男性用ピルはなぜ実用化しない? 避妊をめぐる「不都合な真実」。

Society & Business 2021.10.08

男性にも避妊法はある。でも、なかなか普及しないのはなぜだろう?実態調査の結果をまとめた『避妊する男たち』の著者、ギヨーム・ドダンとステファン・ジュルダンに話を聞いた。

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精管切除術からヒートパンツまで、男性が利用できる避妊法もある。なかなか普及しないのはなぜ? photo: Getty Images

男たちは女性に代わって避妊を担う覚悟ができているだろうか? 避妊は女性の精神的負担のひとつ、と言う声があがる中、数年前からこんな問いかけがされている。科学的裏付け、臨床試験、政府の承認、これらをすべてパスし、持続的に効果が期待できる男性用の避妊法はいまのところ存在しない。しかしフランス国内には、女性だけに負担をかける避妊の現状を覆すために、有望なツールを考案、開発している人もいる。そしてこれらの避妊法をすでに利用している男性もいる。

「#MeToo運動によって醸成された政治的・社会的な土壌」のおかげで、現在活発化しているこの「アンダーグラウンド」な動きに魅了されたジャーナリストのギヨーム・ドダン(34歳)とステファン・ジュルダン(42歳)。ふたりは、「避妊する男たち」に話を聞き、『避妊する男たち』という著作にまとめ上げた(1)。キャロリーヌ・リーがイラストを担当したバンドデシネ仕立ての本は10月14日に発売される。著作を読むと、一度失敗した革命がにわかに勢いを盛り返している現状に驚かされるが、男性の意識を目覚めさせきっかけを探るためにも参考になる。

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避妊は常に「女性の問題」だった。

ーー正直な話、男性として、メディアでこのテーマが取り上げられはじめる前に、男性向け避妊法の問題について考えたことはありましたか?

ステファン・ジュルダン(以下SJ はっきり言って、ありませんでした。この企画がスタートしたのは4年前ですが、その時、ふたりともこの件に実際に関わったことがなかったと気づきました。

ギヨーム・ドダン(以下GD 個人的には、女友達にピルの服用をすすめたことはありましたが、本当に軽い気持ちでした。性感染症から身を守るためにコンドームを使っていましたが、そもそもパートナーが絶対に避妊をしているというのが前提でしたから。

ーー男性はいつでも生殖可能ですが、女性が妊娠できるのは1か月に45日程度です。それなのに避妊は昔からずっと女性の問題です。なぜでしょうか?

GD これには良くも悪くも理由があります。経口避妊薬を医師が処方することを認めたニュヴィルト法と、妊娠中絶を合法化したヴェイユ法のおかげで、女性たちは権利を獲得し、自分の身体をコントロールできるようになりました。でもこの変化には悪い面もついてきました。経口避妊薬をはじめとする女性用の避妊法が登場するや、男性たちは当事者意識を失い、この問題を完全に放り出してしまったのです。そこから先は悪循環。男性用避妊薬に社会的な需要がなかったことと、女性向け避妊市場が急成長したおかげで、製薬会社はこの分野の研究に予算を費やすのは無駄と判断したのです。

SJ それに、諸外国と比べても非常に進んだ出生政策を持つ国でありながら、フランスはいまだにとても保守的な国です。30年以上もの間、左派政党も、またどんな政策も、男性向け避妊法の普及に積極的な立場を表明することはありませんでした。元男女平等担当副大臣のマルレーヌ・シアパが就任当初に優先事項のひとつとして挙げましたが、その後この件に言及することはありませんでした。政治家、製薬会社、男性たち…結局、みんなが互いにボールを投げ合いながら、それぞれ勝手にいつか男性向けピルができないかと手をこまねいているだけなのです。それゆえいまのところ男性向用ピルは存在していない。

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男性用ピルはなぜ存在しない?

ーーそのことは本でも指摘されています。もし本当にその気があれば、男性向けピルは存在しているはずだと

SJ 驚くべきことです。インタビューした専門家たちの答えはみな同じでした。男性向けピルの実用化を妨げる科学的な障害はひとつも存在しない。ロビイストや政治家、製薬会社が真剣に後押ししていたら、とくに男たちが本気になっていたら、男性向けピルはとっくに市場に出回っているはずです。

GD その点については男性たちに勇気が欠けています。ホルモン剤による避妊法の実験では、性欲の減退、体重増加、乳房が大きくなる、気分のムラなどの副作用が確認されました。男たちはそれを理由に二の足を踏んでいる。これはとんでもないことです。こうした不快な副作用は、マスコミでも取り上げられ、よく知られているように、避妊薬を服用する女性たちがいままさに経験しているものなのですから。

ーーピルつまり女性向けのホルモン剤の男性版に当たる、テストステロン・エナンセート筋肉内注射は1970年代末から存在しています。しかしこの避妊法は一般に普及していません。なぜですか?

GD 調査でもホルモン注射を利用している男性にはほとんど出会いませんでした。前立腺癌の既往歴がある人など、投与に注意を要する場合があることに加えて、実践する上で厄介な問題もあります。ホルモン剤は週に1度注射しなければならないのですが、専門的な訓練を受けている医師が少ない上、薬剤の在庫切れも多い。大規模な国際的研究で1990年代に効果は証明されているのですが、研究者たちは、男性は注射に対して抵抗感を持っていると指摘しています。副作用に対する不安は、女性に対して、もはや言い訳として通用しません。また、現在開発中の避妊法もいくつかあります。まだ政府当局の認可は下りていませんが、初期段階の試験では、有効性と可逆性を裏付ける結果が出ています。今後さらに徹底した試験が実施される必要がありますが。

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男性避妊の方法とは。

ーーなかでも有望なものは?

