「女性の社会進出が進み、政治や軍隊も例外ではない」専門家が語る、レジスタンス精神あふれるウクライナ国民の姿。
Society & Business 2022.03.15
一般市民から若者、高齢者まで......幅広い市民をどのように、これだけ素早く動員できたのだろうか。アレクサンドラ・グジョン政治学教授が今回のウクライナ側の動きを説明する。
リヴィウで前線に向かう準備をするウクライナ人兵士たち。(2022年3月5日) photography: Getty Ukraine
――紛争が始まった直後に国民の間で大規模なレジスタンス運動が起き、世界中から賞賛されています。侵攻を受けたウクライナ国民の団結力はどこから来るのでしょう。
2013年から2014年にかけてマイダン革命(尊厳の革命)があり、多くの連帯・共助のネットワークが形成された。ウクライナ国民はデモを行い、欧州連合(EU)加盟を志向した。2014年2月には親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を追放することに成功したが、そこに至るまでに暴力が伴った(編集部註:1カ月後、東部のドンバスで、モスクワが支援する親ロシア武装組織とキエフの中央権力との間で内戦が勃発した。同時期、プーチンは驚くべき速さでクリミアを併合した)。
当時もいまも、SNSは市民の組織化や動員に大きな役割を担った。東部での紛争がずっと続いており(2014年以降の死者は14,000人)、兵士や負傷者、難民、戦闘地帯近くの住民を援助するために多くのボランティア活動が展開された。現在もこれらのネットワークが活用されている。領土に深い愛着を持つウクライナ国民は勇気と強い決意をもって自由と自治を死守し、外国勢力への服従を拒否しているのだ。
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――幅広い年齢層の女性が動員されました。ウクライナ社会における女性の地位は?
女性の社会進出が進んでおり、政治分野や軍隊も例外ではない。すでに入隊していた女性もいるし、今回入隊した女性もいる。ユーリア・ティモシェンコのように、首相を2回(編集部註:2005年、2007年)経験した女性政治家もいる。もっともウクライナの国会で女性議員の比率は21%に過ぎない(2012年は8%)。マイダン革命に参加した女性は多いが、当時はジェンダーによる役割分担がまだ残っており、女性は医療や食料調達を担い、戦うのは男性だった。ウクライナ社会は、ヨーロッパとだいぶ異なると思う人もいるかもしれないが、実際のところは非常に似ており、フェミニスト運動もあれば女性の地位も向上している。フェメン(トップレスで抗議行動を行うことで有名なフェミニズム抗議団体)が2008年のウクライナで生まれたことを忘れてはならないだろう。
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――ウクライナ侵攻が始まる前、多くのメディアはウクライナを分断された国と紹介し、あなたも著作で言及しています。ソ連崩壊後、ウクライナのアイデンティティはどのように形成されたのでしょうか。
ソビエト連邦の下でウクライナはすでに国として存在していた。ウクライナ・ソビエト社会主義共和国として認められていたのだ。1991年にソ連が崩壊し、ウクライナが独立を宣言すると、同国の住民はウクライナ国民となった。新しい国は単独の政治制度を整え、市民としてのアイデンティティ、国民としての自覚を促した。マスコミは、ウクライナ内で起きていることを国内のニュースとして、ロシアやベラルーシのニュースは海外のニュースとして報道するようになった。美術館ではウクライナ固有の芸術に力を入れるようになった。学校では、ソビエト連邦時代のウクライナの歴史だけでなく、ウクライナ固有の歴史も教えるようになった。独立して30年間が経ち、共通の基盤が形成された。2001年の国勢調査では、人口の77.5%がウクライナ系、17.2%がロシア系となっている。
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――しかし、実際には人口4400万人のウクライナは、地域的・言語的に多様な国です。
確かにそうだが、多様性のある地域だからと言って国民意識が育たないわけではない。唯一の公式語であるウクライナ語は、以前にも増してナショナル・アイデンティティにとって重要な要素となっている。ウォロディミル・ゼレンスキーはもともとロシア語を話す地域の出身だが、2019年の大統領選に出馬する際にウクライナ語を習得した。ウクライナ語とロシア語の共存が日常生活で問題になることはない。
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――ウクライナは独立後、独立した国家であることをどのように示してきたのでしょうか。
