写真・文/長谷川安曇(在ニューヨークライター)
交通手段以上の存在であるニューヨークの地下鉄。自転車やケータリングのカートを持ち込む人はもちろん、爪を切る人や、電池を売る人、なぜか逆立ちやストレッチなど、「いま何もここでしなくても」といったエクササイズをする人も多い。ダンスなどのストリートパフォーマンスは日常茶飯事で、アクロバティックな技を出しているキッズたちには、みんな気前よくチップを払っている。
そんな公衆道徳という観念があまりないニューヨークだが、数年前からニューヨーク市地下鉄(MTA)が構内でのエチケットキャンペーンを開始した。車内で好き勝手?に振る舞うニューヨーカーに注意を促したもので、たとえば車内で髪をセットする人に対して、「誰もが完璧に見られたいけど、ここは地下鉄で化粧室ではない」や、パフォーマンスをする人に対しての「ポールは安全のためであって、最新のルーティーンを発表するためではない:人々の注目ではなく、ポールをつかんで。地下鉄はショータイムの舞台ではない」など。2014年に登場した時はおもしろいと現地メディアの間でも話題になった。
2014年から現在も掲示されているニューヨーク市地下鉄内のサイン。車内で食事をする人に対して「ここは地下鉄であって、食堂車ではない」や「足を広げるな」なども。©MTA
現在は掲示されていないが、以前あったサイン。「もうひとつの交通手段(自転車)でスペースを塞いでくれてありがとう。次はFトレインにホンダの車でも持ち込みたいですか?」と、なかなか皮肉が効いたものだった。©MTA
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車内道徳を促すこれらの標識は、車内や駅構内いたるところで見られるが、実際にはあまり効果がないよう。食事をしている人、髪をセットしている人、パフォーマー、椅子を占領して寝ている人など……いまだにたくさんいる。
夏になるとパフォーマンスをする人が増えるのだが、以前シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を実演するふたり組を見かけたことがある。Lトレインのファースト・アベニュー駅からベッドフォード・アベニュー駅は、マンハッタンからブルックリンに渡るため、駅と駅の間隔時間が長い。そのため、この駅間はよくパフォーマンスに使われるのだ。まずロミオ役が乗ってきて、ジュリエットが死んだと思い、ひざまずいて地下鉄の床をダンダンと叩く迫真の演技を披露した。自殺をする場面を演じると、今度は「ベッドフォード駅」でジュリエット役が同じ車内に乗ってきて、後追い自殺をする場面を演じたのだった。終了後、車内は拍手喝采。地下鉄内でシェイクスピアを演じるとは素敵なアイデアだ。個人的にはどうせ地下鉄に乗るなら楽しいほうがいいので、パフォーマンスは大歓迎なのだけど、コロナ禍においては、マスク着用など乗客は最低のマナーを守るべきだ。ほかのエチケットは残念ながらあまり守られていない様子だが、ニューヨークだし、いいのかも。
2020年から登場したコロナ対策のマナー掲示。正しいマスクの着用法を促している。駅によっては「マスクフォースチーム」がマスクを乗客に無料で提供している。
photos et texte:AZUMI HASEGAWA