4人の娘に接近を! アストリッドは子どものスキンケア「ウアット」を設立した。

高級化粧品などのボトルを製造する企業で女性重役という重要なポストに就いていたAstrid Mauduit(アストリッド・モーデュイ)。週日はパリのオフィスで働き、また出張もあり、フランス北部の自宅には週末だけという暮らしだった。4人娘のうちのひとりが、ある時彼女に言ったのだ。「ママ、自分には子どもがいるって会社のオーナーに言えないの?」と。8歳の子どものストレートな言葉は仕事に没頭するアストリッドの胸に深く刺さり……彼女は起業について考え始めたのだ。子どもたちが理解でき、参加できるプロジェクトはなんだろうかと。これが2019年に販売を開始した4歳から11歳までの子どものスキンケアブランド「OUATE(ウアット)」の始まりである。笑いを交え早口で語るアストリッドの冒険談に耳を傾けてみよう。

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「OUATE(ウアット、フランス語で“綿”の意味)」の創業者Astrid Mauduit(アストリッド・モーデュイ)。

医学か工学か

リセの最終年まで彼女は医学を選ぶか、それとも機械工学か迷ったそうだ。もっとも彼女は血に対する恐怖があり、また医者を目指す学生が多い時代だったこともあり、機械工学を専攻することにした。

「女性エンジニアのドキュメンタリー映画を見て、それが誰だったかも覚えていないのだけど、なんて素晴らしい仕事なの!というのが、工学への興味のきっかけです。とても具体的な学問ということが気に入ったんですね。私は数学系や科学系に強く、兄弟4人のうち工学を選んだのは私だけ。フランスの大学で学び、そこの最終年に私が学びたい学科があるカナダのモントリオールの大学へ行きました。社会に出るのが近づいた時に、ああ自分は飛行機あるいは車の仕事をするのだろうか?と……。プロダクトが好きな私にとって、それは自分がしたいこととは言えない、と気付いたんですね。フランスの大学に戻った時に、Pochet(ポシェ)というファミリー企業で技師として研修をし、半年したところで卒業と同時に社員として採用されました」

この会社は400年前に創業された、高級化粧品ブランドなどのガラスの容器を製造する会社である。入社してすぐにアストリッドは60名の女性たちが働く品質管理部門のチーフという責任あるポストを任され、25歳で役員に迎えられたのだ。

「この会社はロレアル、LVMH、エスティ ローダーといった素晴らしいグループと仕事をしていて、彼らが夢見るボトルの製造を技術的に可能にするのが私の役割でした。途中7年間、別会社時代があったけれど、学業を終えてから25年間、私は情熱を傾けて仕事をしていました。クリエイティブでアーティスティックなクライアントたちの夢を叶える、ということが大きなモチベーション。彼らが語ったことを現実の形にして生み出す、一緒に解決策を見いだす……という実にやりがいのある仕事で、その喜びの極みは化粧品売り場で関わったボトルを目にすることでした。自分が率いるチームを誇らしく感じることができました。研修生としてキャリアを始めた会社で昇進を続け……責任も大きく、まるで自分が持つ会社のように、ポッシェの経営に携わっていました」

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48歳、いまがその時

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OUATE(ウアット)はル・トゥーケとパリをベースにアストリッドが創立した子どものスキンケアブランド。

アストリッドの4人の娘は現在18歳、17歳、11歳、10歳。結婚が遅かった彼女の初出産は35歳の時で、4人目は42歳の時だった。産休はもしフルで彼女が取るのなら会社は彼女の代理を雇うこともできたのだが、彼女のチョイスとして毎回短期間しか取らなかったそうだ。仕事、仕事の毎日である。世界各地に工場があるうえ、クライアントも国際的なので旅はしょっちゅう。しかも彼女の家は北フランスのル・トゥーケという海辺の街なのだが、本社はパリである。

「両親は運送関連の会社の経営者で、私も10歳の頃にはいつか自分も企業家となるのだということがわかっていました。48歳になった時、もしいま起業しなかったら一生しないままで終わるだろう……と。そのためにはプロジェクトが必要。子どもたちとの関係を築き直すためのプロジェクトを考えました。何かをクリエイトしたいという気持ちがありました」

4人の子どもの母親としてファーマシーに出向くことがとても多かったアストリッド。ベビー用スキンケアのブランドはたくさんあり専用のコーナーがあるのに対し、子どものスキンケアのコーナーはファーマシーに限らず、どこにも見当たらない。誰もアドバイスをくれない。彼女は考えた。子どもの肌は必要としていないからなのか、それともあまりにもニッチすぎて誰も手を出さないのか……。

