広告業界を去り、植物のコラージュを仕事にしたステファニー。

リュクスなブランドの仕事をしたい。意欲に燃えて入社した広告代理店で約20年働いた後、エリート意識の高い閉塞的な広告代理店を去り、ステファニー・モンタギュは自然に囲まれて育った自分らしいと思える仕事へ。それは言葉を添えた押し花・葉のコラージュだ。最初はインテリア装飾向けのコラージュだったが、最近はアートギャラリーでの展示を意識した作品づくりをしている。

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左:Stéphanie Montagut(ステファニー・モンタギュ)。4年前からパートナーと暮らす庭付きのパリ郊外の家で。アート作品、オブジェ、本、植物といったお気に入りに囲まれ、彼女にとって快適な仕事空間でもある。右:LM les fleursの名前で販売されるコラージュ。写真はブティックMaison des Vacancesでの展示から。インスタグラムは@lmlesfleurs   photos:Mariko Omura

ステファニーにはリュクスなブランドへの特別な感受性があり、小さな頃から蚤の市などで自分の目に美しいと思えた品をお小遣いで購入していた。高級ブランドはメゾンの持つサヴォワール・フェールを生かした商品を作っている。それが彼女にはとても自然なことに思え、商品の意味、そしてその裏にあるストーリー、想像を広告という舞台に置くことがすんなりと理解できたという。社会人になる前のことだ。

「ある日、テレビで私の知らない人が語っているのを耳にしたんです。それはシャネルの当時のイメージ・ディレクターだったジャック・エリュで、彼、高級ブランドの広告について話していて……この時に私は理解したのですね。広告というのは仕事なのだと」

大学ではコミュニケーションを学び、さらに記号学も学んで6年を過ごした彼女。これがきっかけとなって、広告代理店に就職したのである。どこかの高級ブランドに勤めようという発想はなく、複数のブランドについて語れるチャンスのある広告代理店が彼女の狙いだったのだ。

「私が学んだのはボルドーの学校でした。ジャック・エリュの言葉を聞いた時に、高級ブランドに関わることはすべてパリで起きること!だ、と気づき、それで仕事の研修をパリでしたいという大望を抱いたんです。大学最終年のパリで2つ目の研修先であるBETCは最高の広告エージェンシーでした」

大学最終年の研修先では卒業後雇用されることが多いのだが、彼女の場合は違った。

「うまくいかなかったんです。プランニング・ストラテジーのディレクターに研修の最後に呼び出されました。そして彼に言われたのです。君はとにかくスペシャルな人物だ。君はリュクスな分野の仕事をするべきだ、と」

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今年9月、パリのデザインウィーク中、Maison des Vacancesのブティックと期間限定ショールームで彼女のコラージュが展示された。photos: (左・右)Olivier Fritze(中)Mariko Omura

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広告代理店で20年近く働く

当時BETCはエア・フランスやシャンパン、車といった分野の大手企業をクライアントを持っていたが、高級ブランドには特化していなかった。彼の言葉によって、彼女は自分が抱いていた密かな願望に許可が与えられた、という気がしたという。そして贅沢ブランドを対象にした広告代理店であるピュブリシス・リュクスに就職した。そこでの仕事内容はというと、

「クライアントが広告代理店の扉をたたくのは、イメージの問題を抱えているからですね。ブランドを若返らせたいから、新製品を出すから、あるいは競合に対抗したい、といったことからです。私はクライアントの依頼をヴィジュアルの広告にトランスフォームすることでした。すごく気に入っていて、あまりにも好きなことなので仕事をしているという意識がありませんでした。私が試みていたのは高級ブランドについての感覚的な分析。私の頭の中で分析し、私が感じたことをイメージにするという仕事でした」

分析してアドバイスをするのが仕事だった彼女だが、感覚面での彼女の可能性に副社長が目をつけた。この抜擢によって、コマーシャル・フィルムのストーリーも書くようにもなった。これもまた彼女にとっては楽しい仕事だったのだが、あいにくと副社長が転勤に。彼女は後ろ盾を失ったことから、社内での状況が暗転してしまう。

「広告界、とりわけリュクスなブランドというのは私が生まれ育った自然に囲まれた田舎とは無縁の世界で、入社した時から居心地の悪さがありました。会社で周囲はパリ生まれで両親が誰それという人ばかり。だから、裕福な家庭の生まれではないけれど、私にはほかの誰よりもブランドがよく理解できる、ということを証明し続ける必要があったのです。入社してから退社するまで、私は自然への愛はもちろん自分の生まれ育った環境を隠して職業生活を送っていました」

