吉沢亮&横浜流星、映画『国宝』、演じる人も観る人もハマる奥深き伝統。
Culture 2025.05.22
映画『国宝』で、女形の歌舞伎役者を演じた吉沢亮と横浜流星。かたや任侠の一門出身、かたや御曹司、親友でライバルという役柄で、美しく、息の合った踊りを見せた両人が、舞台裏を語った。
"Art de Vivre(アールドゥヴィーヴル)"は、簡単に説明できない概念だが、芸術のごとく美しく日々を送るための自身の生き方や選択を指すという。その意味で、吉田修一の同名小説を李相日監督が映画化した『国宝』は、歌舞伎に焦がれ、芸の神髄を表現するために一生身を捧げた、ふたりの女形の歌舞伎役者のアールドゥヴィーヴルを探求した作品といえる。同時に、撮影に入る前に1年以上、踊りや所作などを身に付けるため、稽古を重ねてきた吉沢亮、横浜流星のふたりにとっても、江戸時代からの伝統芸能を丹念に、真摯に見つめる日々となった。
任侠の世界から上方歌舞伎の名門の部屋子となり、やがて国宝をも目指す喜久雄に吉沢亮。人気歌舞伎役者、花井半二郎の嫡男として生を受け、幼い時から鍛錬を積んできた御曹司、俊介役に横浜流星。物語の始まりは東京オリンピックがあった1964年。まずは、この難役を引き受けた理由を吉沢から聞いた。
「5年ほど前、マネージャーさんが李監督から喜久雄役をお願いしたいと言われたと聞いて。まず原作を読んだのですが、物語はおもしろいけれど、喜久雄が結局どんな人間なのかその時は最後まで掴めなかった。そもそも僕は、吉田修一さんと李監督のタッグによる『悪人』と『怒り』が大好きなんです。特に『怒り』は、オーディションを受けて落ちて、まったく相手にされなかったという悔しさが自分の中に残った。だから、なぜ自分にオファーが来たんだろうという驚きと、役者としての喜びが相当ありました」
1994年生まれ、東京都出身。代表作に映画「キングダム」シリーズ(2019、22~24年)、「東京リベンジャーズ」シリーズ(21、23年)、NHK大河ドラマ「青天を衝け」(21年)。『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(24年)で、第16回TAMA映画賞最優秀男優賞などを受賞。
衣装協力:ジョルジオ アルマーニ(ジョルジオ アルマーニ ジャパン)
横浜が演じる俊介は、生まれた時から大切に育てられた愛嬌も甘えもある関西でいうぼんぼんで、周囲からは"俊ぼん"と呼ばれている。上方歌舞伎には「心中天網島」の妻子がいながら曽根崎新地の遊女・小春に惚れ込んでいる紙屋治兵衛や、『国宝』でも重要な演目として出てくる「曽根崎心中」の人の良さが災いして愛する遊女・お初と心中するしかなくなる醤油屋の手代・徳兵衛など、女性を巻き込む優男の系譜があり、その人柄は俊ぼんにもトレースされている。横浜曰く、「俊介は上方歌舞伎の演目に出てくる色男の人物像の系譜にいる人物であることは意識していました。僕の捉え方では、俊介は重心の高い人。表ではいつもニコニコしていて、真意をあまり見せない。そこが演じるうえで難しくもあり、大切にするところでもありました。優男に見えるように全力でいきましたけど、普段の自分はできるだけ重心低く、自分を律したい人間なので、理解しがたい人物でもありました。本番が終わって素に戻った時、いまの大丈夫だったかなと違和感を抱くぐらいでちょうどいいというか。あんなふうになれたらいいなと思う時もありましたが、彼が20代、歌舞伎界から突如失踪する場面までは本当に大変でした(笑)」
1996年生まれ、神奈川県出身。2011年、俳優デビュー。代表作に映画『ヴィレッジ』『春に散る』(ともに23年)。『正体』(24年)で、第48回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。現在、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で主演・蔦屋重三郎を務めている。
歌舞伎は1603年、出雲の阿国が当時流行していた念仏踊りを工夫して創始した「かぶき踊り」が始まりといわれる。熱狂した見物人が演者と入り混じって踊ることも多々あったとか。時代の変遷とともに遊女たちによる「遊女歌舞伎」、女芸人による「女歌舞伎」、未成年男子の「若衆歌舞伎」と流行が変わり、風紀の乱れを危惧した江戸幕府は1650年代、成年男子による「野郎歌舞伎」以外を禁止した。元禄時代(1688―1704年)には、上方に坂田藤十郎、女形の芳沢あやめ、江戸に市川團十郎などの名優が出て、世界でも珍しい女形の芸が磨かれていく。
劇中、吉沢と横浜は「二人道成寺」「二人藤娘」など数々の演目を舞う。特に若いコンビをスター街道へと押し出すのが「二人道成寺」で、手踊りや鞠唄、花笠踊などを習得している場面には感嘆。撮影は『アデル、ブルーは熱い色』のカメラマン、ソフィアン・エル・ファニが担当した。
「二人藤娘」を踊るふたり。意のままにならない男心への思いを藤の精が舞う。
吉沢は「体力的にも精神的にもめちゃくちゃ追い込まれる日々で、ソフィアンさんが撮った映像をモニターで見た時の"この至近距離から、この角度からの映像は見たことがない!"というモチベーションでどうにかいけたというか。絶対すごいものになるんだと自分自身に言い聞かせながら必死にやっていたけれど、体力的にはかなりきつかった。どうやってこんな動きをするんだと最初は驚きましたが、踊りを支える体幹は鍛えました」と振り返る。
