながらアイディアに挑戦するうちに、今まで以上にヴォーカルのパートに重要性を感じ出してきた。これから自分自身も挑戦したい分野だね。今回のアルバムでは最後のトラック『me Yesterday//Corded』で自分が歌ってみたんだ。もしかしたら次作はゲストを呼ばずに全部自分でヴォーカルをするかもしれない」
----ベースプレイヤーとしてのスティーヴン・ブルーナー(サンダーキャット)の存在はフライング・ロータスの音楽形成に欠かせないものだと思いますが、サンダーキャットとしてのアルバムをあなたがプロデュースするなり、さらにお互いの進化に関わっていったことは、今回の『Until the Quiet Comes』の完成に何らかの影響をもたらしていると思います。音楽制作に向かうにあたって、2人の姿勢には近い面があったりするのですか?
「彼とは兄弟のような関係なんだ。音楽の趣味から制作への姿勢までピッタリ息があう。2人ともドラゴンボールが好きだしね。(笑) 自分が知らなかった音楽も彼からいろいろ教えてもらったよ。この前はSteely Danを聞かされて、ビックリするくらい良かったよ。ずっとカントリーミュージックだと思っていたからさ」
----トム・ヨークとのコラボレーションも気になります。前回の「...And The World Laughs With You」に対し、今回の「Electric Candyman」ではどのようなアイディアの交換を経てレコーディングに入ったのですか?
「もともと彼のトラックをリミックスしたのがきっかけで、ちょうど彼が日本でツアーしていた時に楽屋で会うことができたんだ。そこからプライベートでも交流するようになって、とにかくいい人だよ、トムは。僕は相手がどんなに大物スターだろうと、あまり気にしないんだ。トムはもちろん超有名人だけど、僕にとって結局大事なのは音楽だけ。だから彼も僕のことを気に入ってくれたんだと思う。彼のトレードマークや通常のやり方とは別で、この音楽に合わせて歌って欲しかったんだ」
エリカ・バドゥが参加した「See Thru to U」。(音のみ)
----エリカ・バドゥも以前から交流のあったアーティストであり、最もアーティスティックでこだわりの強い女性でもあります。最後の彼女の声が残る部分まで意味のある作品になっていると思います。印象的なビートのイントロダクションやサウンドデザイン、歌詞も含めて、どのように曲作りを進めていったのでしょうか?
「彼女が歌っている『See Thru to U』の最後のハーモニーコードの部分は僕のアイディアさ。彼女との作業はとても興味深かった。言うまでもなく、彼女はすごい才能を持ったアーティストで、ビートの中の自分の立場をよく把握しているんだ。彼女独得のスタイルが出来上がっているから、そのままでもうすでに完璧なんだ。こっちがあれこれ指示を出したり、音を編集しなくてもバランスのとれた歌い方をわかっている」
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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