15億円賠償命令、アメリカの凍結卵子タンク故障事故。

文/安部かすみ(在ニューヨークジャーナリスト、編集者

社会進出に伴う初婚年齢の高齢化や不妊などにより、治療を求める女性やカップルにとって、最後の砦のひとつとして期待される卵子凍結。BBCによるとイギリスでは、2016年から17年にかけて卵子凍結する女性の数が11%増加しているという最新調査もある。最近は日本でも将来のために卵子を凍結する女性たちのニュースを少しずつ聞くようになった。

iStock-638504688.jpg写真はイメージ。photo: iStock

そんな中、18年アメリカのカリフォルニア州では信じられない事件が起こった。サンフランシスコ市の不妊治療クリニック、パシフィック・ファティリティ・センターで凍結保存タンクが故障し、約3500個の凍結保存されていた卵子や胚などが失われた。
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これに対して被害者から集団訴訟が起こり、3年後となる今年6月、同州の裁判所は不妊治療クリニックらに対して、合計1500万ドル(約15億円)の賠償金を卵子や胚を失った5人の患者へ支払うことを命じる判決を下した。

賠償金は、18個の卵子を失った43歳の2児の母、2個の卵子を失った43歳、9個の卵子を失った39歳の女性たちと、4つの凍結胚を失った1組のカップルに支払われる。精神的な苦しみに対する損害賠償1400万ドル(約14億円)を含むという。

複数の米英メディアによると、事故の主な原因は、パシフィック・ファティリティ・センターに設置されていたアメリカのチャート・インダストリーズ社製の凍結保存タンクの製造上の欠陥と裁判で結論づけられた。凍結保存タンクが液体窒素を失ってしまったことによって、一部の凍結物質が破壊されたという。チャート・インダストリーズ社は12年の社内調査で、凍結保存タンクが正確な温度管理ができない欠陥があることを確認しており、さらに15年にはコントローラーの誤作動に関する苦情を受けていながら、タンク製品をリコールしなかったことが指摘されている。
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約1500万ドルの賠償金の90%はチャート・インダストリーズ社が、残り10%はパシフィック・ファティリティ・センターが支払い責任を負い、5人の被害者への賠償額の内訳は、カップルが720万ドル(約7億2000万円)、43歳の2児の母は260万ドル(約2億6000万円)、43歳の女性は207.5万ドル(約2億750万円)、39歳の女性は310万ドル(約3億1000万円)となる。

39歳の被害女性は、「知人のベビーシャワーに誘われて赤ちゃんの誕生を祝っている時、心の中で(自分の妊娠は)もう無理だという思いがし、本当に辛い」と、苦しい胸の内を語った。

さらに、ほかにもカリフォルニア州やオハイオ州で同様の凍結保存タンクの事故が起きており、何百人もの患者が被害に遭い、集団訴訟が起きている。そして今回の裁判は、卵子や胚の損失に関わる事件で、陪審員が被害者への損害賠償を認めた初のケースとなった。

イギリスのメディア、ガーディアンはこの事件が、30年までに370億ドル(約3兆7000億円)規模になると推定されている不妊治療産業に重大な影響を与える可能性があると報じた。世界一の不妊治療大国にもかかわらず、その出産率の極端な低さから、不妊治療で出産できない大国などと報道されている日本。タンクの故障による貴重な凍結卵子の紛失事故は、決して遠い国の出来事として見過ごせないだろう。

text: Kasumi Abe 

在ニューヨークジャーナリスト、編集者。日本の出版社で音楽誌面編集者、ガイドブック編集長を経て、2002年に活動拠点をニューヨークへ。07年より出版社に勤務し、14年に独立。雑誌やニュースサイトで、ライフスタイルや働き方、グルメ、文化、テック&スタートアップ、社会問題などの最新情報を発信。著書に『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ 旅のヒントBOOK』(イカロス出版)がある。

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