文・写真/坂本みゆき(在イギリスライター)
ヨーロッパでは10月最後の週末に夏時間から冬時間に切り替わり、時計を1時間戻す。それを合図にイギリスは寒くて暗い季節に突入する。この時季、朝は6時を過ぎても明るくならないのに加えて、冬時間で日没はさらに早まり夕方5時には暗くなり始める。その後はどんどん日が短くなっていき、あっという間に1日の半分以上がとっぷりと闇に包まれるようになる。
そんな冬の日々を照らすクリスマスのイルミネーションに先駆けて、11月5日には「火」のお祭りがイギリスにはある。ガイ・フォークス・デイ、またの名をボンファイヤー・ナイトだ。
ロンドン市内の大規模なボンファイヤー・ナイトのイベントとは違い、私の暮らすエリアでは、こぢんまりとしていて花火もささやか。それでも3、4mはある櫓が組まれ、燃え上がるさまには毎年圧倒される。写真は数年前のもの。
その歴史は1605年まで遡る。カトリック教徒だったガイ・フォークスは仲間とともにプロテスタントを信仰する王、ジェイムズ一世の暗殺を目的とする火薬陰謀事件を企てる。しかし、議事場に仕掛けた火薬を見張っていたところを見つかりフォークスは逮捕。計画は失敗に終わる。
このニュースを聞いたロンドンっ子たちは王の命が守られたことを祝い、あちこちでかがり火を焚いたという。以来フォークスが逮捕された翌日の11月5日には「王の命を救った神への感謝」としてかがり火を焚く習慣ができたそうだ。そしてこの日は1859年までは国の祝日だったそう。
現在は祝日ではなく、宗教的&政治的な色合いはあせて、5日やその前後の週末にはイベントとしてあちこちの大きな公園で花火があがり、巨大な櫓に火が放たれる。南イングランドのルイスやギルドフォードでは、火が轟々と燃えるトーチを携えた大勢の人々が街中を練り歩く、中世を思わせる大掛かりなパレードが夜通しあったりもする。
手前に立つ点火係の人の背丈と比べたら、どれだけ火が大きいかわかるはず。てっぺんにガイ・フォークスの人形が座っているのも見える。
ボンファイヤー・ナイトでの子どもたちのお楽しみは、まずはガイ・フォークス人形作り。古布や古着を使ってガイ・フォークスをかたどった布や紙製の人形を作り、「A Penny for the Guy(1ペニーをガイ人形にちょうだい)」と言いながら大人たちに小銭をねだることが許される。その後、これらの人形はなんと櫓のてっぺんに置かれて焼かれてしまう。それを最初に見た時は本当に心底驚いた!
子どもたちが作ったちょっと不気味な(?)ガイ人形。
子どもたちが手にした小銭で買うのはスパークラーと呼ばれる手持ちの花火。ちょっと危ないのだけれども、それをくるくると振り回しながら楽しむ。
針金を軸棒にしたスパークラーはボンファイヤー・ナイトには無くてはならない脇役。数年前は幼かった息子も楽しんでいた。
そしてボンファイヤー・ナイトならではの食べ物も。まずはトフィアップル。トフィがけのりんご、つまりは「りんご飴」。ジンジャーを効かせたパーキンケーキもこの日の伝統的な焼き菓子だ。私の友人にはボンファイヤー・ナイトの夜にその年最後のバーベキューをするのが家に代々続く習慣で、庭でバーガーやソーセージを楽しむという人もいる。秋らしい果物や身体を温めてくれそうなスパイスの効いたお菓子、屋外で火を使って調理する食べ物という寒い季節においしい味覚が並ぶ。
ボンファイヤー・ナイト直前の週末の新聞には、表紙にトフィアップルが登場する付録が。紙面にはレシピも。
トフィアップルはりんごに棒を刺した形状も日本の「りんご飴」と一緒。煮詰めたキャラメルを手早くりんごに絡めるのがなかなか難しい。
今年は各イベントがコロナ禍で早々に中止となり、さらにはボンファイヤー・ナイト当日からイングランドは2度目のロックダウンとなった。自宅に庭がある人は家庭用打ち上げ花火を楽しんでいたようで、私の家の近隣でも花火の音が鳴り響いていた。
来年はまた、いつもどおりボンファイヤー・ナイトの櫓の火が眺められるといいな。
【関連記事】
「世界は愉快」一覧
texte et photos : MIYUKI SAKAMOTO