ニューヨークから、ウクライナのアーティストたちへの募る思い。
Society & Business 2022.03.09
人種の坩堝ニューヨークでは日々さまざまな人種や民族の人々と出会うが、なかにはウクライナ出身の友人や知人も数名いる。
ただ、これまで特にウクライナという国に特別な思いを抱いたこともなく、国土や地理、国の歴史についての知識も持ち合わせていなかった。それで、ウクライナ人がロシア人やベラルーシ人とロシア語で話をしているのを聞いた時、同じ言語で会話が成立する国同士なのかと驚いたほどだ。その時初めて、3国は(民間レベルでは)兄弟のような間柄だと知った。
photo: iStock
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在米アーティストらが募金のため立ち上がる。
ウクライナ出身の20代後半のグラフィックアーティスト兼フォトグラファーのカシアとは約3年前、ある会合で出会った。ウクライナといえばアメリカでは比較的ビザの取得が大変な国だが、同じくウクライナ人の夫とアーティストビザを取得し、アメリカに移住してきたばかりだった。ファションセンスもよく、ダウンタウンやブルックリナイツ(ブルックリン出身)のおしゃれな若夫婦のようだった。そんな彼らはその後シアトルに移住した。
2月末、久しぶりにフェイスブックを覗いていると「私の誕生日、たったひとつの願いは愛する国ウクライナに平和が訪れることだけ。私はウクライナ人であることを誇りに思っている」とのメッセージ付きで、ウクライナの人道支援をしている非営利団体Razom for Ukraineを紹介していた。またウクライナ在住の友人らとStand with Ukraineの特別サイトも製作したという。すべての利益は、困窮しているウクライナの人々と軍に寄付されるそうだ。
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キエフ在住のニットアーティストとの出会い。
そう言えば昨年の秋にも、ウクライナ出身のあるアーティストに縁があった。オンラインショッピングでキエフ在住のニットアーティスト、マリナに出会い彼女がひとつひとつ手作りする可愛いセーターにひと目惚れしてオーダーしたのだ。
ウクライナは非常時でなくても郵便事情がよくないのか、はたまたコロナ禍による人手不足か、追跡を毎日するも注文日から2週間経っても動きがない。さすがに心配になったのでマリナに問い合わせるとすぐに返信をくれ「セールの時期だからでしょう。でも大丈夫ですよ、もうすぐ着くでしょう」と安心させてくれた。
セーターはその後程なくして、ニューヨークの自宅まで到着。丁寧に梱包されたパッケージの中には、彼女の繊細な手仕事を感じる手編みのセーターが入っていて、その質の高さに満足したのは言うまでもなく、彼女のある思いやりに感動した。
梱包の中には、私へのギフトだと言うマリナ作のヘアバンドと、メッセージカードが添えられていた。私はすぐにお礼メッセージを送った。彼女からは「気に入ってくれてうれしい。このニットを着る時はいつも、あなたは素晴らしい気分になるでしょう」と返信が来た。オンラインショッピング上でのやりとりは、ビジネス的で無機質なものになりがちだが、私はこのようなやりとりを通して、彼女の素朴で優しい人柄に触れた。
まさかその3カ月後にウクライナ侵攻が起ころうとは、私もマリナも予想だにせず……。
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2月末、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まり、次々に街が破壊され、人々が殺されていく映像がニュースで映し出されるようになった。来る日もまた来る日も...。
それまではマリナの言うように、このセーターを着る時はいつも気分がよかった。しかし3月に入ってからも毎日悲惨な映像を目にするようになると、流石に彼女の安否が気になった。
ニューヨークは長い冬がもうすぐ終わろうとしている。しかし私が再び商品を注文することで、少しでも彼女の生活の足しになればと思い、オーダーをしたいと再びマリナにメッセージを送ってみた。
数時間後に彼女から返信がきた。すでに自宅のあるキエフから国内の「より安全な街」(おそらく西部)に避難しているという。食料も電気もインターネットもいまの所は大丈夫そうだが、肝心の毛糸をキエフの自宅に置いてきたままだという。またオンラインで販売中の商品もすべて持ってきていない。おそらく着の身着のままで避難して来たのだろう。彼女にとってのビジネス手段がすべて停滞している状態のようだ。
ウクライナの首都、美しいドニエブル川沿いに広がる街キエフ。手前には、夕日に輝く世界遺産の聖ソフィア大聖堂、その左手がキエフ・ペチェールシク大修道院。photo: iStock
しかし私はまずは彼女の安否が確認できたこと、また不便な生活ながらもより安全な所に避難できていることを確認できてホッとしたのだった。
「落ち着いたらすぐに家に帰ります。そうしたらあなたに連絡します。その時にまだあなたがこの商品を欲しいと思ってくれるなら、喜んで送ります」と書かれてあった。私は「国際輸送が再開し、あなたが安全にお金を受け取ることができる時期がきたら、私はいつでもこの商品を注文します。季節は関係なく」と返信した。
セーターを再注文できる日が待たれる。そしてマリナやその家族、ウクライナの人々の健康と安全、そして平和な日が1日も早く戻ってくることを心から願っている。
photography & text: Kasumi Abe
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在ニューヨークジャーナリスト、編集者。日本の出版社で音楽誌面編集者、ガイドブック編集長を経て、2002年に活動拠点をニューヨークへ。07年より出版社に勤務し、14年に独立。雑誌やニュースサイトで、ライフスタイルや働き方、グルメ、文化、テック&スタートアップ、社会問題などの最新情報を発信。著書に『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ 旅のヒントBOOK』(イカロス出版)がある。