老人ホームを辞めたマリナ、ウェルネスのためのリンゴ酢を。

老人ホームの管理職だったマリナ・ルメールは、古い体制に新しい風を吹き込むことを目指したものの、大組織との闘いは失望の連続だった。起業家のパートナーが情熱を傾けて働く姿に触発され、自分もそんな風に仕事ができたら、と願った彼女が出会ったのがリンゴ酢。その1年半後、Archie(アルシー)というブランド名で商品の販売を始めることになる。

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左:リンゴ酢のブランドArchie(アルシー)を創設したMarina Lemaire(マリナ・ルメール)。photo:Virginie Garnier  右:アルシーのリンゴ酢。500ml/14.90ユーロ。(1Lのレフィルは22.50ユーロ)

現在29歳のパワフルなパリジェンヌ、マリナ・ルメール。心理学を5年間学び、2015年に卒業証書を得るや、パリの老人ホームに就職した。

「両親も祖父母もこの分野で働いていて、子どもの時の夢は病院のような施設の院長になることでした。自分がしている仕事で認められたいという願いがあり、“マダム・ラ・ディレクトリス(院長)”と呼ばれるのを夢見てたんですね。で、この老人ホームを選んだのも、きっと素晴らしいことができるに違いない、と期待してのことです。すぐに副院長、そして院長へと上がり……でもここでわかったのは、これはまったく私の仕事ではないわ!ってこと。恐ろしいですよね、これは。私、この分野に革命を起こせる、新しいことをもたらせる、という大望を抱いていました。でも組織の重みは大きく、予算の削減といった問題とは闘うことができず失望ばかり。その上ヒューマンな面を仕事に見出せず、書類仕事に追われて……。この後、パリの病院の副院長の席を得るチャンスがあったのだけど、同じ結果に終わるに違いないという思いから、この世界から完全に去ることを決めました」

3年間の老人ホームでの経験で人事管理能力、また他者と理解し合えることに長けているということから、マリナは自動車&航空産業のコンサルティング会社で、人事職についた。過去の業種からの決別、という希望通り、以前とはまったく異なる世界で仕事を見つけたのだ。ここでは1年働くことになる。

「スタートアップ企業でとても活気付いていて、私は思い通りのことができました。3人から30人へと会社は成長し、楽しい毎日でした。といっても、私は自分の居場所を見つけられないでいたんですね。ここで勤めている時、健康のトラブルに見舞われてしまいました。消化の問題があって肌には吹き出物ができてしまって……。食事の摂り方を変え、食べるものに気をつけて、と徐々に自然食材へと向かっていき、そうするうちに、リンゴ酢と出会ったのです」

健康を害した彼女に、祖母が持っていたリンゴ酢についての本を父がくれたのだ。りんご酢の効能について書かれた部分に、祖母はたくさんのアンダーラインを引いていた。試してみたら、消化のトラブルが解消されて……。彼女は即効を求めるたち。その彼女がリンゴ酢に魅せられたことの一つに、肌に素早く効いたことも挙げられる。原因はホルモンだろうと思っていたニキビが、3日で消えたのだ。信じられずに15歳の従弟に試してみたところ、同じ結果が。

「フランスではリンゴ酢というと、何の役にも立たない調味料というイメージがあります。アメリカやアジアのように、健康に良い品だという観念がありません。興味を持ったのは、良い結果が私にもたらされただけではなかったから。周囲の人々に話すたびに、リンゴ酢の効用を知らなかった!という反応があり、例えば父のように糖尿病が良くなったり、信じられない!という結果が試した誰もにもたらされたこともあります」

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情熱を傾けられる仕事を見つけたい

最初の商品を販売する前、2019年春から1年半かけてマリナはノルマンディーの研究所とリンゴ酢について仕事をした。失業保険があり、また地方の援助金を得たりして、自宅のキッチンで自分でも試してみたりしながら、こつこつと研究所と開発を続けていた。

「私のパートナーは起業家。設立した会社のために、昼夜問わずに働いています。その彼を見ていて、私も彼のように情熱を傾けられることを見つけたい、と思っていて……老人ホームを辞めたのは耐えられなかったからですけど、次の会社を辞めたのは情熱をかきたてられる仕事ではなかったから。リンゴ酢と出会い、これは情熱を持って取り組める仕事になりそうだという可能性を見出しました」

