以前、フランスのクリスマスは完全に正月だ、という話を書いたことがあった。

ではそのフランスの正月はどうなのかというと、これはもうはっきりいって「平日」である。

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photography : iStock

大晦日のカウントダウンで恐ろしく盛り上がり、年が明けると1日くらいはさすがに少し閑散とした特殊な雰囲気があるものの、2日ともなればもう街は完全に「まだ何か?」とでもいうようなスンとした顔をしてくる。

私は日本の年末年始の、いろいろなものがパタパタパタ、と片付けられていき、新しい年を迎えしんとした街の雰囲気に対してそれぞれの家の中は賑やかしい様子がとても好きなので、正月を日本で迎えられない年はどうしてもがっかりしてしまう。初詣や福袋や初笑いや、そんなものを毎年楽しみにしている人もいれば、まったく興味がない人もいるだろうけれど、それでもいつの年も変わらず存在しているそれらを感じるだけでわくわくするのだ。

でもしかたがない。フランスの正月はクリスマスなのだから。そう考えてみてもやはりその時期がやってくると、何とか日本の正月のあれこれを作り上げようと在外邦人はがんばるものだ。法外な値段で切り餅を買い、アジア系スーパーで材料をそろえてお雑煮をつくり、細々と正月らしく家を飾り付けお屠蘇やおせちを用意する。とても気合の入った人は和服を着たりする。私にはそこまでのまめまめしさはないが切り餅までならなんとか用意する。

そうして私は、とにかく正月の特別感を求め、日本人パーティーに誘われればできる限り参加し、そうでなければとにかく外出してみる。そこには何も特別ではない普段と同じパリの街があるだけだけど、何かしら正月らしい空気の切れ端をつかもうと踏ん張るのだ。

そういった、日本で年を越せなかったある年の正月、私は友人のウィリーに誘われてカフェでコーヒーを飲んでいた。

ウィリーは、本当はウィリーという名前ではない。でも「僕のことはどうしてもウィリーと呼んでほしい」と本名で呼ぶことを許さない。それでみんなウィリーと呼んでいるのだ。

彼は勤労学生で、暇があれば働いているからいつも時間がなく、誘われることはとても珍しい。それでこの時、私はウィリーに誘われたことを「正月らしくいつもと違う出来事」だと感じていそいそとやってきた。

しかしこの日ウィリーが私に話してくれたことは、アメリカに住んでいるお兄さんと絶交した、という悲しいものだった。ウィリーは両親が蒸発し行方知れずで、育ててくれた祖父母とも訳あって疎遠になっている。お兄さんはウィリーにとって唯一連絡を取り合う家族であったはずだし、近くに住んでいる家族と絶交するのと、違う国に住んでいる家族と絶交するのとでは寂しさの種類が違うと思う。私なら絶望的な気分になってしまう。

だからクリスマスもずっとパリにいたんだ、と話すウィリーはやはり寂しそうだった。

クリスマスに帰省したくないという人もいれば、私のように正月は帰省したくてたまらない人間もいる。でもどちらも帰るところや迎えてくれる人がいなくては成立しない感情だろう。こんな寂しい時、私のことをふと思い出してくれて、声をかけてくれてありがとうと思った。店の中は暖かく、客の囁くような無数のおしゃべりが束になって柔らかく膨らみ、居心地がよかった。

「兄とは昔、旅行先で一緒にお揃いのタトゥーを入れたことがある」

とお兄さんとの思い出を語るはずみでウィリーがふと漏らした。

「え?」私はまじまじとウィリーを見つめた。「ウィリー、タトゥーあるの?」

「あるよ」

「知らなかった。どこに?」

「背中」とウィリーが指したのはうなじの少し下のあたりだった。

「どんなの?」と聞くとウィリーは少し恥ずかしそうに「日本語なんだ」と教えてくれた。

私は俄然見たくてたまらなくなった。

「み、見たい。見せてよ」

そういうとウィリーは少し戸惑ったが、まあいいよ、とセーターの襟を少し引っ張って見せてくれた。

隣から私がのぞき込むとそこには、

“寿命”

と彫られてあった。

「ウィリー……」

私が思わず顔を見やると、そこにはウィリーの何の他意もない澄んだ透明な瞳があった。

うまく言えないがその書体は、書道が苦手な人がものすごく一生けん命がんばった書初め、という感じだった。ダイナミックだが腰が引けているような、私も書道の時間がとても苦手なタイプだったのでその書体には既視感があった。そして何となく、こんなところでちょっとだけ正月的な文字を発見してしまった、という良い思い付きが頭の中で光った。これをお揃いで彫っているというならば、絶交して離れていても彼ら兄弟は繋がっている、そんなどこかホッとしたような気持ちになった。

「ウィリー……」

もう一度私は呼んだ。正月を、ありがとう。

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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