文/稲石千奈美(在LAカルチャーコレスポンダント)
スヌーピー、チャーリー・ブラウン、ルーシー、ライナス……50年以上愛されているキャラクターは作者のチャールズ・M・シュルツ没後も毎日新聞に再掲載が続くコミック「ピーナッツ」の主人公たち。アメリカの季節行事や慣習がふんだんに盛り込まれたコミックでは、バレンタインデーが近くなると、ピーナッツの仲間たちもそわそわし始める。登場するのは子どもと動物だが、大人社会も反映されているのは言わずもがな。コミックスを読むとアメリカのバレンタイン事情のあれこれがわかるからおもしろい。
バレンタインカードは友だちや家族にも贈る。手作りも人気だが、こちらは孫から祖父母へのカード(4.59ドル)。
コミックでは、カードが一枚ももらえず落胆するチャーリー・ブラウンと、そんな飼い主の嘆きを聞くも「その気持ちは分からない……」とどっさり届いたカードを読むモテ犬のスヌーピーが対照的に繰り返し描かれている。アメリカのバレンタインは恋人や夫婦の恋愛だけでなく、家族愛や友情、親愛も祝うもの。バレンタインのカードは、年賀状のようなフラットな気分で贈り合う。2月14日、子どもたちは友だちの数の手づくりバレンタインカードとお菓子を揃え、学校で交換する。とはいえ、性別問わずカードがもらえない人には辛い一日なので、近年は差別がないように学校ではクラス全員と交換するところが多い。
バレンタインカードはあちこちに配るため、パックでも販売されている。「愛さえあればいい。でもたまにはチョコレートもいいね」と、軽めのメッセージやイラスト付き。さらに、たくさんの人に渡すための名刺サイズのカードも人気。6枚入り(6.99ドル)
「Smak!」とはキスの音。ピーナッツコミックスとキャラクターのイラストで愛についてのメッセージが集約された本は、バレンタインギフトに。『Smak! Reflection on Love from the Peanuts®️ Gang』(Wholemark刊、12.95ドル)
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いっぽう、典型的なバレンタインギフトであるハート型のチョコレートボックスもコミックに何度も登場し、キャラクター達がプレゼントの大きさや値段と愛情には関係性があるか、など真剣に悩むエピソードも。
恋人や夫婦はロマンティックなデートを楽しんだり、プレゼントを贈り合う習慣もあるので、片想いなら男女ともにどう想いを伝えるか、カードやプレゼント選びも悩ましい。コミックにはうまくいかないバレンタインデーの話がほとんどで、「アイ・ラブ・ユー」と書いたカードなんて鼻先で笑われるとカードを用意したのに渡せずじまいだったり、恋する人からカードがもらえず当たり散らすなど。いつも人気者のスヌーピーでさえ、失恋を癒すためにやけ食いをして太ってしまったことがある。報われない愛ほどおもしろいのだ。
ブレイクアップバーは恒例のアンチバレンタインバー。期間限定のポップアップバーには例年なら独身者が集い、失恋や離婚、恋愛リベンジテーマのカクテルやイベントで盛り上がる。今年はコロナ規制でバーでの飲食ができないが、テイクアウトワインテイスティングキットを販売、ピックアップする際にやるせない愛憎のコメントをメッセージボードに掲示。photo: Severance
実際にLAでは、シングルのためのポップアップバーなど例年アンチ・バレンタインイベントも多く開催され、コミックスに描かれるような苦いバレンタインデーを経験する人は少なくない。
北カリフォルニア、サンタローザにスタジオを構え、鋭い観察力で日常や社会を取り巻く複雑な喜怒哀楽をコミックに描いたチャールズ・M・シュルツは、2000年2月12日、引退を発表する最後のコミックが新聞に印刷される数時間前に逝去した。毎年バレンタインが巡ってくると、彼が好きだったというチョコレートチップクッキーを焼いて、ラブラブだけじゃないバレンタイを読み返したくなる。
photos et texte:CHINAMI INAISHI