SJ 男性の生殖器の一部である(睾丸内を通る)精管に薬剤を注入する、Risug(reversible inhibition of sperm under guidance、管理下における精子の可逆的抑制)と呼ばれる手法がありますが、これはもっとも開発が進んでいる避妊法のひとつでしょう。注入された液体が体内で固まり、精液をブロックするという仕組みです。最初の薬剤を溶かす液体を注入すれば、10~12年後に生殖機能を回復することも可能です。施術が簡単という意味では、理論的にとても有望な方法です。

GD 僕自身は現在、シリコン製避妊リングという熱を利用した方法を試しています。これは手作りの器具ですが、ヒートパンツと同じ機能を果たします。ペニスと陰嚢をこれに通して、できるだけ身体に近い位置で睾丸を固定します。身体の熱で精子の形成が抑制されるというわけです。始めは少し戸惑います。何もかも位置がいつもと違うわけですから。それに1日15時間装着していなければなりません。数ヶ月後に精子検査を受けて、きちんと機能しているのを確認しました。基本的に、副作用もありません。

ーーフランスでは熱やホルモン剤による避妊法を実践する男性は稀です。利用者はどんな人で、どのような動機から選択しているのでしょうか?

GD 利用者に関する統計はありませんが、僕たちが調査で出会ったのは主に、政治的には左派寄りで、#MeToo運動にも敏感な30歳以下の若い男性たち。政治的立場以上に、パートナーが避妊に苦しんでいることを知って、という個人的経験が理由です。ヒートリングを考案したマクシム・ルブリは、今年の夏、販売を開始してから1万個を売り上げたといっていました。全国的規模で見ればわずかですが、40年前に登場したヒートパンツの利用者が100人だったのと比べると、明らかな進歩です。

SJ 調査をするなかで最も印象に残ったのは、インタビューに答えてくれた男性たちがみな、パートナーや周囲の人たち、ほかの男性たちに非常に好意的な姿勢だったこと。僕たちジャーナリストに対してもです。とても偶然とは思えないほど確かな傾向です。取材を終えて、この流れを推し進めて行けば、より穏やかで平等な社会を構築できると確信しています。

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精管切除術が普及しないわけは?

ーー2019年にフランスでは13000人以上の男性が精管切除術を受けていますが、この手法が広く普及しているアングロサクソンの国々での施術数はこんなものではありません。なぜフランスでは精管切除術がこれほど敬遠されているのでしょうか?

SJ 多くの要因が関わっています。手術を受けるかどうかはやはり個人的な問題ですから。パートナーの意向、年齢、パートナーとの関係の安定度、子どもの数や今後欲しい子どもの数、こういったことを考慮しなければなりません。勇気がないというのは、精管切除術に関しても同様です。一流の専門家から手術の原理の説明を受け、機能が回復する保証はないと聞かされて、僕自身、気絶しそうになりました。でも手術自体は、麻酔でたった15分で完了する、極めて安全なものです。僕自身はまだ父親になることを諦めていませんが、精管切除術を受けることに対する不安を伝えた方が、手術への恐怖心が緩和すると確信しています。

ーー一般の人々が男性主体の避妊法について考えるようになるにはどうしたらいいしょうか?おふたりの本のなかでマルレーヌ・シアパが提案しているように、『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙に150人の男たちが連名で意見文を投書し、スターの誰かが僕は精管切除術を受けた。それでも僕は男だと発言する必要があるのでしょうか?

SJ 男性たちは自分の決心や、それが自分や他者に及ぼす影響について真摯に考えなければなりません。避妊の負担は精神的負担と同じように、カップルで取り組むべき問題です。話すきっかけを作るには、パートナーにいくつか簡単な質問をするだけで十分です。「避妊についてはどう?」「何か僕に手伝えることはある?」、「僕たちの将来についてどう考えている?」といったように。

GD 男性主体の避妊法について公の人が話題にすることを想像するだけで、さまざまな可能性が広がります。僕たち自身、このテーマについて調査する前は、そんな技術が存在することを知りませんでした。この本ができるだけ多くの男性たちにとって考えるきっかけとなれば嬉しいし、避妊を女性だけに任せるのは異常なことなのだと言いたい。異論の余地のないこの事実がまず浮き彫りになれば、避妊法の利用についても議論されるようになり、オピニオンリーダーたちも取り上げるようになるでしょう。

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性生活の不平等は解消される?

ーー避妊は女性が負っている性的負担の一部でしかありません。コンドームや潤滑ゼリーを購入するのも女性、パートナーを性的に支えるのも女性です。男性の避妊に向かって進むことは、性生活におけるカップルの不平等に意識を向けることでもありますか?

GD それが出発点です。避妊することは、毎日ピルを飲んだり、ヒートパンツを履く「だけ」で済むことではありません。医療機関を定期的に受診したり、精子検査をするために時間を取ったり、リングに慣れるまでかゆみや不快感に耐える方法を体得したり。男性たちがまずこうしたことを意識することが、負担をカップルで均等に分担することへの第一歩です。

SJ #MeToo運動以来、男性たちは、社会や路上での自分たちの立場について、ナンパや、性的ハラスメントにおけるグレーゾーン、パートナー間の性的同意などについて考え始めています。家父長制が僕たちのセックスに及ぼす影響についても、徐々に話題に上るようになっています。性行為と避妊は切り離せません。挿入だけにこだわったり、挿入を性交渉の到達点だと考えるのをやめれば、ピルよりもずっと長く効果が持続する避妊法を手に入れることもできるかもしれないのです。

(1)Stéphane Jourdain, Guillaume Daudin共著(イラスト:Caroline Lee)『Les contraceptés』Steinkis出版より10月14日発売。19€

text: Tiphaine Honnet(madme.lefigaro.fr)

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