以前、デザートの中でもチーズケーキはちょっと別格で人生から完全には切り離せないと書いたけれど、もう一つ別格があって、それはレモンタルト、「タルト・オ・シトロン」である。

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ある日入ったカフェでのお昼ご飯についてきたタルト・オ・シトロン。photography: Shiro

これが別格になったのはちゃんときっかけがあって、子どものころ読んだ英語の教本に載っていた「ミニストーリー」が始まりだった。

話としては、主人公がアメリカから転校してきたクラスメートの家に招待され、そこのお母さんから熱烈な歓迎を受ける。すると、ちょうど作ったばかりのレモンメレンゲパイがあるんだけど……と緑豊かな庭でごちそうになるという展開で、いま思い返しても、英語の教本を英語の教本たらしめる非現実性がすごい。そしてレモンメレンゲパイとレモンタルトは別物ではないかと思われる方もおられるかもしれないが、そこは申し訳ないのだが目をつむってほしい。個人的には同じものとして扱っている。

ともかく、その時の私は、この非現実的なシチュエーションに言い知れぬロマンを感じてしまった。ここでクラスメートのお母さんからごちそうになるのがチェリーパイやアーモンドタルトだとしたら、ここまで心に響くことはなかっただろう。初めて出合ったレ・モ・ン・メ・レ・ン・ゲ・パ・イ、という単語には、一瞬で頭の中が真っ黄色に染まってしまう強烈な浸透力があったのだった。

そうして心の内でひそかに追い求め続けたレモンメレンゲパイと、正式に邂逅したのはシンガポールのチャンギ空港でだった。チャンギ空港は、みなさんご存じだと思うがそれはそれは愉快な空港である。プールに滑り台に映画館にひまわり。ある時チャンギ空港トランジット9時間を全力で楽しんでいると、目の前に「lemon meringue pie」の文字が飛び込んできて、私は吸い込まれるようにそのカフェへ入った。それが人生で初めてレモンメレンゲパイを食べた経験だったのだが、正直なところおいしかったかどうかなんてまるで覚えていない。それは凝縮されたロマンを我が肉体と融合させた、そういうどことなくマッチョな経験であった。

そんなレモンメレンゲ街道を歩んできた私がある朝、めずらしく新聞を読んでいると、「フランス人の好きなデザートランキング」という、ページを埋めるために何とかひねり出したとしか思えない特集が組まれていたのが目に留まり、ついじっくり読みこんでしまった。私はランキング好きなのは日本人に特有なのかと思い込んでいたのだけど、フランス人も大手の新聞でこんな特集を組むのか、実はみんな好きなのかなあと思いながら、やたら興味を惹かれてわくわく1位を探した。

でもまあ、そうはいっても絶対に1位はフォンダント・ショコラに違いないだろう。そう思っていたら、これがぶっちぎりで「タルト・オ・シトロン」なのだと書いてあった。しかも「もちろん1位はタルト・オ・シトロン!」という勢いである。

何と、フランス人もタルト・オ・シトロンが1番好きなのか!と私は純粋にも新聞のランキングをまるまる信じて喜んだ。しかしその割にはフランスのデザートメニューに必ず入ってるわけでもないというのが不思議なのだけど、ケーキ屋とかパン屋のお菓子コーナーには必ず置いてある印象だ。私としては、フォンダント・ショコラはだいたいデザートメニューに入っている気がするので1位かと予想したのだ。

さて、そう知ってしまうと、きっとフランスはフランス人が好きなデザート第1位であるタルト・オ・シトロンを特別気合を入れて作っているに違いないと思うようになった。そして誰かと出かけてお茶をしたりお土産にケーキを買っていくような機会がある時には、そこにあれば必ずタルト・オ・シトロンを選び、「パリのレモンタルトMap(私用)」を作ろうとふんわりした計画を立てていた。いまのところ、私がここはおいしかったなと思い、人に言っても構わないだろうと思うのは、「Patisserie Carl Marletti」のタルト・オ・シトロンだ。友人宅を訪ねていく道中にたまたまここでお土産を買っていったのが出合いであった。ちなみに私の舌なんて信用できないと思われる方はぜひ安心してほしいのだが、私よりもずっと上等の舌を持っている友人が数名、ここのタルト・オ・シトロンがおいしいと偶然私に話してきたし、このカール・マルレッティさんというのはたいそう有名なパティシエだということでもあった。

そしてパリで有名なレモンタルトがある店といえば、ガイドブックにも必ず載ってる「Le Loir dans la théière」ではないかと思う。私の周りではみんな「アリスのカフェ」と呼んでいる、「不思議の国のアリス」をテーマにした店だ。

ここのレモンタルトはとにかくでかい。ほかのタルトもかなりでかいが、まるでそびえたつ山のごとくでかいド迫力のメレンゲが乗っかっているので、ほかのタルトの2~3倍くらいの大きさである。私が「レモンメレンゲパイもレモンタルトも同じ」と思ってしまうのは、ここのレモンタルトのように、タルトの土台にメレンゲがどーんと乗っているものが世には流通しているからだと思う。

 

 

ここはとにかく店内がかわいいので、行ったことないという人がいると一緒に行くようにしている。そして一緒に行った人は、いくつも並ぶケーキの中であまりにもレモンタルトがぶっちぎりのインパクトなので結局選んでしまうことが多い。しかし私がこれまで一緒に行った人は100%、この巨大なメレンゲをほとんど残してしまうのだ。まわりを見渡してもメレンゲは残されていることが多い。むしろ全部食べ切れる人なんているんだろうかというくらいだ。そして私は、それならいっそのこと店側はメレンゲを半分の量にしたらどうかと身もふたもないことを毎回思うのだけど、それをしないのはやはり「タルト・オ・シトロンとはロマンを食べるもの」だからなのかもしれない。

text: Shiro

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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