天使と悪魔:ヴィクトリアズ・シークレットの功罪。
Society & Business 2021.12.30
“性的捕食者”に若い女性たちを獲物として送り込んでいたのはギレーヌ・マクスウェルだけではなかった。(児童買春で有罪判決を受けて謎の死を遂げた)エプスタインは当時、文字通り文化現象にもなり、巨額の富を生み出していたランジェリーブランド、ヴィクトリアズ・シークレットとの密接な関係を利用していたらしい。
毎年恒例だったヴィクトリアズ・シークレットのショー。(カンヌ、2000年5月19日)photo : Getty Images
性的捕食者ジェフリー・エプスタインによる一連の性犯罪に調達役として関与したことが疑われているギレーヌ・マクスウェルの裁判で、言及されていない名前がひとつある。それは、世界で最も有名なブランドのひとつ、1977年にロイ・レイモンドがサンフランシスコで創業したランジェリーブランド、ヴィクトリアズ・シークレット。
ダイヤモンドが散りばめられたブラジャーを身につけた“エンジェル”たちとエプスタインをつなぐもの——それは「リテール」、すなわち小売業で才覚を発揮し、1982年にブランドを買収した、謎の大富豪レス・ウェクスナーだ。
「ジェフリー・エプスタインは1980年代末頃から17年間、推定70億ドルといわれるウェクスナーの財産を管理していた」と雑誌『ヴァニティ・フェア』の調査報道記者ゲイブ・シャーマンは主張する。ウェクスナーは資産管理の委託料として、エプスタインに数億ドルを支払ったという。つまり大富豪ウェクスナーはエプスタインの事業の元手となっていたわけだ。エプスタインがこれほど大きな権力を握っていたのはなぜか、理解に苦しむところだが、この点については後でまた触れることにしよう。
「ヴィクトリアズシークレットが生み出す利益、それこそがエプスタインの性的人身売買の資金源だった。これがエプスタイン事件の謎を解く最後のピースだ」とシャーマンは説明する。ヴィクトリアズ・シークレットが築き上げた文化について、さまざまな角度から論じるポッドキャスト「Fallen Angel」の共同配信者であるヴァネッサ・グリゴリアディスは、いい言い方をすれば、同ブランドはアメリカ人女性の性との関わり方に影響を与えた、だが悪く言えば、ティーンエージャーやロウティーンの性的意味を強めたのだと分析している。
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帝国の誕生
最初から振り返ってみよう。1977年6月12日、ヴィクトリアズ・シークレット第1号店がサンフランシスコ南部のモール、スタンフォード・ショッピングセンターにオープンした。
創業者のロイ・レイモンドは、妻のゲイにランジェリーをプレゼントしようと下着コーナーに行ったところ、陳腐なデザインのものしかなくうんざりしたことから、アイデアを思いついたと語っている。8年かけてランジェリー市場を体系的に研究し、自らのブランドを立ち上げ、やがて文化現象ともなるカタログを発表する。
レイモンドがウェクスナーに100万ドルで会社を売却した時点で、ヴィクトリアズ・シークレットが所有する店舗は5つ、売上高は600万ドル。ブランドは業界ではマージナルな存在にすぎなかった。それがウェクスナーの手腕によって、350店舗、年間売上高10億ドルという一大帝国へと変貌する。リテール界の王者は、2002年にはティーンエージャー向けの新ブラント「PINK」を立ち上げるまでに成長した。
しかし、オハイオで最も裕福な男、レス・ウェクスナーとは何者なのか? 1937年生まれのこの男は、有名ブランド、アバクロンビー&フィッチのオーナーでもある。1963年に地元オハイオ州のコロンバスで「ザ・リミテッド」第1号店を開業する。「自分の世界を創造するためにビジネスを興した」と、ウェクスナーは「ニューヨーク・タイムズ」紙に語っている。数年後、建築家志望だった彼は、コロンバス近郊に数千ヘクタールの土地を購入し、ジョージ王朝時代の村に着想を得た自分の村を建設するという夢を実現する。
ウェクスナーがジェフリー・エプスタインに出会ったのは1986年のことだ。身近な人々は警告したものの、大富豪は捕食者エプスタインの手中に落ちてしまう。彼らの関係が不可解かつ、あまりに緊密であったために、2008年にフロリダで行われたエプスタインの最初の裁判で、被害者のひとりの弁護人を務めたブラッド・エドワーズは、ウェクスナーとの関係は性的な性質のものかと被告人に問い質したほどだ。それについてエプスタイン自身は否定している。少なくともふたりの関係が金銭的だったのは確かだ。2019年に「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙は、ウェクスナーとの関係によってエプスタインは推定2億ドルを得たと報じた。ザ ・リミテッドの警備責任者を25年間務めたジェリー・メリットは4億ドルと見積もっている。
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悪のサイクル
ふたりの男の繋がりは金銭だけではない。繋がりは二重だ。「エプスタインに富をもたらした男は、エプスタインが狙う若い女性たちに下着を売っていた男なのだ」とグリゴリアディスはポッドキャスト「Fallen Angel」のなかで分析する。完璧な悪のサイクルだ。ブランドはエプスタインに富をもたらす一方で、彼の餌食にするために、若い女性たちを育てていたことになる。そもそもエプスタインは獲物を見つけるためにブランドを利用していた。
1993年、ヴィクトリアズ・シークレットの責任者のひとりが、ブランドのカタログ部門最高責任者のシンシア・フェダス・フィールズに、エプスタインが「リクルーター」を装ってカタログモデル志望の若い女性たちに近づいているという相談を持ちかける。
1997年、カタログ出演を希望していたモデルのアリシア・アーデンが、カリフォルニア州のサンタモニカ警察に被害届を提出した。ヴィクトリアズ・シークレットのカタログのためにモデルをスカウトしていると主張するエプスタインから、ホテルの部屋で暴行を受けたというものだった。
ヴィクトリアズ・シークレットはまさにエプスタインの秘密のからくりだったのだ。ここ数年で企業評価が急速に悪化しているブランドにとって新たな痛手だ。はたして再起は可能なのか。それは誰にもわからない。
text : Jean-Sébastien Stehli (madame.lefigaro.fr)