クリストがポン・ヌフ橋を包んだ1985年にトリップしたい。

PARIS DECO 2020.07.04

本来なら3月18日に始まり、アーティスト自身も期間中に見ることができただろうポンピドゥー・センターの『クリストとジャンヌ=クロード パリ!』展。5月31日、クリストは2週間後の85歳の誕生日を前に亡くなってしまった。2021年秋の凱旋門ラッピングプロジェクトは、国立モニュメントセンターによると、予定どおり9月18日から10月3日まで実現されるそうだ。この展覧会は彼の回顧展ではなく、凱旋門プロジェクトに向けてのプレリュード的展覧会である。クリストの名前をフランス中のみならず、世界的に知らしめたのはパリでのポン・ヌフ橋の梱包。1985年のことなので、いま、コンテンポラリーアートに興味を持つ若者たちは生まれていなかった。この壮大なるプロジェクトを耳にはしていても、実際に梱包された橋を見てもいず、歩いてもいない彼らには、この展覧会で大きな驚きがあるはずだ。

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左:特別展『クリストとジャンヌ=クロード パリ!』展のポスター。1985年、秋の光を受けてゴールドに輝く梱包されたポン・ヌフ橋。パリ市民に驚きと喜びをもたらしたプロジェクトだった。右:クリストによる『The Pont-Neuf Wrappede(Project for Paris)』1976年。ウォルフガング・フォルツの写真、布、紐などをコラージュ。© Christo 1976 photo © Phillip Migeat

7月1日にポンピドゥー・センターが再開し、3カ月前から来場者を待っていた特別展『クリストとジャンヌ=クロード  パリ!』の開催が始まった。第一部はクリストと妻ジャンヌ=クロードのパリ時代(1958〜64年)にフォーカスしている。ここでは祖国ブルガリアの美大でアカデミックな教育を受けたクリストがパリに来てから、ニューヨークに拠点を移すまでの6年間の仕事の変遷をたどるセクションだ。この間、種々のリサーチをしていた彼の、これまで公にされなかった作品を含め80点近くを展示。日常的生活の中の小さなオブジェの梱包を始めたのも、また公共空間での期間限定作品の創作の始まりもこの時期である。

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『パリ、レイモン・ポワンカレ通り4番地の中庭で撮影されたクリストと彼の近作』1962年。© Christo 1962 Photo © Shunk-Kender © J. Paul Getty Trust. Getty Research Institut, Los Angeles (2014.R.20)

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1958〜60年、ペンキ缶、ドラム缶の梱包。クリストは物の輪郭だけが見えるように身の回りの品を包んだ。

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馬のおもちゃを梱包した『Petit cheval empaqueté』1963年。

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パリの凱旋門の梱包のコラージュは1962〜63年に制作された。巨大なモニュメントを包む最初のアイデアが、来年ようやく実現されるのだ。

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砂や金属をコラージュした『Cratère』1960年。パリの画廊で見たジャン・デュビュッフェの作品に印象付けられ、クリストはクレーターをシリーズで制作。それらはジャンヌ=クロードの父の別荘に保管されたままとなっていたそうだ。© Christo 1960 Photo © Wolfgang Volz

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ニューヨークに移転する前に始めた建築的なStore Frontのシリーズ。左は『Purple Store Front』(1964年)。

彼は最初は本名のJavacheffで 、次いでクリストで、そして1970年代に入ってからは妻ジャンヌ=クロードとの連名で作品に署名している。23歳の彼が裕福な家庭に生まれ育った彼女と出会ったのは、パリに来た1958年。ジャンヌ=クロードの母親が若きアーティストのクリストを援助したい、と肖像画を彼にオーダーしたのがきっかけだ。彼はブルガリア、彼女はモロッコのカサブランカでと地理的には遠く離れているが、生まれたのはともに1935年6月13日という運命の巡り合わせだった。

