tricot アジアツアーに行ってきました(マレーシア編)
Music Sketch 2014.03.19
フィガロジャポン本誌では日本のミュージシャンを取り上げる機会は稀ですが、tricotに関しては2013年3月号での「流行予報」や、同年12月号での「未来の定番音楽」などで、ことあるごとに紹介してきました。オリジナリティ高い音楽性や歌詞、群を抜くパフォーマンス力に、私は初めてライヴを見た瞬間から魅了されてしまい、それ以来、日本の若手で一番好きなバンドになっています。とにかくMCを含め、毎日ライヴを見たくなるほど素晴らしい。

左からヒロミ・ヒロヒロ(B&Cho)、キダ モティフォ(G&Cho)、中嶋イッキュウ(Vo&G)、komaki♂(D)。komaki♂はこの3月末で残念ながら脱退する。
2010年9月に中嶋イッキュウ、キダ モティフォ、ヒロミ・ヒロヒロの女子3人でtricotを結成し、その日にtricot movieをYouTubeにアップ(しばらくの間、毎月アップ)。2011年5月にサポートメンバーであったkomaki♂(男性)が正式加入。直後に自主レーベル、BAKURETSU RECORDSを立ち上げ、滋賀と京都をベースに活動中。そして多い年には年間250公演を超えるライヴを全国各地でこなす、演奏同様のエネルギッシュな活動ぶりで、スタッフ2名とバンドメンバーだけで運営しているとは思えない俊英ぶりです。

日本では2013年10月にリリースされた1stアルバム『T H E』が、今年2月にアジア3ヶ国でも発売された。
この度、昨秋に発売になったデビュー・アルバム『T H E』が今年2月に台湾・香港・マレーシアでもリリースされ、その3ヶ国にシンガポールとフィリピンを加えてアジアツアーを実施することが決定。この機会を逃すことなく、アジアのファンを前にしたパフォーマンスや現地の反響もぜひ見ておきたいと、自分のお財布や仕事のスケジュールと相談し、マレーシアとシンガポールの2公演を見てきました。まずはマレーシア公演のライヴレポートから。
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マレーシアのクアラルンプールのライヴ会場は、ショッピングセンターの並びにあるFree Space。先に地元のバンドが2組登場し、tricotは最後に登場。ステージのサイズの都合で中嶋がヒロミと立ち位置を代わってセンターに立ち、また、ギターアンプなど希望していた機材が揃わず、何とか対バンの機材を借りてのヒヤヒヤの登場となったものの、とにかくオープニングからして歓迎ぶりが物凄かった。

会場付近にはこのようなポスターが。
「Are you ready?」(中嶋)、「Yeah!!!」(観客)、「Let's Go!」(中嶋)でスタートし、オープニングの「POOL SIDE」から「POOL」へ移行する中でキダの特徴的なギターフレーズが入る瞬間に「ホ〜!」の歓声が上がる。演奏が終わるや否や、ベースソロが始まり、中嶋の手拍子に合わせて会場全体が手拍子に湧き、そのまま「おもてなし」へ。テンションの高い、動きの激しい演奏が繰り広げられ、マレーシアの観客は圧倒され気味に4人を凝視しているものの、次第に身体の中に在る感情を全て吐き出すようなやや荒ぶった演奏と複雑な変拍子に身体を揺らしていく。そして演奏が終わった一瞬に観客が歓声を上げると、間髪空けず女性3人によるコーラスから「ひと飲みで」が始まり、この会場内の呼吸の合った流れが信じられないくらい心地よい。まるでみんなtricotのコンサートを事前に予習してきたのかと思うほど。じっくり演奏に心身で浸かってから、演奏が終わる度に満足した厚い拍手をしてくれる。
1stアルバム『T H E』より、「POOL」のMV
沸騰という言葉が相応しいほど、演奏が始まった途端に熱気は沸点に到達したものの、MCではガラリと雰囲気が変わる。
「Hello!」(中嶋)、「Hello!」(観客)、「We are tricot from Japan」(中嶋)。すると会場からは「コンニチハ〜」(男)「コンバンハ〜」(男)「ダイスキ」(女)と、日本語が飛び交い、それにひとつひとつ応えていく中嶋。「サンキュー。ありがとう。Thank for coming」。この恥ずかしがりながら喋る雰囲気と、歌っている時の落差があり過ぎ、思わず会場の男性陣から「カワイイ〜」の声が。

動きの激しいパフォーマンス。Photo by Yuji Sakatani
次の曲紹介では、英語で「一緒に"大変だ~"と歌ってほしい」と、"大変だ~"の意味を説明。そのコミュニケーションの取り方も親しみたっぷりで、誰もが爆笑しながら一体となって「大変だ~」と叫ぶ。ここまで来たら、もう言語や文化の違いなど関係なく、tricotの音楽を思う存分に楽しむムードに会場が完全に染まり、つい中嶋の口から「幸せ」とこぼれてしまうほど。そうして始まった「3.14」は「大変だ~」と中嶋と観客が交互にシャウトする賑やかぶりで、そのまま人気曲「G.N.S」へと移る。