2020年春にフランスの外出制限禁止令が解除されたときに、昔からの親友であるデヴァン・アメッドが彼女のアソシエートとしてプロジェクトに参加することになった。彼はそれ以前はロールスロイスなどの超高級車の世界で仕事をしていて、マーケティングに強い。マリナがそれまで追求していたのは革新的なリンゴ酢だったが、それ以前にまずはリンゴ酢に人々が抱いているイメージを変えることから始めることにした。彼らは手にとりたくなる美しいボトルで、マザー(酢酸菌)入、非濾過、非低温殺菌、非加熱の栄養的にも優れている最高のクオリティの品を世間に提案するのだ。

「ボトルにavec la mère(酢酸菌入)とするところ、遊びでavec sa mère(ママと一緒に)とうたいました。それで、誰のママのこと? とフランス人もはてな?と首をかしげるんですよ。酢酸菌(マザー)は第二次発酵の工程で形成される、半透明の雲のような良いバクテリアの集まりです。これこそが宝物なのだけど、怪しげな存在だと消費者から避けられないように、工業生産品はこれが発生しないよう高温加熱しているんです」

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水で薄めて飲むだけでなく、カフェ・ラテに垂らしてゴールデン・ラテ、あるいは朝の紅茶に……。

ブランド名はArchie(アルシー)。最初に彼女が登録商標申請をした名前は、アーカイブを意味するArchives(アルシーヴ)だったが、「それは祖母の本のことや、アーカイブにみつけられる古い治療薬といったことから。でも、今後りんご酢の革新のための多くのプロジェクトがあるので、過去に戻るブランド名ではなく、日常の伴侶的な名前がいいだろうということでArchie(アルシー)に決めました。これはドイツ語が起源で、ナチュラルで大胆という意味のアルシヴァルドの略称なんです。英語読みだとアーチーですけど、英国王室とは何の関係もありません。いずれコラボレーションするかもしれませんけど(笑)」

「フランスでリンゴ酢といったら、伝統的には失敗したシードルから作るお酢なんです。でも私たちの方法は、最高のクオリティのシードルを見つけ、最高のクオリティのお酢を作ろう!というもの。私は小規模な生産者だけと仕事をしたいと決めて、マーケティングのためではなく確信として有機農業をしている人を探し、あるカップルに出会ったんです。300年近く果樹園を経営をしている家系で、ふたりは自分たちのりんごでシードルを作っていて。これが素晴らしいクオリティなんです。それで彼らに、あなたたちのシードルを買って、それをビネガーにトランスフォームしたいのだけど……と語ったところ、彼らは承諾してくれてました。私のプロジェクトを魅力的に思ってくれたのだけど、たった1年でこれほどうまくいくとは思ってなかったと、いま、参加したことにとても満足してくれています」

もっとも彼らのシードルだけでは十分ではないので、界隈の他の小規模農家からの同じクオリティのシードルにも頼ることにした。アルシーは2020年10月に販売をスタート。ブランドのサイトでの購入が売り上げの半分以上を占めるそうだが、いまやフランス国内で扱っている店は430軒ある。パリでは例えばボン・マルシェの食料品館で。この秋には韓国や日本といったアジア、そしてカナダへの大々的進出を予定しているそうだ。

「リンゴ酢というとその匂い、味で敬遠する人が多いですね。アメリカの市場には種類豊富。その健康への効能を広めたのは、1920年代から存在するBraggというブランドです。私の模範とするブランドですけど、私のと味は違います。アルシーのはとてもマイルドな味なんですよ。それは、私が求めたシードルのクオリティのおかげ。15種のりんごのアッサンブラージュで、甘さと酸味のバランスがすごくいいんです。アルシーのビネガーはウェルネスのための品ですけど、味が良いのでスターシェフたちも肉料理のソースやパティスリーなどに使っています。大統領官邸エリゼ宮にも納めていますけど、料理用といった印象が強くなるのを避けたいので、これはあまり語らないようにしてるんですよ。購入者へのアンケートでわかったのは、95%がアルシーを調理ではなく飲むために購入しています。アルシーはフランスの市場における、初のウェルネスのためのリンゴ酢なんです」

最近では、スポーツ後の疲労回復に効果ありということで、希釈したリンゴ酢が高級スポーツジムやヨガ教室がでも飲まれるようになっている。また食前に飲むと、血糖値の上昇を抑え、また食欲を抑制するのでダイエット効果が期待できるという本も出版されて……。

