アウスゲイル、ライヴレポート

1月14日にアイスランドを代表するアーティストの一人、アウスゲイルのコンサートへ行ってきた。代表すると言っても、彼は未だアルバムを1枚発表しているのみ。19歳だった2012年9月に、母国語でリリースしたデビュー・アルバム『Dýrð í dauðaþögn』が大ヒットし、翌年にアイスランド音楽賞の「最優秀アルバム賞」「新人賞」を含む全4部門を受賞。そして2014年1月に英語ヴァージョンとして『In The Silence』をワールドワイドで発表すると、一躍世界にその名が知れ渡った。日本には昨年2月の初来日、フジロックフェスティバル'14に続く、3度目の来日公演となった。

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ブルーを基調としたシンプルなライティングで魅了したステージ。実は撮影用に通常より明るめにしたそう。(写真は1月12日の恵比寿リキッドルームの時のもの:以下同)

アイスランドの民族音楽を思わせるSE開けからスタートした1曲目は、この時期にぴったりな「Head in the Snow」から。アウスゲイル本人はエレクトリック・ギターを弾きながら、バックヴォーカルも務めるベース(その後はギターも兼任)とハーモニーを丁寧に重ねてメロディで魅了していく。次第に力強くなるドラムに合わせて、濃色の幻想的なブルーから明るさを帯びていく照明も雰囲気をさらに盛り上げる。気づくとアイスランド語で歌っている。耳から伝わる心地良さは、ここにも要因があるのかもしれない。

続いてはアルバムタイトルにもなった「In The Silence」。前回取材した時に、「この歌詞を書いたのは友人のユリウス。僕らはアイスランドの北西部にあるロイガルバッキという小さな町で育ち、家の周辺には今もひんやりと新鮮な空気が流れていて、本当に静かなんだ。僕の静けさと彼の静けさは同じで、心配事も忘れられるほどリラックスする。そんな雰囲気を表現したくて、アルバムタイトルにも付けたんだ」と話していた、大切なナンバー。左の男性はアコースティック・ギターに楽器を持ち替え、鍵盤奏者2人のうちの1人がベースを手にし、ドラマーは生ドラムを叩いて温か味を加え、それぞれが編み込むように音を重ねていく。

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誠実な、透明感のあるハイトーンヴォイスも美しいアウスゲイル。22歳。

演奏後の拍手が止むと、瞬時の沈黙を経て、次の曲が始まる。アルバムのオープニングを飾る「Higher」ではアウスゲイルがシンセサイザーからピアノの音色を奏でながら歌い、その横のミュージシャンはギターをテレキャスターに持ち替え、エレクトリックの煌めくようなアルペジオをメロディに添わせていく。

歌い終えて「Thank you!」と発すると、2日前にもこの会場で演奏したことや、新曲も少しやるよ、と話し、「Lupin Intrigue」へ。ピコピコとした電子音に、アウスゲイルのピアノの弾き語りが重なり、アイスランド語の語感がそのメロディに滑らかに溶けていく。じっくり耳を傾けているなかに、残響音を効かせたドラムが後半からじわじわと踏み込んできて、そのバランスもいい。

「Lupin Intrigue」 「King And Cross」のカップリングで収録されていた曲(音源のみ)

5曲目は「Summer Guest」。アウスゲイルは楽器をアコースティック・ギターに持ち替え、この日初めて英語で歌った。ドラマーはフロアタムを中心に重低音を強め、それに対極するかのように柔和なハーモニーが歌の上空を舞い、合わせてギターがヴォリューム奏法で雲の流れを思わせるようなギターソロを加えていく。詩情あふれる歌詞にぴったりのとても美しいアンサンブルだ。赤味がかった紫のバックライトも視覚から曲を印象づけてくれた。

一転してマイナー調のピアノから始まった「Heart Shaped Box」。これは2014年のRECORD STORE DAY(毎年4月の第3土曜日)に発表した、シングル「Here It Comes」のB面に収録されていたニルヴァーナのカヴァー曲。アウスゲイルのキーボードの弾き語りを軸に次第に濃密に音が重ねられ、終盤のドラムのダイナミクスが感情の揺れを象徴的に表現して素晴らしかった。

「Heart-Shaped Box」Nirvanaのカヴァー。

続く「Going Home」は、私が去年最も聴いたTOP3に入っているほど愛聴したナンバー。前半はエレクトリック・ピアノの音を軸にモーグ(アナログシンセ) などの音を重ね、後半のソロではシンセサイザーをテルミンのような音色から力強く奏で、それに合わせてバックの演奏もエレクトロニック感が加速。ラストのソロでのじわじわと常軌を逸していくようなドラマチックな振り切り方が痛いほどにカッコ良かった。私は静寂と音楽とが呼吸し合っているような美しいパフォーマンスを、息を止めるようにしてステージを見つめ、聴き入ってしまった。この1曲を聴けただけでも本当に幸せだ。