「私は子ども時代、母から肌の手入れを躾けられました。ドイツのブランドのバラの香りのクリームで、これは私にとって“プルーストのマドレーヌ”的存在です。同じものを子どもたちに使ったんですけど、ベトつくといって嫌われました。嫌がる彼らに肌の手入れをさせるために、4人を追っかけ回す時間は私にはありません。彼らが自立していってくれなくては……。私が設立することになるウアットというブランドの強い要素のひとつが、子どもの自立なんです。子どもたちの自立を助けるスキンケアブランドというアイデアが浮かんだ時に、あ、これが私の探していたことだわ!と閃きました」

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4〜6歳用のクリームは、小さな子どもの手がゲームでボタンを押す感覚で使える画期的容器に収められている。

自分の計画を会社に話し、準備のために半年をもらった。ポッシェで初の女性エンジニアに任命されたことも誇りだし、会社そのものも好きなら仕事も好きという彼女にとって、会社を辞めるのは簡単ではなかったけれど、このプロジェクトが成功すると彼女には強い確信があった。会社員だった夫は、5年前に独立して会社を買収して経営者となっていたので、企業家としてのアドバイスを彼女に多くくれたそうだ。

「買収と設立では大きな違いがあるにしても理解し合えます。私の計画に対して彼は、“やりなさい。あとのことは僕に任せて”と言ってくれました。独立後最初の2~3年は収入がないでしょうし、それに成功するという保証もありませんから。友だちからはすごい逆風にあいました。ポシェで素晴らしい役職についていて、素晴らしい仕事をしていて、サラリーもいいのに気でも狂ったの?と。でも、私にはこの経験が必要だったのです。子どもたちの教育の一環として、何かしたいことがあったら年齢は関係ないのだということを見せたいという気持ちもありました」

6カ月をかけビジネスプランを含め、子どものためのスキンケアブランドとなるウアットを立ち上げるための準備をした。長い職業経験から周囲には素晴らしい人たちに囲まれている。どのラボにフォーミュラを任せるか、パッケージングデザインはどのエージェンシーに依頼するかなど、最高を求めて彼女は決めていった。

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確信があれば恐れなし

「絶対にこれはうまくいくという確信がありました。それに、もしうまくいかなくても、問題はありません。私は学ぶことができ、子どもたちに勇気を持つことを見せることができるので。これは賭けです。私、リスクを負うことは、嫌いじゃないんです。それに生まれついての楽観主義者ですし、たとえ転ぶことがあっても、私は立ち上がります。大したことじゃないんですね、転ぶことって。大切なのは立ち上がれることです。もちろん過去に転んだ経験はありますけど、必ず起き上がります。強い人間って立ち上がることができる人だと思います」

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左: 4〜11歳用のクレンジングローション。 右: 4〜6歳用のクリーム「Ma Potion à bisous」。ウアットはパッケージのイラストを、子どもの世界で国際的に有名なオリヴィエ・タレクに依頼した。

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左: 7〜8歳女子用のクリーム「Ma crème d’amour」。香り、そしてパッケージの色とイラストが異なる男子用のクリームは「Ma crème de héro」。 右: 9〜11歳男子用のクリーム「Ma crème fantastique」。香り、そしてパッケージの色とイラストが異なる女子用のクリームは「Ma crème idéale」。携帯しやすいチューブ入りだ。

販売を始めたのは2019年2月。3月にサイトを開設し、年末にはうまくいく!という感触がつかめたそうだ。4歳から11歳を対象にするウアット。商品によっては4~6歳、7~8歳、9~11歳の3つに分けられている。これは子どもの肌質だけでなく、心理、運動性についての研究の結果だ。

「作業療法士の話を聞き、子どもが筋肉の病気や事故で失った運動性のリハビリについて学びました。4歳から7歳くらいの子どもって誰でも不器用ですよね。手が小さいこともあります。美しいだけでなく、いかに快適に使えるのかという、私がかつての会社で長年クライアントたちと開発を続けたボトルの仕事の経験が役立つんですね、ここで。子どもの手のサイズにあった容器を作るのに、作業療法を役立たせたのです。ポンプをプッシュできない4~6歳用には、ゲームで使い慣れたブザーのように押すとクリームが出るという容器にしました。これなら小さな子どもでも遊び感覚で、自分ひとりでスキンケアができます。7~8歳用のクリームの成分は同じですけど、成長したと意識できるようにパッケージを違え、香りを男女で変えています。9~11歳は皮脂をコントロールするクリームです。彼らは友だちやおばあちゃんの家でのお泊りをするので、パッケージも携帯しやすいタイプにしてあります。子どもの肌にとってアレルギーを引き起こす成分は避けたいので、可能な限り自然素材ですけどビオではありません。もし今後進化するならビオに変えますけど……」