一方、横浜は「隣に喜久雄がいるので心強かったし、本物仕様の舞台をスタッフが作ったことで本気を感じました。エキストラの方々にもご協力いただいて、歌舞伎役者の人たちが見ているであろう幸せな景色を見られたことに感謝しています。『二人道成寺』は喜久雄と俊介の駆け出しの時と中年期と2回踊るのですが、大人になってからの場面ではエモーショナルな気持ちになりました。すっぽん(舞台のセリ)から上がってきてからの目線の合わせが多く、喜久雄のいろんな感情を吉沢君の目から感じられたから」と語る。
鍛錬した踊りや所作の美しさを小川久美子による衣装が際立たせる。
「二人道成寺」は、ふたりの花子が時に一体となり、陰と陽となり、時に姉妹のように寄り添って踊る。坂東玉三郎の解釈で有名になった演目だが、10代から互いの存在を意識し、目を離せない宿運を象徴する踊りである。原作には、ふたりを支える女性たちが登場し、重層的な愛と献身の物語が構築されるが、映画はあえて喜久雄と俊介のブラザーフッドに絞った印象を受ける。この関係性をどう感じたのか。
「映画の喜久雄は歌舞伎と向き合えば向き合うほど周りを不幸せにし、さまざまな困難に阻まれる。複雑な人間関係の中にいるけれど、喜久雄の中にあるのは、ただただ歌舞伎が好きという思いだけで、それ以外のものが目に入らない。芸を極めるため、神社で悪魔と取引をしたと娘に言う場面でも、それが悪いことだという自覚がない。歌舞伎への純粋な愛情が、ほかの人から見たら形が違って見えたり、かわいそうな人間だなと思われたりするのかもしれない」(吉沢)
「観客は、わかりやすいライバル関係かと想像するかもしれません。でも、そういう瞬間はあっても、舞台でともに舞うと心で繋がれる。認め合っているし、高め合っていけるし、仲間だし、ふたりにしかわからないものがある。喜久雄がいなければ、俊介は憎しみすらも持てない。自分に向き合うことがなかった彼にとっては、感謝の気持ちのほうが大きい」(横浜)
若さを持てはやされる花の時期を越え、興行を支えなくてはいけない中年期となって、花井半二郎という後ろ盾を失ったふたりの環境は厳しくなる。主役の座はひとつだけ。劇中、役を通して互いを憎らしいと思う瞬間はなかったか。
花井半二郎(渡辺謙)の代役を巡り、ふたりの関係が複雑なものになっていく。
吉沢は、「それがないんですよね。俊ぼんは可愛げがあって、演じながらも許しちゃう自分がいました。ただ、役に恵まれず、地方でくすぶっている喜久雄が、テレビで俊介が賞を受賞した報道を目にした時は、すごく嫌な感情が湧いてきました。芝居という嘘の中にいるのに」と笑う。「俊介を差し置き、師匠の代役に選ばれた重さで手が震えている時、俊ぼんが化粧をしてくれる場面が忘れられなくて。『俊ぼんの血を飲みたい』という台詞を言った時の流星の受けの表情が美しくて、ぐっときたんです。もうひとつ忘れられないのが、『曽根崎心中』をやり終えた俊介の顔」
横浜は、「不遇の時期にいる喜久雄が、地方のビルの屋上でひとり踊るシーンを見て、精神状態としては落ちぶれてボロボロかもしれないけど、とても美しかった。その姿が目に焼き付いて脳内にいまもずっと残っています。そこで人間のすべての感情が見られたなって思う」
オファーを受けて5年、ストイックに伝統芸能に向き合うことで新たに得たことも聞いてみた。横浜は兵庫県出石に現存する近畿最古の芝居小屋、永楽館での撮影の記憶を口にした。
「昔にタイムスリップしたかのような歴史を感じる空間で、いつまでもあのままで、と思います」
吉沢は、かねて愛する落語への理解がより深まったと話す。
「移動中とにかく落語を聞く時期があって、話者のテンポの良さだったり、間や立ち居振る舞いに影響を受けているところがあります。歌舞伎に続き、落語の演目にもいつか、芝居を通して触れられる日が来たらうれしいです」

『国宝』
吉田修一が四代目中村鴈治郎から黒衣の許可を得て潜入した舞台裏での景色が原作となり、『悪人』『怒り』に続き李相日監督が映画化。今年のカンヌ国際映画祭監督週間部門に選出。
●監督/李相日
●出演/吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、渡辺謙ほか
●2025年、日本映画 ●175分 ●配給/東宝
●6月6日より全国東宝系にて公開
https://kokuhou-movie.com/
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会
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photography: Daisuke Yamada styling: Daisuke Araki (Ryo Yoshizawa), Go Negishi (Ryusei Yokohama) hair & makeup: Masanori Kobayashi (SHIMA/Ryo Yoshizawa), Akihito Hayami (CHUUNi Inc./Ryusei Yokohama) text: Yuka Kimbara