ロシアとは2000年代半ばまで緊張関係にあったが対立するまでには至っていなかった。ロシアはとりわけプーチンが政権に就いてユーラシア経済連合を創設し、ウクライナに参加を要請してから強硬になった。ロシア当局はよく近隣諸国を貿易条件で脅す。たとえば、キエフにいるウクライナ政権が自分達に忠実ではないとロシアが考えた場合にガスの価格を引き上げるといったやり方だ。そもそもロシアは二枚舌を使い、いっぽうでは無学なウクライナの農民というロシア帝政からソ連時代にかけてのステレオタイプを出してくるかと思えば、兄弟国としてのウクライナを語ってみせる。2021年7月、プーチンはクレムリンのウェブサイトに英語、ロシア語、ウクライナ語でエッセイを掲載し、「ウクライナ人とロシア人はひとつの民族」であることを主張した。その言わんとしていることは、ウクライナ人は当然「ロシア世界」の一員であり、独自に統治することなどありえないということであり、それが2月24日のロシアの侵攻に結びついている。
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――ウクライナの欧州連合志向についてはどうでしょう。
マイダン革命は、ウクライナ人のヨーロッパ志向の証明だった。ウクライナはヨーロッパ諸国のように市民の尊重、民主主義の確立、司法の独立等々を実現したいと思っている。ロシアをお手本とすることを拒絶し、歴史的にも地理的にも自分達はヨーロッパの一部だと考えている。もっとも、昔からヨーロッパの一員として法の支配が確立され、高い経済水準を享受している国々と同じようにはいかない。ゼレンスキー大統領が2月28日にウクライナのEU加盟申請書を提出したことはもちろん画期的なことだ。2005年に当時のウクライナ大統領がすでに加盟を検討していたが、ヨーロッパのリーダーたちはそれを思いとどまらせ、隣国として処遇した。ロシアが脅威になればなるほどEUへの加盟は国と民主主義を守るために不可欠と見なされる。
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――ウクライナは、よくヨーロッパで最も腐敗した国のひとつとされています。実態はどうなのでしょう?
ソ連時代にも汚職はあった。ソ連崩壊後、市場経済への急速な移行に伴い、税金逃れの地下経済が発達した。主要な経済部門の民営化により1990年代半ば以降、一握りのオリガルヒに経済的・政治的権力が集中することになった。オリガルヒ現象は、腐敗の象徴だ。マイデン革命以降、NGOトランスペアレンシー・インターナショナル( 国際透明性機構)が算出するウクライナの「腐敗認識指数」は改善している。180位中142位から117位と向上し、腐敗のレベルが低下していることが伺える。ウクライナ経済は、国際機関や欧州機関からの資金援助に依存しており、そうした援助は汚職撲滅の進展が条件となっている。現地の専門家は、こうした国際的な圧力が決定的な役割を果たしていると考えているが、国民は市民社会やメディアが果たした役割が重要だと考えている。
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――なぜプーチンはウクライナの「非ナチ化」を語るのでしょう?
これはナンセンスな話だ。第二次世界大戦中、ウクライナはナチスに占領され、ナチスはウクライナ人の独立を支援しているふりをした。特にウクライナ西部の民族主義者の一部はドイツに協力し、集団犯罪に加担した。このことは事実だが、その一方で多くのウクライナ人がソ連軍に加わって戦っている。今般の「非ナチ化」という言葉は、プーチンが欧米世論にショックを与え、ウクライナが極右政権であることを匂わせ、侵略を正当化するために使っている。過去8年間、ロシア当局や同国のメディアはマイダン革命がファシストによるクーデターであることを主張してきた。2014年、デモ運動の弾圧の際に既存勢力と戦う極右勢力が可視化され、その後、東欧での紛争にも登場した。しかしながらこの極右勢力は選挙では限定的な存在であり、現在の政権とは無関係だ。ゼレンスキー大統領は、ユダヤ系だ (編集部註:ホロコーストの生存者の孫であるゼレンスキー大統領は、3月初旬、ロシアのウクライナ侵攻について(自分の出自には一切触れずに)「世界中の何百万というユダヤ人に声を挙げるよう」呼びかけた。本稿執筆時点で、キエフのユダヤ人5,000人以上がロシア軍侵攻により脱出を余儀なくされている)。ヘブライ語で「絶滅」を意味する「ショアー」という言葉はソ連の教科書には載っていないものの、ウクライナでは、明らかに存在する複雑な記憶の作業であり、意識化の対象なのだ。
text: Emilie Lopes (madame.lefigaro.fr)