文/甲斐美也子(在香港ジャーナリスト、編集者、コーディネーター)
香港といえば、あらゆる面で東西が融合する文化を持つ土地柄。ここでは西洋医学も発達しているけれども、人々の暮らしや習慣に、漢方がしっかり根付いている。それを実感できるのが、香港の中心である中環の活気あふれるエリアにある、1916年創業の漢方薬局「春回堂」。
厳選された薬剤を扱う薬局としての機能はもちろん、簡単な問診や処方をしてくれる医師も常駐しているほか、忙しい合間にささっと飲める「涼茶(ろんちゃ)」と呼ばれる漢方ドリンクのスタンドとしても有名で、老若男女問わない客は一日中途絶えることがない。
さまざまな種類がある涼茶の中で、いわゆるエナジードリンクに当たるのは、「花旗參茶」。有名な韓国産の高麗人参よりも刺激が少なくて誰にでも飲みやすい米国産ジンセンをベースにしている。甘草、龍眼、麥冬(ジャノヒゲ)、イチジクなどをブレンドして、活力を高めるのに加えて、身体の熱を冷まし、肺をきれいにしながら潤すので、安眠とリチャージ両方の効果があるそう。
飲んでみると、ジンセン独特の癖はほとんどなく、優しくすっきりした甘味で、とても飲みやすい。これは伝統のレシピに加えて、薬剤の効果と味を考慮して工夫された春回堂ならではのブレンドの賜物だ。好みや季節に合わせて温冷のいずれかを選ぶことができる。仕事や街歩きの疲れを癒やして、猛暑を乗り切るための頼りになるエナジードリンクだ。
ちなみに「花旗參茶」の販売数は1日約200杯。他にもさまざまな涼茶があり、合計で1日約1000杯が飲まれているほか、ペットボトルに入れて持ち帰ることもできる。
三代目店主のマーティン・ラムさんによると、コロナ禍によって、顧客のニーズがはっきり変わったのだそう。
「コロナ禍以前は、体の不調を訴えて漢方医に診察を受ける人がとにかく多くて、忙しい時間も、会社員の出勤前や昼休みに集中していた。それがコロナ禍以来、とにかくみんなの健康意識が高まり、在宅勤務も増えたから、一日を通じてばらけてお客が来るようになった。さらに外出時はマスク着用だし、何かしらの菌をもらう機会も減ったせいか、体の不調を訴える人が以前より減ったようだ。代わって需要が高まったのが、家族全員の健康を守るために自宅で作る漢方スープの材料セット」とマーティンさん。
ちょうど目の前では、ココナッツの一種である海底椰子、日本ではアミガサユリと呼ばれる川貝母(せんばいも)など、咳を止めと肺機能を高める漢方薬がたっぷり入ったスープセットを準備していた。自宅でスープにする際は、これに豚肉や野菜などの食材を加えてじっくり煮込む。やはりスープのレシピも薬剤の苦みが上手く抑えられるように工夫しているそう。
100年以上、香港人の日々の健康維持に貢献している昔ながらの漢方薬局。時代やニーズが変わっても適応しながら、これからも香港の街と人を見守り続けてほしいものだ。
text: Miyako Kai