パリの自転車ブーム、「15分都市」構想とオリパラ。
Society & Business 2021.11.07
文/楠田悦子(モビリティジャーナリスト)
コロナ禍が追い風となり、アンヌ・イダルゴ市長が就任以前から訴えてきた「徒歩や自転車で生活できる街」へとパリは変貌しつつある。
ヴェリブの自転車に乗るパリのアンヌ・イダルゴ市長(右から2番目)、IOCトーマス・バッハ会長(同3番目)ら。2016年10月2日 photo: REUTERS/Thomas Samson/Pool
2024年に夏季オリンピック・パラリンピックが開催されるフランスの首都パリで、急激に自転車用の道路が増えている。パリはこれまでで最もサステナブルな大会を目指し、2012年のロンドン五輪と比較して、二酸化炭素排出量を55%削減する目標を掲げているからだ。
コンパクトなオリパラを目指して、パリの中心部から15分の場所にオリンピック村を建設し、会場はエッフェル塔やグランパレなど中心部のランドマークまでセーヌ川に沿って設営。95%が既存または仮設の会場で構成される。
さらに交通政策では、観客の100%が公共交通機関、自転車、徒歩で会場に移動。大会期間中に運行されるバスはゼロエミッションにするなど、開催後の持続可能なパリを見据えた明確な計画を打ち出している。
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2020年の自転車シェアの利用者数が54%増加。
新型コロナウイルスが流行する前の2018年頃に筆者は、ロンドン、コペンハーゲン、アムステルダム、ブリュッセル、ヘルシンキ、ベルリン、チューリッヒ、バルセロナの移動手段や道路を見て回った。パリは自転車シェアリングやEVカーシェアリング導入の先進都市として知られるが、他国と比較すれば自動車やバイクが多く、自転車道の整備は活発ではない印象だった。
欧州の多くの都市ではコロナ対策として、"ポップアップ(一時的)"な自転車道や歩道の整備が進められた。ソーシャルディスタンスで公共交通の輸送量が落ちるため、それを補完するためにとられた措置だ。日本と異なり公共交通政策と道路政策などが一体的に講じられ、アクティブな移動手段を選択する市民が大幅に増えた。
パリでは2020年5月より52kmの一時的な自転車道「コロナピスト」が整備され、自転車シェアサービス「Vélib'(ヴェリブ)」の利用者は2019年と比較して54%増加した。コロナ前は5%未満だった自転車の交通分担率は、現在では7%まで増えた。パリ市は"自転車ブーム"だと表現し、コロナピストを永続させることを決めた。
コロナで自転車道が増えたパリの街。筆者知人提供。
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徒歩と自転車で「15分都市」を目指す。
近年、都市政策や交通の分野で注目されているのが、パリの「15分都市」構想だ。
きらびやかなイメージを持たれるパリだが、実際に訪れると、そのイメージと実情のギャップに驚く。水漏れや音漏れがするような古いアパートであっても家賃は高く、遠くから通勤する人も多い。公共交通の駅や車両は老朽化が著しく、おまけにストライキもたびたびある。
古都であるため専用の駐車場を設けることが難しく、クルマも二輪車も路駐が基本だ。そのため道路は車両でいつも溢れている。治安も悪く、ひとりで行けない地域もある。正直、東京の方がずっと住みやすい。
このような背景があり、2014年に当選したパリのアンヌ・イダルゴ市長は、徒歩や自転車で生活できる街を選挙公約に掲げていた。クルマをなかなか捨てられないパリだったが、コロナ禍を機に交通改革が一気に進んだ。
パリ在住の日本人いわく「パリ市内はクルマの速度が30km/hに制限され、クルマを使うよりも自転車やトロチネット(キックボード)の方が速いかもしれない。自転車の需要がさらに増えている。日曜日はシャンゼリゼ大通りが交通規制され、歩行者天国になっている」という。
自転車シェアとコロナの影響で、通常駐車場の場所がテラス席になっている。筆者知人提供
自転車シェアリング「Vélib'(ヴェリブ)」はこれまで一般的な自転車のみだったが、電動の自転車も加わった。また、Uberも自転車やトロチネット(キックボード)の貸し出しに参入し、以前より選択肢が増えている。
またEVカーシェアリング「Autolib'(オートリブ)」は「Mobilib'(モビリブ)」に名称を変えたが、パリ市は徒歩や自転車の活用を推奨しているため、以前より目立った活用はされていないようだ。
パリ市の自転車シェアリング「Vélib'(ヴェリブ)」。青色が新しく導入された電動の自転車。筆者知人提供
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オリパラに向け、パリで進むさらなる計画。
パリ市は、大会期間中の移動手段の20%以上を自転車で確保するという。
会場と地域を結ぶ「2024サイクリングループ(Le boucles cyclables)」、パリを横断する「エクスプレス自転車ネットワーク(Le Réseau express vélo)」などの整備を進めている。さらには「2020-2026自転車計画」をつくり、公共交通、自転車の利用を促進するため、地区ごとに歩行者と自転車を優先する通り(vélorue、自転車通り)やゾーン30をつくり、利用者が緑を楽しめるネットワークを計画している。セーヌ川の水質を改善させ、泳げるようにする計画まで立てている。
自転車をまちづくりに活用する動きはパリだけではなく、世界的な傾向だ。環境や交通問題の解決策としてクルマの中心市街地への侵入を制限し、日本同様に公共交通の老朽化やドライバー不足に頭を抱える都市にとって、道路空間の使い方を見直し、徒歩や自転車で暮らせて賑わいのある街を構築できれば、非常に合理的だからだ。日本と比較されやすいイギリス、ドイツ、アメリカでも同様の傾向にある。
日本では高齢者の免許返納問題、公共交通の維持やドライバー不足が大きな問題となっている。パリに倣うとすれば、日本でもまずは車いすを含む徒歩と自転車で暮らせる街の再構築を軸に据え、そこに公共交通の活用やクルマ移動を組み合わせる形を検討してみてはどうだろうか。
楠田悦子
モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)
texte:Etsuko Kusuda