スウェーデンでは、最大の行事であるクリスマスとともに、冬ならではの風物詩や名物がある。それはストックホルムから北上すること171km(車で約2時間)の東海岸沿いの街、イェヴレ(Gävle)市にそびえる「イェヴレ山羊」だ。
高さ12.5メートル、長さ7メートル、重さにして3トン。1985年にはギネス記録にもなっているという、麦わらで造られた巨大なこのイェヴレ山羊。世界中から注目を集める名物となったのは、設立当初から毎年のように悲惨な運命を迎えることからだ。

間近に来るとかなり見上げないとならない大きさのイェヴレ山羊。悲惨な目にはあってきたが、当初の目的のイェヴレ市を注目させる大役を威風堂々とこなしている。
ことの始まりは1966年、イェヴレ市の商工連盟のおじさまたちがクリスマスの時期を盛り上げようと始めたもの。より多くの人が街に来て、買い物をしてもらいたいという戦略で、とにかく巨大で目立つものを!という想いからこの山羊が誕生した。
そして、その年の12月1日に初お目見えしたものの、大晦日から元旦1月1日にまたぐ真夜中に灰煙と化し、焼け落ちた。放火した犯人は捕まり、破損の罪で訴えられたのが歴史の始まりだ。それ以降、毎年のように火をつけられるか、車で突っ込まれるなど、なんらかの妨害行為で破損・破壊されるという悲劇が繰り返されている。
ホームページ上の「運命」という項目には、事故年表が掲載されており、なんと無傷だった年は1967年と68年、2017年から20年までの4年間のみだったという。
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ここまで毎年のように続くと、スウェーデン国民ならず海外でも「今年のイェヴレ山羊はいつ、どうやって破壊されるのか?」とある意味心待ち(申し訳ないが)なところもある。スウェーデンをはじめ、特にイギリスでは、その運命を賭けるゲームも浸透しているのだ。
また、イェヴレ山羊委員会(管財人)でも、注目を浴び続けるためには度々焼き崩れ落ちたほうがいいニュースになるのでは?などという意見さえ出ているという。
そんな冬の話題をさらうイェヴレ山羊は、第一アドベントの12月1日からお披露目。この巨大な姿は、5メートル四方の麦わらの絨毯をなんと56個も手作業で組み立てる、作業時間にして約1000時間にもおよぶ大掛かりなものなのだ。

大量の麦わらを絨毯にする作業から始まり、600メートルに及ぶ紐や2500個の釘、1200メートルの木材などを繋ぎ合わせて組み立てられるイェヴレ山羊。作った人達にしてみれば途方もない労力が一瞬で灰と化すのは確かに堪らないだろう。
この組み立てから解体作業の大変さ(ほとんどの年は解体前に壊されるので解体作業なし(笑))と、費用の事もあり、さまざまな防御方が考案されてきた。法の下で合法的なイベントを設けたらどうかという案も出たが、放火を推進するようで感心しないと可決の票が集まらなかったり、含浸(防火処理)を施し、警備を置いたりしたが、さほど効果もなく、犯人たちには痛くも痒くもないらしかった。
施策の効果が出始めたのが2018年の法確立、そして近年のウェブカメラによるライブ映像が始まってからだ。控訴裁判所がイェヴレ山羊損傷は深刻な毀損問題、またその行為は違法とみなし、3カ月の刑務所行きの罪となる。2017年から無傷の4年間が続いたが、2021年、12月17日に放火未遂に遭う。だが、ウェブカメラのお陰で、灰まみれになった犯人はすぐに逮捕。6カ月間の刑務所行きと損害賠償約10万スウェーデンクローナ(約164万円)が課された。

イェヴレ山羊を囲む大掛かりな柵の周りには、アラームとカメラの警報装置が備えられていることを示す。現代社会の賜物か、特にライブ映像がイェヴレ山羊にここ数年無傷の冬をもたらしている。
それ以来静かな年が続いているが、2023年には鳥たちが山羊の藁においしい種が詰まっていることを発見。今度は山羊の端々がついばまれるという別な悲劇に襲われたのだ。そして2024年にようやく放火の被害にも妨害行為にも遭わず、また鳥たちの餌になることもなく、完全無欠のまま解体され夏休みを迎えたのだ。
年末のいま、イェヴレ山羊は前年に引き続き安息の年を迎えられるかどうか乞うご期待!!
イェヴレ観光協会サイトよりライブ配信中
●1スウェーデンクローナ=約17円(2025年11月現在)
text&photography: Sakiko Jin

神咲子
在スウェーデンライター。コーディネート業も行うが、本業はレストラン業だった。そして50歳を過ぎてから、鉄道の電車の運転手に。スウェーデン中間部、東海岸のスンズヴァル市から西に一直線、ノルウェーとの国境のストールリーエン市を運転する日々を送る。




