St. Vincentインタビュー①
Music Sketch 2012.01.24
新年早々に初来日公演を行なったセイント・ヴィンセント。本名はアニー・エリン・クラークといい、詩人ディラン・トーマスの大ファンである彼女は、彼が亡くなった場所であるSaint Vincent Catholic Medical Centerから名前を取ったそうです。「そこが"詩"の死んだ場所であり、その場所こそが私」とは、彼女の言葉。
テキサス出身で、現在はニューヨークのブルックリンを拠点に活躍。ギタリストとしてポリフォニック・スプリーやスフィアン・スティーヴンスのツアー・メンバーに参加、2007年に1stアルバム『Marry Me』でソロ・デビューしてからは、特に2作目『アクター』(2009年)での歌詞から広がっていく世界観やサウンド、表現力豊かな美声で俄然注目され、ベックをはじめ、グリズリー・ベアやアーケイド・ファイアーなどがファンを公言しているほどです。
最新作『ストレンジ・マーシー』ではギター重視のサウンドとなり、わかりやすく書けば、ケイト・ブッシュを想起させるような美声とファンタジー的なサウンドにノイジーなギターサウンドが絡み、シニカルな視点に溢れた世界が歌われています。P.J.ハーヴェイが美意識の中にも時折見せるようなエキセントリックさは、少ないように感じます。
ただ、1月10日に渋谷duo music exchangeで行なわれたライヴでは、完璧主義者のようでありながら、終盤では突然無防備になってギターを弾きまくり、最後にはギターを弾きながら観衆の中にダイヴするなどエキサイティングな展開に。全体的には歌声が美しくなればなるほど、また声のレイヤーが増せば増すほどギターの音に歪みがかかり、ループで繰り返されるというコントラストが印象的でした。また、キーボード2台とディレイをたっぷりかけたギターサウンドの渦が魅惑的で、深いブルーやパープル、エメラルドグリーンが交錯したライティングのせいか、まるで海底の奥底に漂っていうような気分に浸れました。
ライヴの翌日に行なったインタビューをご紹介します。
――美しい声に反比例するように歪んでいくギターサウンド、というアプローチが印象的でした。あなたのギターサウンドは一瞬にしてリスナーの耳と心を捉えるし、一度聴いたら忘れられない音色です。どのようにして、そのサウンドに辿りついたのでしょうか?
「とても自然な変化だったと思うわ。最初の頃は、10代の誰もが弾くようなクラシック・ロックを演奏していたの。レッド・ツェッペリンやジェスロ・タル、ニール・ヤングとかね。それから(叔父のギタリストである)タックの指の使い方を見るようになって、自分なりの演奏法を考えるようになったわ。バンドをやるようになってからは、ギターのサウンド自体に興味を持ち始め、いろんなトーンに魅せられるようになっていった。エフェクターとかペダルボードを使うことによって、ステージでとてもギターとは思えないようないろんなテクスチャーを生み出せるようになったし、本当に残酷なディストーション・サウンドも出せる、その振れ幅のある音色を出せるようになったことにますます興味が増していったの」
――叔父さんが、あの驚異的なテクニックの持ち主、タック&パティのタック・アンドレス(ジャズ・ギタリスト)なんですよね? インタビューしたことがありますが、手も大きいし、指も長いですよね。
「そうそう、そうなの(笑)。信じられないテクニックの持ち主なのよね。日本に最初に来たのはタック&パティのツアー・マネージャーという音楽ビジネス界における初仕事だったわ(笑)」
――昨夜のパフォーマンスは本当にすばらしかったです。実際の声なのか、シンセサイザーでも重ねているのか、コーラスがレイヤーになっているし、ギターのディレイも深くかかっていて、そこへ当てられるライティングが海の底にいるような雰囲気で、ステージ自体がシンプルながら独特の空間を作り上げていました。曲のヴィジュアルイメージは創っている時にある程度浮かんでいるのですか?
「特には考えていないわ。今回のアルバムの場合は、曲を書いた後で照明のディレクターと"私の音楽というものにヴィジュアルを加える、それをライティングで表現するとしたら、どういうことになるんだろう"って話した時に、"ブリジット・ライリー(オプ・アートの代表的作家)のように黒と白をはっきり対比させて、そこに色を射し込むとか、そういう感じのイメージかしら"といった話はしたわ」
――ステージでは運指の美しさをはじめ、終盤に客席に飛び込む前の部分までは完璧主義者のように感じましたが、ミュージック・ヴィデオはどうなのでしょう? 映像にもしっかりと曲の世界観を打ち出していますよね?
「完璧主義者ねぇ(笑)。最近の3作、『アクター・アウト・オブ・ワーク』『マロウ』『クルーエル』は、テリー・タイムリーというチームと一緒にやっているの。基本的にヴィデオは監督が私の音楽を聴いて、"じゃぁ、この音楽にはこの方向性でどう?"と提案してくる。そのなかでテリー・タイムリーの人たちのアイデアがいちばんピンと来たの。彼らは私のセンスであるダークなユーモアをわかってくれて、非常に共感できる部分が多いわ」
――確かにダークなユーモアですね(笑)。レコード会社の資料に「アルバムのほとんどの曲で、"苦痛から逃れたい、ストレスを発散したい"という苦悩を歌っているの」という発言が掲載されていましたが、サウンド全体がどれも美しいですよね。普通、苦痛から逃れたいのなら、もっとパンキッシュになってもいいはずなのに、なぜこのように楽曲を美しくまとめられるのでしょう?
「音楽のすばらしさというのは、個人の抱えている苦悩やストレスを自分にとっていちばん癒してくれるもの、あわよくば他の人も癒してくれるものに変換できる、そういう"変換"だと思う。アルバムの中には非常に怒っている瞬間が幾つもあるし、それはライヴの方でより顕著に出てきていると思うけれど、おそらくレコーディングの時はこの曲群の出発点であるから、ライヴを重ねるにあたってそのメリハリをパフォーマンスに表すことができているんだと思うわ」
まだまだ続きます。
ライヴ写真:久保憲司
*To be continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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