文・写真/坂本みゆき(在イギリスライター)
服や小物に穴が開いてしまったり、擦れて薄くなってしまったら? そんな時イギリスでは「ダーニング」で繕う。なんたってビートルズの曲「エリナー・リグビー」には「Look at him working, darning his socks in the night(作業する彼を見てごらん。夜中にソックスをダーニングしているよ)」と、靴下をダーニングする教会の司祭さんが登場するくらいだ。
ダーニングに使うキノコそっくりな道具は、その名も「ダーニングマッシュルーム」。てっぺんのゆるく湾曲したキノコの傘の部分にダーニングする箇所を軽く広げて糸で繕っていく。卵形は「ダーニングエッグ」。私の「ダーニングエッグ」は息子が学校の授業で作ったもの。
最近は日本でも手仕事好きの人びとにはおなじみだけれども、簡単に説明すると「ダーニング」とは縦横に糸を織物のように渡して穴や擦り切れを修繕、補強するテクニックのこと。もともとは目立たないように施していたが、最近はあえて地の色と違った糸を使ってアクセントとすることが主流となっているようだ。
以下に登場のニットデザイナー、野口光さんの手袋は暖かくて冬の間ずっとはめていたら穴が。あえてフューシャピンクの糸でダーニングしてみた。
お気に入りの服や小物は身につけることが多い分、思った以上に傷んでしまうことがある。そんな時は諦めて手放すのではなく、修繕することで自分だけの一点に昇華する。お直しだけではない、そんなプラスアルファの魅力もダーニングには秘められている。
最近のロンドンではダーニングのワークショップを開催する手芸店も少なくない。日本とイギリス間を頻繁に行き来しているニットデザイナーの野口光さんはそれらの場所で講師として活躍するだけでなく、日本にダーニングを広めた立役者でもある。
野口さんのインスタグラムは端正なだけでなく、色の組み合わせや施し方にセンスが光るダーニングの写真であふれている。
「私がダーニングを初めて知ったのは、友人のニットアーティスト、レイチェル・マフィさんのロンドンのお店でした。そして『繕うこと』は穴の開いた服を新品同様にしたり、破損の箇所を隠すためではないとあらためて知ったのです」と野口さん。
「ダーニングは本来、好きな服を1回でも多く着たいという思いを満たすためのもの。私はダーニングは手芸ではなく、ボタン付けの延長線上にある誰でも気軽にできる針仕事だと考えています。もちろん刺繍のような複雑な技法もありますが、家庭科で習った手縫いと基本的なお裁縫道具、そしてダーニングマッシュルームではなくても台所にあるおタマがあれば十分できるんですよ(笑)」
野口さんのオリジナルのダーニング手法「ゴマシオ」。伝統的なダーニングは並縫いばかりだが、これはまさに家庭科で習った返し縫いを活用。「伸縮性と耐久性があり、裏表の表情が違うのでデザインとしても楽しめます。針目が揃わなくても雰囲気が出るのも魅力です」
穿き古した靴下もこのとおり。こちらは野口さんオリジナルのダーニング手法「ハニカム」を使用。野口さんはダーニング・インスタグラム・ライブやズームでのワークショップも定期的に行なっている。
「ダーニングは基本的な裁縫ながらも、どんな色のどんな糸で、どのように繕うかは縫い手に委ねられています。また手芸と違って縫い目を整えることを目指さなくていい。自分で創意工夫できるクリエイティブな針仕事なのです」と野口さん。
そんな彼女がダーニングを通して伝えたいこととは?
「手軽に買った服こそダーニングをして少しでも長く着てほしいと思っています。服の傷みを修理して育てていくことで、思いがけないオリジナリティが生まれてくるから。そうして自分とモノとの新しい物語が紡がれていくのです」
次に自宅で過ごす日は、ダーニングにトライしてみてはいかが?
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texte et photos : MIYUKI SAKAMOTO