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起業は一人より二人がいい

ビネガーの冒険に飛び込む際、この品はうまくゆく!という確信がマリナにはあった。しかし、これほどのスピードでとは予測していなかったそうだ。ソーシャルネットワークの力の大きさもあるが、同時に、タイミングが良かったとも彼女は分析する。

「外出制限期間中、人々はサプリメントなどに猜疑心を持つようになり、自然な品に戻りたといという気持ちになっていました。そこにアルシーが登場。これは別物だ!と人々の信頼を得られ……。もっともデヴァンが参加する前、一人で研究所と仕事をしている時は何ひとつ具体的なものが生まれていません。彼が参加して、“いい時だ、やろう!!”と言ってくれなかったら、私は前進するのに苦労したと思います。一人で起業するのって、よほど強くないと……。やるわよ!って私は常に勇敢なほうですけど、公に商品を発表することにためらいがありました。デヴァンが二人ならうまくいく、って言ってくれたので前に踏み出すことができたんです。だから私、一人で起業する人を尊敬の眼差しで見ています。もし一人で始めるとしたら、その裏に強い支援が必要ですね。二人で起業するにしても、私にはよく知っているデヴァンがいたけれど、たとえ仕事の能力があっても人間的にも良い関係でなければならないので、パートナーと見つけるのは簡単なことじゃないでしょうね」

彼女の起業について、両親からは“やり遂げられるよ”と励まされたそうだ。学業終了後、すぐに就職先で管理職のポストを手にしたことで、“自分の娘はできるんだ”と誇らしく思う彼らから信頼が得られていた。彼女は即効果が出るのを好み、うまくいかないことがあれば他のことへすぐに方向転換できるタイプ。でも、アルシーはうまくいっただけでなく、予想以上のスピードだったので、この冒険について彼女はまったく後悔がないという。「パートナーも私のことをとても誇りに思ってくれています。健康分野で働いている彼は、リンゴ酢についての世界中での研究結果を、これは信頼できる、これはだめ、と判断してくれ、準備段階の私に科学的な面を解説してくれたのです。情熱を持って打ち込める仕事を探していたことを知っていた彼から、“ついに、見つけたね”と言われました」 

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肌への使用もマリナは推奨する。クレイにミックスしてパックに、あるいは水を含ませたコットンにリンゴ酢を垂らして……。食料品を扱わないライフスタイル・ブティックがArchieを店に置くのは、健康と美容への効果があるゆえだ。

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企業を介して社会参加を果たす喜び

老人ホームの仕事では見出せなかった社会参加をアルシーの仕事で実践できていることも、マリナには大きな喜びである。ボトル詰めや小包みの準備などを移民や身体障害者に任せる適応援助をしたり、巨大なグループの買収を拒む小さな農家の存続のために闘って……。最初は、社会参加の企業であることがアルシーの野望を阻むのではないかという不安があったという。企業の成長を望む野心と社会的活動は共存しないというイメージが世間にはあるが、それを取り壊すことにもマリナは成功。良い人々に囲まれていることが鍵なのだろうと、彼女は語る。

「もちろんストレスはいっぱいありますよ。一番のストレスは素材の調達の問題ですね。りんごの収穫は年に一度です。そこから作れるシードルが底をついてしまったら、と。もうじきこうした素材のサプライ担当者を雇うので、少し解放されるでしょう。私のキャパシティは限界に達しています。いまはうまくいっていても何が起きるかわかりません。ストックがない、価格が高騰した……、などなどストレスは尽きません。その解消法は走ることです。それに犬がいるので、彼女の存在に助けられています。ノルマンディーの農家で生まれたゴールデンレトリバーなのだけど、母犬が放棄したので牛の乳で育ったんですよ。飼うつもりはなかったのだけど、一眼見たら気に入ってしまって。オフィスでも、いつも一緒にいます」

パリ暮らしだが、片足は常にノルマンディー地方にあるという。パリでは人に会い、商品をプロモートし、また投資家に会ったり。ノルマンディーでは生産者たちとのやりとりがあって。これほど良いバランスをもたらしてくれる仕事が他にあるだろうか、というほどマリナは満足している。

この先、海外進出と平行して、いよいよ彼女が最初に企画した革新的なリンゴ酢の商品を出すのだ。健康のためのプロダクトとしてリンゴ酢を世間に知らしめたのがファーストステップなら、日常生活にリンゴ酢を取り入れてもらうのが次なるステップ。それは要素のミックスにより朝用だったり、夜用だったり……まだあまり詳しく語れないということなので、新作の登場を待つことにしよう。

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editing: Mariko Omura

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