現在はさておき、いまから25年くらい前の広告エージェンシーには外国人も少なく、白人優勢で、そして彼女いわく職人の子どもなんて“最悪”という時代だったそうだ。異質の存在の彼女が、このように社会的上昇を果たすことを世間は好意的には受け入れなかったのだ。

「ドルドーニュ地方の田舎で、どちらかというと恵まれない家庭で私は生まれ育ちました。だからリュクスなブランドに目を向ける私の嗜好や実践にはまったく開かれた環境ではなかった。わかりやすい例を1つあげましょう。私は写真もスタイリングもヴォーグ誌よりニュメロ誌が好みでした。でも、これはドルドーニュ地方で雑誌を売る店では扱っていない雑誌だったのです。だから店にニュメロをオーダーして取り寄せていたんですよ。それくらいの田舎でした」

そんなわけで彼女を信頼した人物を失った職場で彼女は前以上に働き、その力を証明し、周囲にそれを認めさせた。こうして2年間務め、2017年に代理店を退社。クライアントに最初から最後まで自分で付き添えるよう、すべての手綱を引こうという意思から広告のフリーランス・アドバイザーとして起業したのだ。

「フリーランスの方がよりブランドと近いところで仕事ができるのは? という思いもありました。クライアントに最初から最後まで自分で付き添えます。実際、フリーランスとなって再びモチベーションとエネルギーを取り戻すことができたんですよ。たとえばブシュロンの中国のための仕事でアジアにおける新製品についてなどアドバイスをし、またイメージのアイデアを出してと。大手の代理店ではなく私のようなフリーランサーを探している企業もあるのですね。この春にはシャネル社からの依頼で仕事をしました。いまもフリーランスで続けています」

昨年まで収入の半分はその仕事だったと語るステファニーだが、2017年に長く務めた会社を辞めた時、金銭的不安はなかったのだろうか。それについては、会社での自分の状況から、彼女の頭の片隅に“ある日突然終わるのだ”という意識があったそうで、アパートを買うということもせず給与を貯金していたという。慎重派なのである。さらに彼女のパートナーが「僕たちはふたりなのだから、心配しないで。自分自身のために行動しなさい」と言ってくれ、彼女はその言葉を頼りに起業したのである。

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装飾的なコラージュからスタート

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左:自宅2階のアトリエにて。右:アトリエの壁に好きなイメージを貼って。photos:Mariko Omura

独立して順調だったものの、2020年のロックダウン中はフリーランスのアドバイザーに仕事依頼はなく、彼女は何もすることがなくなってしまった。2017年に会社を設立した時に、具体的なアイデアは何もなかったものの花に関わる何かがしたいという気持ちがあって、ブランドの広告におけるアドバイスということに加え、花にまつわるデコレーションも彼女は活動内容としていたそうだ。ロックダウンとなり、いよいよその時がきたのである。彼女は押し花、押し葉でコラージュを始めた。家の戸棚にたっぷりとある古いクロス類。美しさ、繊細さにひかれて目的もなく買いためてあったもので、それをベースにした装飾的なコラージュだ。

「17、8年も広告業界にいたせいでしょうね、その年の秋にボン・マルシェのバイヤーに自分からコンタクトをしてコラージュを提案してみたんです。すぐにインテリア・フロアーで6カ月の独占販売が決まって。古い布や古いハンカチをベースに押し葉を糸でとめたり、刺繍を施したり……。これは私のアイデア、コンポジションに沿って、友人が作ってくれていました。隣りに座って一緒に作業して、というように。現在手がけているコラージュと違って、単に押し葉や押し花を配置したもの。当時はクリエイティブな分野の仕事の人間であることを自分に許していなかったのです」

ブランド名が必要となったのだが、ステファニーは自分の名前を前に出すことにとまどいがあり、LM les fleurs(エルエム・レ・フルール)と名付けた。これは発音するとエレーム・レ・フルール。彼女は花が好き(Elle aime les fleurs)、という意味になる。ベースに布を使ったのは、当時Herubariumが先駆けとなって、誰もが似たような花の仕事をしているのを見て、自分なりのクリエイティビティを見出す必要を感じたからだ。17世紀、もともと植物標本が布になされていたという歴史もある。

