これはフランスに限ったことではないのだが、海外に住む日本人は"手作り"のレベルが上がっていくと思う。

それはもちろん「もう作るしかない」と袋小路に追い詰められた人間が取る自然な行動であって、日本にいたときどんなに料理下手であったとしても関係ないように思う。日本では当たり前のようにあったものが日常生活から消え、ある日「限界を超えた」かのように、自分の手を動かして作り始める。そこにはなんだか言葉にできない衝動というか、眠っていた原始的な力が呼び起こされるような感覚がある。たいそうな言い方をしてしまったが、まあどうしても食べたかったら人間なんとか頑張って作っちゃうぞということだ。

海外在住者の手作りレベルとは、ひとことで言えば、常軌を逸している。少なくとも私のように料理とまったく縁のなかった人間からすればそうだ。豆乳、豆腐、味噌、醤油、塩麹、甘酒、納豆、アジのひらき、かつお節など、自分で作ることができるとは考えもしなかったものばかりを当然のように手作りするのだ。

しかし、それらはすべて天上人の話であり、私のように日本にいる間「うどんはどうやって茹でたらいいのかナ?」などと別の意味で猛者だった人間には当てはまらない。ただそのように包丁すらほとんど握ったことがなかった私でも、海外で生活し始めると、あっという間に麻婆豆腐を作るようになり、鶏がらスープからラーメンを作り、肉まんすら作るようになる。煮込み料理や揚げ物もするし、訪問用に持っていくチーズケーキやタルトも焼ける。

それらも私にとっては立派な「一から作った」手作り料理であるのだが、味噌や甘酒など「その日の皿」ではないものは、また別のレベルにあると感じる。ある時、ふと立ち寄ったちょっと大きめのスーパーでのこと、果物コーナーで私の目が釘付けになった。

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パリに青梅!? 思わず購入し、挑戦した初の梅干し作りのゆくえは......? *イメージ画像 photography: shutterstock

青梅だ。青梅があるのである。

まさかこんなところで青梅に出会えるなんて、どうしたらいいんだろう? これはもう、人生初の梅干しを作るしかないのではないだろうか?

しかしフランス語の名前の表示を見て、これが青梅なのかどうか私にはわからなかった。

私は、魚と果物のボキャブラリーが壊滅的に乏しい。それは私がそのふたつに関して日本語でのボキャブラリーさえ貧困の極みであるからだ。魚は「さかな」であり、果物は「くだもの」なのである。私は困ってしまい、隣にいたおじさんにこれは何なのか聞いてみることにした。おじさんは親切に教えてくれたものの、おじさん自身が梅干しを知らなければ、これが梅干しになる青梅かどうかはわからないので、結局「美味で栄養たっぷり」という情報しか得られなかった。おじさんは「タルトにするといい」と言った。

とにかく私はビニール袋いっぱいにその青梅を買った。そして興奮しながら帰宅し、さっそく梅干しの作り方を調べた。世の中にはたくさんの親切な人が梅干しの作り方を公開してくれているが、一番わかりやすかった梅農家の方々の情報を参考にすることにした。餅は餅屋なのだ。

私が日本で食べていた梅干しは、ずっと一切の甘味がない容赦なく酸っぱいタイプの梅干しだったが、調べたところ初心者にとっては蜂蜜入りの甘い梅干しの方が失敗しにくいという。よくわからないが、確かにそれはそうだという気がする。

そして私が実行したのは以下のような工程である。

  1. 梅を丁寧に洗う
  2. はちみつと粗塩と一緒に梅を瓶詰にし、重石をする
  3. 梅酢があがってくるのを1カ月くらい待つ
  4. 梅を軽く洗ってざるに並べ、天日干し
  5. 瓶詰にし、冷暗所に数カ月保管

氷砂糖は、確かタンフレール(パリの大型アジア食品店)などに売っていた気がする、と思いながらも、気が早っていた私は、とにかく氷砂糖を使わずに済む方法を調べた。さらに大きな平たいざるはなかったので、皿の上に並べ細かくひっくりかえしたり位置を変えたりし、細々と梅の世話を焼いた。

そうして苦労の末出来上がった梅干しを食べてみると、それは一瞬天を仰ぎ大きく息をついてしまうほどに、おいしかった。梅肉ならば、これまでに私も作ったことがある。ルバーブをあく抜きして、塩とともに煮詰めると梅肉そっくりの「ジェネリック梅肉」になるのは海外在住者の生きた知恵として代々語り継がれている有名レシピだ。ほとんどの人が挑戦したことがあるのではないだろうか。

しかし、この薄皮が破れて中から梅肉が口の中に広がる喜びは、やはりジェネリック梅肉にはたどり着くことのできない領域である。私は初めての自作梅干しを毎日大切に食べ続けた。結構頑張って作ったつもりだったのに、1カ月もしない間にあっという間になくなってしまった。

料理上手な人には当然のこととしても、私のような料理音痴が"梅干し"に挑戦したという事実はひとつの自信となって心の中に鎮座した。これから毎年梅干しを作ろう、今度はもっとたくさん梅を買おう、と決意をした。私が新しく得た「梅干しを作ることができる」というアビリティは、思っていたよりも自分を成熟させてくれる気がした。

そしてある年、友人とスーパーで買い物をしていると、また果物コーナーに青梅が積まれているのを発見した。私は友人に「毎年梅干しを作っている」旨を意気揚々と伝えた。

そうかそうか、と鷹揚な表情で私の梅干し話を聞いていた友人は、青梅をじっと見て、言った。

「これ、梅じゃないよ」

......梅ではない。

「『Reine-Claude』ってなんか、プラムじゃない? 梅って『Abricot japonais』じゃなかった?」

友人は淡々と述べ、いやでも梅のことプラムって説明するよね、プラムだから、いいんじゃない? 大丈夫大丈夫、と慰めてくれた。

私は、心の片隅にあった「もしかしたら青梅じゃないかもしれない」との疑念が溶け出してゆき、むしろホッとしたような気持ちになるのを感じた。私が作っていた梅干し、それは結局ルバーブ梅肉と同じくジェネリック梅干しだったのだ。

そしてここまでの梅干しづくりには、私が料理下手である要因がすべて詰まっていると思った。材料やレシピ、正しい情報を確認し、きちんと用意しないこの性格が根本的な問題なのだ。

ただみなさんにお伝えしたい最も重要なことは、ジェネリック梅干しはまったく何の問題もなく、むしろ作ったそばからあっという間に食べつくすほどおいしいですよ、という一番大切な事柄だ。あと「Reine-Claude」はミネラルと抗酸化物質が豊富だそうなので見つけたらどしどし食べるが吉ということも併せてお伝えしたい。

text: Shiro

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