フランス人に「甘辛」はウケるのか? 砂糖と塩の天秤問題。
フランス人のホントのところ ~パリの片隅日記~ 2023.04.21
photography: iStock
日本に帰ると最近、外で食べるご飯に罪悪感を感じるようになった。前はただただひたすらうれしかった日本での外食に加わるようになった罪悪感、それは「こんな脳天を貫くほど味の濃いものを食べて私はただで済むと思っているのだろうか?」というものである。
日本で味が濃いというのは、つまり「甘辛」ということだと私は思う。ただしょっぱいだけでは限界が早く来てしまって食べられない。帰国するたびにどんどんその「甘辛」レベルが上がっているような気がする。
たしかに「甘辛」は日本の味を最も手軽に楽しめる味付けかもしれない。特に私のような料理下手が、材料が法外に高い海外でリッチに出汁を効かせたものを作ってなどいられない。海外で誰かに「何か日本の料理を作って」と言われるような事態に陥った時に、「甘辛」は最も手っ取り早いテクニックだ。
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しかし私は当初フランスで「甘辛」を作ることへずいぶん懐疑的なところがあった。それは過去にセーヌ川沿いで開催されたピクニックにおいて、「雪の宿」事件が発生したからである。私が身を切るような思いで持って行った貴重なお菓子「雪の宿」にほとんど手が付けられなかったのだ。
ある男性は恐る恐るひとかじりすると顔をしかめ、
「これはつまり……サレ・スークレ(甘辛)なんだな?」
と手のひらを下に向け、交互に傾けながら言った。そうだと言うと、
「うむ……つまり天秤に乗せて釣り合わせているわけだ、サレ(塩味)とスークレ(甘味)を? うむ……」
と残りの雪の宿をそっと下に置いた。そしてほかの人も「甘くて辛いの?」「へえ……」などと彼に感想を聞きながら「雪の宿」にはやはり手を付けず、ひとり中国人の女の子だけがちょっと同情するように私を見て「あ、おいしいよ……?」と食べてくれていた。
なにせ秘蔵の「雪の宿」だったので私には割とショックな出来事だったし、彼の「天秤」という妙に納得する言い方が頭に残った。それで私は、すっかりフランス人は甘辛mixが口に合わないんだと思い込んでいた。
だがある日、パリの日本食レストランで働いていた友人から「えっフランス人甘辛大好物だよ?」と聞かされ、私の思い込みは一瞬で覆されてしまった。
「あれだよ、ジャガイモを千切りにしてね、醤油と酒とみりんと砂糖で炒め煮したやつ出してやるとみんなイチコロだよ。唐辛子入れてもいいよね。これさえ出しとけば間違いないよ!」
友人は自信満々にそう言った。
え、そうなの? と思った私は、ある日ホームパーティーでその「甘辛ジャガイモ」を出してみたところ、これが案の定大ウケだった。
次のホームパーティーでは自作の梅干しと蜂蜜を使って甘辛酸っぱ唐揚げを作ってみた。これについては「こんなおいしいもの食べたことない」とまで言われ、身に余り過ぎる言葉に意識が飛びそうになったくらいだ。
甘辛、大好きじゃないか。
私は白目になった。
よく考えてみれば、キャラメル・サレだってあるんだから甘辛を好きじゃないほうがおかしい。生ハムメロンだって(フランスじゃないけど)ある。しかし私としては甘辛お菓子の代表格だと思っている秘蔵の「雪の宿」があのような扱いを受けたことが納得できない。すると前述の友人が、「甘すぎるし、辛すぎるんじゃないの?」と言った。私にはよくわからなかったので問い返すと、「せんべいに塩が効きすぎてるし、砂糖の塊がダイレクトに載りすぎている」ということだという。
なるほど、甘辛は好きだ。でもあまりに甘辛が強力すぎると、つまり“天秤”にかける塩と砂糖の量が多くなりすぎるとダメだということなのだろうか。私は頭の中で手のひらを下に向け、激しく左右に振ってみた。
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最近、日本に帰るたびに“甘辛”がクレッシェンド的にどんどん強くなっていく気がする。私が変わってしまったのか日本の味が変わっていっているのか、わからない。
しかしついに実家の味を「濃いな」と思い始める自分に気づいたのはここ1、2年のことだ。うちの実家はとにかく味が薄いことで有名で、かつて親戚から「お前の家の料理は無色透明だ」と言われたほどである。
もし私が変わったのではないとすると、だ。
私も「甘辛」がとてもとても便利でおいしく、すばらしいテクニックであることは100%賛同しており、この世から「甘辛」がなくなったら特に在外邦人などは途方に暮れてしまうだろう。
でももしかしたら、天秤にかける甘辛のおもりが徐々に重くなっていることに内側にいるとまったく気が付かないのかもしれない。健康に興味のある人は家で自炊するだけのことなのかもしれないが、ハラハラしてしまうので、誰か親切で几帳面な人が今「甘」が何グラムで「辛」が何グラムなのか、現在の甘辛天秤レベルをどうにかして測定してみてくれないかと、勝手に思っている。
勝手な話である。
text: Shiro
パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。
パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。