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『Mur provisoire de tonneaux métaliques- Le Rideau du fer, rue Visconti, Paris』の前でポーズするジャンヌ=クロード。クリストは1962年6月27日に、パリ最短の6区ヴィスコンティ通りをドラム缶で塞いだ。パブリックスペースに期間限定で公開した初の作品だ。

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『Portrait empaqueté de Jeanne-Claude』1963年。ジャンヌ=クロードの肖像画を梱包。© Christo 1963 Photo © Christian Baur, Basel

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第二部は、ポン・ヌフ・ラッピングプロジェクト(1975〜85年)の構想から実現まで全貌を紹介。このパートの構成はクリスト自身によって生前に行われ、展覧会中の展覧会というものだ。デッサン、コラージュ、写真、工学的研究など約300点もの膨大な資料が展示されている。最後の部屋を丸ごと使っての模型の展示は美しく、またプロジェクトが一目瞭然。展示されている大量の資料を一点一点読み取るのが億劫な人は、まず最初にこの模型を見て全体像を掴んでから資料を見るほうが、興味を持ちやすいかもしれない。

構想から実現まで10年がかりのプロジェクトだった。橋が梱包されたのは2週間で、人々はその上で歩き、踊り……。彼はこれを“喜び、美しさ、それを見る人々の喜びに捧げられていることを除けば、2週間の無用の作品”と表現している。

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『The Pont-Neuf Wrapped, Paris』1975-1985 。1985年9月16〜22日、このプロジェクトのために開発された布で梱包されたポン・ヌフ橋。光の効果を計算し、クリストはこの時期を選んだそうだ。© Christo 1985 Photo © Wolfgang Volz

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橋を包んだ特製布やロープなども展示。

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構想から実現まで10年がかり。梱包された橋がパリに新しい景色を生み出した2週間だった。

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展覧会最後の部屋に展示されている模型。

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この第一部と第二部の中間の部屋では、ドキュメンタリーフィルム『クリスト・イン・パリス』が流されている。作者のアルベール&ダヴィッド・メイズル兄弟が1970年代にクリストとジャンヌ=クロードを追いかけ始め、1990年に完成した作品。ポン・ヌフ橋ラッピングプロジェクトの構想から実現までの10年を見せつつ、ふたりの語りによってバイオグラフィー的要素が挿入されるという作り。58分と長いものだが、途中から見ても入り込みやすいものなのでぜひ全編を見てほしい。話される言語は英語とフランス語で、それぞれに字幕がつく。

夫妻によるモニュメントを梱包するプロジェクトは、デッサンやコラージュなどを販売して常に費用を自己負担している。それでもこのプロジェクトになかなか首を縦に振らない当時のパリ市長ジャック・シラクの説得にクリスト夫妻が腐心する姿、彫刻家と自己紹介してバーでパリ市民のこのプロジェクトについての意見を集めるクリスト、大勢の技術者たちによる橋の梱包実施……貴重な映像にあふれるドキュメンタリーフィルムである。

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1982年2月、パリ市長舎にシラク市長を訪問したクリストとジャンヌ=クロード。市長はプロジェクトに対して好意的ではあったが、1983年の選挙の後までは確約できないと返答するシーンがドキュメンタリーフィルムに収められている。© Christo 1983 Photo © Wolfgang Volz

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橋桁のアーチに布を沿わせて張る作業は登山家たちが実行した。© Christo 1985 Photo © Wolfgang Volz

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馴れ初めを語るふたり。セーヌ河岸から橋を眺めて布の色を話し合ったり、夫妻の生の声を楽しめる。

『Christo et Jeanne-Claude Paris !』展
開催中〜10月19日
Galerie 2, Niveau6
Centre Pompidou
開)11時〜21時(木〜23時)
休)火
料:14ユーロ
予約:https://billetterie.centrepompidou.fr/content
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。
Instagram : @mariko_paris_madamefigarojapon
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