3月8日に行なった台湾公演のライヴ写真。グッズのデザインも手掛ける中嶋イッキュウ。歌はもちろん、MCのセンスも抜群。Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
冒頭は勢いで持っていけた部分はあるが、初期の代表曲の1つである「G.N.S」や続く「夢みがちの少女、舞い上がる、空へ」のように、一つの曲にウィスパーで歌う繊細なフレーズや、セリフ、ドラマチックなサビの部分が共存したナンバーでは、音響の状態が良くないと言葉が伝わりにくく、慣れていないPAとの作業とあり、ギターや歌などがフェスの会場で聴いているような剥き出しな音や声になっていく。熱さ、エモさ、勢いもあって、カッコイイパフォーマンスではあるものの、粗っぽい感じに受け取られがちで、そこはもったいない気がした。とはいえ、続いて女子3人のハーモニーを活かした「アナメイン」へと流れ、ギターサウンドの隅々まで細やかな神経が行き届いた、変化に富んだ楽曲を次々と繰り広げることで、リスナーを次々と魅了していく。特に「アナメイン」では観客の聴き入る時と歓声の上がるタイミングがよく、「スゴイ!」(男)と感嘆の声も飛んでいた。
続くMCでは、中嶋がマレーシアでもアルバムが発売になったことを英語で話し、前夜ナイトマーケットで購入したマレー語を書いたTシャツを見せながら、「美味しい」という意味のマレー語を観客から教えてもらう。元々tricotはどんな会場でもその場の空気を掴んで面白くトークを展開する才能にも長けているが、海外でも全く同じ。鬼気迫るものを感じさせる演奏と、ユーモア満点のトークで見せる笑顔のギャップに、マレーシアのファンはコロリといった表情で、緊迫した空気感がにこやかに弛緩していく。

3月11日に行なった香港公演でのライヴ写真。香港も大盛況だった。Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)
後半は私の大好きなナンバーの1つである、浮遊する感覚を携えた「art sick」から。音響事情のためエッヂの効いたサウンドスケープを描いていたが、これはこれでロック度が増していて斬新に聴けた。「swimmer」へ入る前のインスト部分が個人的にソニック・ユースと対バンしてほしかったくらいに素敵で、そこから曲に入る時のギターのアルペジオに反応した観客の声も嬉しかった。
イギリスの国営放送BBCでもよく流れている「おちゃんせんすぅす」、そのMV
終盤のMCは、今回のアジアツアーのタイトルにもなっている《What's Ochansensu・Su!?》について。この意味については別の機会に書くとして、ここでは「マンゴスチン」「カレー」「わさび」など、食べ物の話で盛り上がる。音楽同様、食べ物も世界共通言語なのだ。中嶋イッキュウは英語と日本語交えながら、お客さんの言葉もうまく拾って、笑いに繋げていく。
その「おちゃんせんすぅす」では、最初から大合唱となり、腕を前から頭上へと上げる振りを真似する人たちも。ヒロミ・ヒロヒロの「踊れ!」のシャウトから観客はさらに弾み、続く「爆裂パニエさん」も、冒頭の歌詞"プランクトンにおかされた感情 おぼれて消えた"からしてみんな歌えるほど。これにはホント、驚いた。ラストの曲では中嶋の「Are You Ready Malaysia? 99.974℃。かかってこいよ!」に応じて、イントロからしてYeah!Yeah!Yeah!と、掛け声の一体感が凄い。
当然アンコールも求められ、まるで競り市のように、誰もが聴きたい曲数分の指を立てて、キリがない状態に。「スリー?シックス?オー」と中嶋も表情を思わず崩し、「ん~と、We hope to come here soon. Can you come to our show next time?」と、早くも次回の約束を。それでも声が止まず、ついには「じゃぁ、その時にプラス6曲やる(笑)」(中嶋)と話し、最後も、曲名の「おやすみ」をマレー語や中国語でどのように言うのかファンから教わりながら、曲に入った。ちなみに私の右後ろにいた男性は全部一緒に歌っていたほど。アンコール含めて全14曲、1時間6分ほどの熱狂的に楽しいライヴとなった。
人気の高いナンバーの1つ。「おやすみ」のMV
いつものようにステージ上から記念写真を撮影した後に、外では引き続きサイン会が行なわれ、長蛇の列が。そこでは翌日誕生日だったキダ・モティフォにサプライズでバースデーケーキが振る舞われ、キダが思わず号泣してしまう場面もあった。

マレーシアの音楽誌。世界的人気のファレル・ウィリアムスやウォーペイント、国内のミュージシャンも掲載されている中で、tricotが表紙だった。
会場にいたファンにtricotの魅力について聴いてみたところ、YouTubeで最初にチェックした時に、5拍子や8分の6拍子といった変拍子は気にならず、キダの個性的で卓越したギタープレイやヒロミの小さな身体から弾かれる強靭なベース、komaki♂のドラムの演奏技術の高さといった個々のスタイルに惹き付けられながら、何よりも中嶋の歌う、思わず口ずさみたくなるメロディが印象的で、日本語の歌詞も覚えやすい、という声が多かった。あとはtricot movieで知るメンバーのキャラクターの魅力や、やはりカッコ良さ。日本の音楽だから好きということではなく、欧米や国内の音楽も同様に聴き、その中で同じようにtricotが好き、という声が多く、それも嬉しかった。
正直、ライヴ会場としては機材や音響設備は納得のいくものではなかったと思うけれど、それでも日本でやっているものとほぼ同じスタンスでしっかり魅了していったtricotは凄い。そして何より、歓待してくれて、最後まで一緒に歌ってくれたマレーシアの人たちの温かさは忘れられないものになった。
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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