「私が会社員を辞めたのは、自分にふさわしいことができるからです。自分よりも先発で予算もあるブランドのコピーをするのは信じられません。それで布で始めたのだけど、これにはフラストレーションもありました。というのも、私は自分のためにクリエイトをする必要があったのだけど、布だと他人を頼らなければならない。誰かに依存してではなく、広告の仕事でしていたように1から10までを自分で表現したい……と。それでボン・マルシェの最初の半年の契約の最後にベースを紙に変えました。色褪せたような古い紙です。そこに植物、そして詩をのせました」

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アトリエには掘り出した昔の押し花や古い紙などが大切に保管されている。photos:Mariko Omura

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左:田舎生まれの彼女は花屋で売られているサイズも色も均一のパーフェクトな花は好まない。自然の創造である粗野で生命力の強さをたたえた野の花が好みである。右:建築エレメントの古いデッサンをベースに植物の配置を考える。すぐに糊つけはせず、一晩置いた後に配置し直すこともあるそうだ。photos:Mariko Omura

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装飾からアートピースへと

自宅の庭や野で摘んだ植物をプレスして、古い紙を掘り出して、コラージュして……ステファニーがひとりですべてに責任を負う仕事。これができたことに自分でも驚き、さらにそれを自分がすることを正当だと感じることができたという。これは商品としてもよく売れたのでボン・マルシェでさらに半年間独占販売の継続が決まった。この時彼女のコラージュを売るスタンドの隣りはインテリアブランドのMaison de Vacance(メゾン・ドゥ・ヴァカンス)の売り場で、そのオーナーと知り合いに。そしてボン・マルシェとの独占契約終了後、メゾン・ドゥ・ヴァカンスでステファニーのコラージュが展示されるようになった。

「ここでの展示には2つのタイプのコラージュがあります。古い紙に植物や言葉を配置するタイプ。もう1つは、庭の彫刻の絵葉書をベースに用いたシリーズです。これは仕事の過程がよりアーティスティックなものとなります。ボン・マルシェで求められたインテリア用装飾のための商品とは違います。メゾン・ドゥ・ヴァカンスって私は単なるブティックとは思っていません。ギャラリー的です。販売されている商品も古い掘り出し品が混ざっていたり、色合いも私の作品に似ていて、不完全なものに美を見出したり……同じ美意識、感性、ヴィジョンがあるんですね。オブジェがアートのように扱われる。例えばスツールが彫刻のようだったり、彫刻をスツールとして使う、といった。彼らは日常生活にアートを持ち込むセンスがあります」

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14〜17世紀のフランス絵画をベースにした19点のシリーズ「Collection Enigma sur la Peinture Française」より。photos:LM les fleurs

経済的、精神的に彼女を支えてくれるというパートナー。初めて自作のコラージュを彼に見せた時はどんな反応だったのだろう?

「私、文章から言葉をカットしてそれを配置したものを彼に見せました。彼は驚いたけれど、いいよ、とてもいいよって励ましてくれました」

アニメのプロデューサーでもある彼の楽しみは、詩作なのだそうだ。彼女のコラージュに彼がつくった詩を使うことを許可してくれた。そんな彼の信頼に彼女は感動し、それを植物の俳句と名付けたシリーズで使用。これはまだどこでも発表していない。古い写真やデッサンなど気に入ったものがあれば、次のためにと彼女は保管している。その中には煙のような雲のシリーズがあり、抽象的でモダニティをそこに見出した彼女は“まるでお線香の煙のようで、これは日本にオマージュを捧げるコラージュができそう”と感じたという。これに植物をプラスしぜひアート画廊に提案したいと彼女は考えている。

「私、小さいときは物書きになるのが夢でした。植物のコラージュを始めて約3年経過したところで、私、わかったんです。これはいまある私の姿をパーフェクトに表しているわって。自然、これは私のオリジンです。広告時代と違って、もうそれを隠しません。私のコラージュを文学的、知的、芸術的と人々は表現しますね。私のすべてが作品の中に凝縮されて、私は誰なのかというとても強い表現となっています」

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パートナーがつくった詩をアレンジしたコラージュ。植物の俳句というシリーズだ。photo:Mariko Omura

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左:庭園の彫刻を撮影した古い写真を使ってシリーズを作る。右:雲がお線香の煙のように思え、日本へのオマージュとなるコラージュを彼女は製作する予定だ。photos:Mariko Omura

editing: Mariko Omura

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