最近、周囲で「電動自転車を買った」という話を聞くようになった。正直なところ、初めて聞いた時には信じられなかった。電動自転車を? パリで? 買う?

8秒で盗まれるだろ、と思った。

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photography: shutterstock

もちろん電動自転車が便利なことは私だって知っている。気軽に自由にいろんなところへ行けるし、車のように駐車場の心配もなく、ガソリンもいらない。なのに家で充電するだけで坂道もスイスイなのだ。考えただけで最高だ。
「買った瞬間盗まれるに決まってる」と思い込み、はじめから無理だと決めつけていたのだが、パリのような小さな街では最高の移動手段には違いない。

まず、公害がひどいパリで少しでも空気をきれいにする助けになる。たまにフランスは公害問題への手っ取り早い解決策としてメトロを無料にすることがあるが、そのあとは気のせいではなく空も澄み、空気もきれいになっているのを感じるのだ。

それから「フランスでは1年中何かしらのデモやストライキが起こっている」という問題がある。その結果、メトロもバスもしょっちゅう止まるし車は渋滞する。私の周りで「電動自転車買った」と言っていた人は、最近の年金改革に対する激しいデモをきっかけに決断したという人が多かった。今回の激しいデモは、電動自転車の売り上げにも貢献したということなのかもしれない。意外な経済効果である。

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でもいったい、どうやったら盗まれずに自転車ライフを楽しむことができるのか、それが見当もつかない。

私はかつてある自転車狂のフランス人男性に、「自転車を買ったら、その価格の10%の鍵を買え」と言われたことがあった。たとえば10万円の自転車を買ったなら1万円の鍵を買うわけだ。そう言われたものの、「たかが1万円の鍵くらいで泥棒たちの熱意から自転車を守れるだろうか」というのが正直な感想だ。

渡仏後、私は最初の乗り物としてレンタル自転車「ヴェリブ」を愛用していたことがあった。いまはもう使っていないのだが、その時は「ヴェリブ日常」と「ヴェリブ情熱」という利用時間が違う2つのコースがあって、私は熱い心で「ヴェリブ情熱」を利用していた。しかしこのヴェリブは現在日本でも普及しているレンタル自転車と比べると、とにかく重かった。たぶんバッテリーが切れたら地獄とされる電動自転車と同じくらいの重さだ。バッテリーも付いていないのに異様なまでに重いのだ。

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パリ各地にステーションがあるレンタル自転車「ヴェリブ」。photography: shutterstock

これについて真相はわからないが、「盗難を防ぐため」なのだと聞いた。そしてレンタルスポットに返却する際には「がっちゃん」という重々しい音を立てて指定の場所にはめ込み固定する。生半可な気持ちでは盗もうというアイデアさえ頭に浮かばない鉄壁の守りである。

ところが、これがしょっちゅう盗まれていたのだ。最初見た時には、これを盗んでいったいどうするのか……と唖然とした。しかし「生半可な気持ちではなかった」泥棒たちは、ヴェリブの固定されている部分を丁寧に解体し、情熱的に奪い去っていった。奪い去られたヴェリブはパリの片隅にむなしく乗り捨てられていた。

そしてある日、エレベーターもエスカレーターもなく長い階段しかないメトロのホームで無残に乗り捨てられたヴェリブを確認した時、私はパリで自転車が盗まれないことは不可能なのだ、と自転車に対する情熱が溶けていくのを感じた。その後登場したレンタル電動自転車にも、レンタル電動キックボードにも結局手を出さなかった。

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しかしここへきて、周りがつぎつぎに電動自転車購入報告をしてくるにあたり、無性に電動自転車がほしくなった。ほしくなったというか、買ってしまった。自分でも信じられないことだ。だが、乗る勇気がない。困ったものである。

そこで前出の自転車狂フランス人男性は、「僕はいつもこうやって自転車を停めているよ!」とお手本を見せてくれたのだが、彼の駐輪方法というのはまずサドルを外し、逆さにして宙に浮かせた状態で柱にチューブのようなもので巻き付け束縛するものだった。あまりにも愛が深すぎるのだ。
電動自転車なら、さらにバッテリーを外さなければいけない。いったい少し離れたスーパーへ行くためにどれだけ重労働を課せられるのだろう。それを考えただけで家を出る前からもうヘロヘロである。

このように迷っているうち、家の駐輪場へ自転車と一緒に置いていたヘルメットとグローブを盗まれてしまった。これに関しては、たぶんヘルメットとグローブを家に持ち帰らなかった私が悪かったのではないか、と思う。反省している。ちなみにアパルトマンの1階にある駐輪場はもちろん鍵付きで、住民しか鍵を持っていない。ついでにもうひとつ告白すると、電動自転車購入以前、知人から中古の使わなくなった自転車を譲り受けたのだが、それはすでにこの同じ駐輪場で盗まれている。おおいに笑っていただたいて構わない。

「自転車に乗る」。たったこれだけのミッションに立ち往生している自分の自転車偏差値の低さにいまもなお辟易しているところだ。そんな私がある日徒歩で外出しようとすると、目の前の車道をレース用のようなロードバイクがすごいスピードで走り抜けていった。どうやって設置しているのかわからないが、後部座席には何とも簡易的なバンボのような形のチャイルドシートに乳幼児が乗せられており、彼女の身体は風にあおられ若干反り気味になっていた。

特にレンタル自転車の登場以来、必ず自転車が車道を走らなければならないフランスでは、車に巻き込まれる死亡事故が増えているという。私は初めて見たその豪快極まりない形式の子乗せ自転車に背筋が凍るような気持になったが、案外大丈夫なのかもしれないと思った。フランスで安心の自転車ライフを送るには、あらゆる困難をスイスイとすり抜けるある種のラッキーが必要なのかもしれない。私に自転車の神(フランス版)は微笑まなかった……たぶん、それだけのことなのだ。

text: Shiro

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