ホイップクリーム、ケチャップ、ペンキのスプレー、修正テープといった日常生活で子どもの目になじんでいる容器がウアットのインスパイア源だ。チャージ可能で、パッケージはリサイクル可能素材である。ポシェでの経験により、彼女の視点が既存の品とは違うものを消費者に提供できたことに満足している。ある時、筋肉が萎縮してゆくという病気の子どもの母親から、ウアットの容器のおかげで子どもが自分ひとりでもクリームを使えて自立できていることがうれしい、という感謝のメッセージをもらった。何かをもたらすことができた!と、アストリッドは素晴らしいご褒美をもらったように感じたそうだ。

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左: 4〜11歳用のフェイス、ヘア、ボティのクレンジングは“ホイップクリーム”。これは彼女の娘のひとりのアイデアだ。 右: 香りの容器もまるで画材のような容器。

現在世界の500カ所でウアットは販売されている。アストリッドにとってファーマシーでの販売がもっとも大事。しかし国際的知名度を上げるにはボン・マルシェのようなデパートの存在が大切だという。こうした売り場に加え、パリならSmallableのような子どものセレクトショップからも声がかかるようになり……「そして思ってなかったことですが、スキー場や海辺の5ツ星ホテルのスパから子どものスキンケアを希望されたんです。両親がスパを楽しむ間、子どもたちも!ということですね。子どもに1時間では長いので20分のコースを開発しました」

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乗馬で頭を空にする 

現在パリにオフィスもあるが、彼女の仕事のベースは自宅から2キロの距離にあるオフィスだ。会社員時代と違い、子どもが病院に行く必要ができたときに同伴もできる。とはいえ、頭の中を占めるのは常に仕事。スポーツをする時だけ、アストリッドは頭を空にできるという。2月にはスキーを楽しんだ。また会社員時代は忘れていた乗馬を25年ぶりに再開し、馬も購入。4人目の娘と一緒にこの“逃避”の時間を堪能している。転職したことにまったく後悔はない。なぜもっと早くにする大胆さが自分になかったのだろうと思うこともあるが、それは機が熟していなかったからだと。物事には確かな瞬間があり、それが彼女の場合、会社を辞めた2018年だったのだ。以来、4年間全力を投入。その間、上手くゆかずに挫けてしまうこともなかったという。

「右がだめなら左へ、という回転の速さが生まれつき私には備わっています。これは企業の鍵。行動することが必要です。間違いを受け入れることができないと、成功のチャンスが減るんですね。野心的であれ、と私は自分に毎朝発破をかけています。いまは、またマネージメント的立場に戻っていますけど、最初は“あら、誰もする人がいない。そうか、私が自分ですることなのね”という感じでした。まるで新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んだように、25歳の時のエネルギーを取り戻しました。会社を設立して4年間、エレベーターのように上がったり下がったりですけど、私は自分が下した決定を自分でも褒め称えますよ。いずれにしても私は過去には戻らず、前進しかしません。過去は物事の構築に役立つけれど、本物の構築は未来にあるのだ、と子どもたちにも話しています」

彼女が会社を去ると告げた時、もちろん会社から引き止められた。情にもろいアストリッドである。愛する会社を去るという考えに心が引き裂かれる思いがした。でも、感情的なことは時間の経過で消えるもの。そのときが合理の出番なのだと彼女は語る。

「ウアットで素晴らしいことは、ポッシェと私の関係が完全に終わったのではなく続いていることなんです。彼らなしにはいま私がしていることは成せなかったと思います。というのも私をサポートしてくれて、株主になってくれました。“あなたは長年会社を助けてくれていました。今度は私たちがあなたの助けとなる番です”と。これは大きな第一歩を踏み出すのにとても役立ったのです」

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左: ウアットは海岸の小屋をイメージしたディスプレイが売り物だ。 中: 日焼け止めシリーズもある。写真はサンスクリーンの「Ma brume 1,2,3 soleil」 右: ウアットはアストリッドと彼女の4人娘の物語だ。photos:(左、右)Ouate.Paris (中)Alicia Mage

 

editing: Mariko Omura

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