「Going Home」 (Live on KEXP) 当日のライヴの方がもっとダイナミックでしたが、ご参考まで。

「Thank you!」と一呼吸置いてからは、「Dreaming」。これはシングル「Going Home」のカップリングに収録されていたもの。穏やかなメロディとシンセサイザーが発するホルンのような音色が、微睡むような夢見心地の世界へと誘引する。終盤からドラムのビートが加速するとステージ後ろの派手な照明がそれに合わせて点滅を繰り返し、覚醒したかと思った瞬間に曲が終わった。

「Dreaming」(音源のみ)

続く「Nú hann blæs」は、初来日の時に試行錯誤しながら発表していた楽曲。当時は「ジェイムス・ブレイクやアトムス・フォー・ピース、ジョン・ホプキンス、Bathsなどの音楽から刺激を受けている」と話していて、そのせいかコード感やヴォーカルのエディットの仕方などにジェイムス・ブレイクの影響を感じずにはいられなかったが、今回はその後のライヴを経て変化してきたのが読み取れる仕上がりに。なかでも彼が右手でサックスのような音でソロを弾きながら、左手で不協和音のコードをぶつけるなど攻めの演奏が、ブルーとグリーンの光が交錯する中で繰り広げられたのが今も目に焼き付いている。そしてラストはピアノでしっとりと終え、ほどよい余韻を残した。次のアルバムの核となる曲になりそうだ。

「Here It Comes」 「Nú hann blæs」の英語ヴァージョン。(音源のみ)

終盤のアウスゲイルはエレクトリック・ギターに持ち替え、他のマルチ・ミュージシャンもベースやアコースティック・ギターにチェンジ。アルバムでも人気の高い「In Harmony」をドラムもシンバルをバシバシ叩くなど強弱を付けたパワフルな展開で魅了し、最後はポップチューンの大ヒット曲「King and Cross」へ。このあたりになると身体を揺らしながら楽しむ観客が多く見られた。個人的に恵比寿リキッドルームの音響設備はとても好きで、この日もそれぞれの音を丁寧に拾いつつ、もちろん曲全体としても堪能することもでき、しかもライティングもシンプルなバックライトで、じっくりと彼らの音楽世界に集中できたと思う。

「King and Cross」

12日(東京)、13日(大阪)、14日(東京)と、追加公演が入ったために移動続きで疲れたのか、この日のアンコールは「Torrent」1曲のみ。後で聞いた話では、アウスゲイルは声の調子が良くなかったそう。トータル1時間もないライヴは短くも感じたが、とはいえ個人的にはとても堪能できた素晴らしいものだった。5分以上も鳴り止まなかった再アンコール待ちの拍手も、今も耳に心地良く残っている。

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ステージ上は5人。曲をアコースティック・ギターやエレキギター、ピアノなど複数の楽器で作るので、アウスゲイルもライヴで何度も楽器を持ち替えた。

結局この日は、中盤に英語で歌った曲が(確か)4曲あった以外は母国語で歌っていたせいか、どこかリラックスした雰囲気が演奏全体にも浸透していた気がする。以前のインタビューの発言を引用するなら、「アイスランド語で歌うのは時々馬鹿げているかもしれないけど、そんなに意味がないことでもポエティックで雰囲気もあるから、それがとても重要なんだ」と話していた。ちなみにアイスランド語の歌詞のほとんどは、音楽家であり、母国に伝わる神話やバイキングのような昔話に傾倒する彼の父親が書いている。

「歌詞に関して全くシリアスに考えたりしない。歌詞の内容は僕から父にリクエストはしないけど、事前に話し合うよ。僕は子供の頃から小説や詩に対してクリエイティヴな父を尊敬しているし、出てきたほとんどが書き直すことなく音楽に適している。とても美しいサウンドの歌詞を書いてくれるんだよね」

そして、こんなふうにも話していた。
「僕の歌は曲ごとに世界観が違うから、アコースティック楽器で書いたものも、シンセサイザーで書き始めたものもある。それに創っていると、曲の方が"もっと楽器をくれ"ってサウンドを求めてくるんだ。あと、雰囲気を運んでくれるというか、スペースを作ることにも気を遣っている。ホワイトノイズ含め、音ならなんでもね。これからはシンセサイザーでブラスのような音も出していきたいと思っているよ」

シアトルのラジオ局用に6曲演奏している映像。

デビュー・アルバム『In the Silence』は音と音の隙間を活かしながら、音風景と心象と歌詞の世界が一つに溶け込んだ、彼にしか描けない世界観を構築した秀作である。そして、このように会場の親密な空気感を交えて新たに描かれていく歌や音を浴びながらアウスゲイルのライヴを体感でき、新年早々とても有り難い思いで心が満たされた。ほどよくエレクトロなアレンジが増した展開は、そのまま次のアルバムに反映されるのだろう。今からとても楽しみだ。

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「ここまで自分の世界観を築けたのは、人の意見に左右されないで自分がやりたいようにやってきたから」と話す、アウスゲイル。

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35曲収録された、デビュー・アルバムのデラックス・バージョン 『In The Silence (Deluxe Edition)』も発売された。

*Live Photo: MASANORI NARUSE

*To be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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