政府系銀行を辞めて選んだ、心震える天職とは?

Society & Business 2022.06.08

その人の中にある価値観や可能性を引き出すとされているコーチング。近年、ビジネスの文脈で特に注目されるようになっているが、その影響は、時にその人の人生そのものを変えることがある。プロフェッショナルコーチの畑中景子さんも、コーチングで人生が変わった1人だ。

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プロフェッショナルコーチの畑中景子(はたなか・けいこ)。CTIジャパン ファカルティとしても活動しながら、ポッドキャストなどにも精力的に取り組む。photography : Maki Matsuda

2019年、18年半勤めた国際協力銀行を辞め、プロフェッショナルコーチとして独立。現在は、30〜40代を中心としたクライアントたちのコーチとして活動している。「プロフェッショナルコーチは私の天職」と話す彼女のキャリアの転換点は?

自分の“強み”は何か、に思い悩んだ学生時代。

岐阜生まれ、東京育ち。小学校6年生から中学3年生までは父親の転勤でドイツのデュッセルドルフで暮らした。中学卒業時に帰国し、慶應義塾女子高校に入学。その後、慶應義塾大学に進学する。はたから見ればエリートコースを突き進んでいるように見えるが、高校生の頃から「自分の強みは何だろう?」と思い悩んでいたという。

「私、一応帰国子女なんですけど、通っていたのは日本人学校でドイツ語も英語も話せない。日本に帰って、一般に想像される帰国子女像ではない自分にコンプレックスを感じていました。また、赤と緑が見分けづらい色弱で、きっと自分はクリエイティブなもの、色を扱うデザインやアートなどには向いていないと思っていた。じゃあ私は、この先一体何を強みに生きていけばいいんだろう?とずっと考えていました」

勉強は嫌いではなかったことに加え、与えられる選択肢の中で一番難易度が高いものに挑むという性格も相まって、大学は文系の中で最も難易度が高い法学部に進学。さらに在学中には、ドイツにもう一度住みたい、とボン大学に交換留学して一生涯の友人たちを得る。

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ボン大学留学時の畑中さん。この頃の友人たちとはいまも繋がりが続いているという。(畑中さん提供)

留学を経て、それまでの「自分の殻に閉じこもっている」状態から、「もっといろんな世界を見てみたい!」と心が開いたという畑中さん。いずれまた留学したい、国連などの国際機関で働きたい。そんな思いから、大学卒業後は国際協力銀行に入行する。

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「努力してもどうにもならないことがある」

国際協力銀行に入行し、20代の頃は日本企業の海外進出案件への融資や資金調達を担当。入行8年目にはビジネススクールのINSEADに留学し、再び世界の人々と交わることにより、自分の仕事の面白さを見出すこともできたという。順風満帆にことが進んでいるように思われた矢先、ある試練が畑中さんに降りかかる。

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国際協力銀行時代(左から4人目が畑中さん)。ローテーションでさまざまな業務を担当した。いろいろな国や業界の人と接して融資することも、社内向けの仕事も、それぞれにやりがいを感じていたという。(畑中さん提供)

「留学前からお付き合いしていた方と帰国後、籍を入れました。その後結婚式を挙げる予定だったんですが、式の3カ月前くらいに彼に “考え直したい”と言われたんです」

「人生努力すれば何でもできると思っていた」と語る畑中さん。相手との関係も頑張れば何とかなると思って話し合いを試みるが、なかなかコミュニケーションが成立しない。ストレスから不調をきたし、生まれて初めてカウンセリングを受けた。「それまで、カウンセリングは心が弱った人が受けるものだと思っていたので、自分がそういう状況になっていると思うと屈辱的な気分でした」。そして、その時初めて、「努力してもどうにもならないこともあるし、人の気持ちは理解しきれない」ということに気付いたという。

その後少し落ち着きを取り戻し、今度は夫を少しでも理解しようと心に関する本を片っ端から読み漁る。そして、あるカウンセラーの本に書いてあった“相手の話を勝手に解釈したり助言したりせず、ただ受け止める”というアプローチを試してみた。すると、少しずつ相手が口を開いてくれたといい、話し合いが始められるようになった。

最終的に“元通り”とはいかなかったものの、約1年半の対話を重ね、2011年にふたりで離婚届を提出した。「話し合いの最後の方でお互い泣いているんですけど、相手と心が繋がった気がして、すごく温かい感覚になったんです。その時に、カウンセラーってこんな温かい感覚になれるのか!と思って、仕事の傍ら、カウンセリングの勉強を始めました」

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心が震える方へ

畑中さんがコーチングと出会ったのは2013年、産業カウンセラーの資格を取り終えた頃だった。「友人から、『カウンセリングがそんなに好きならコーチングも絶対向いてるよ』とすすめられたんです」

コーチングにもさまざまな流派があるが、畑中さんが選んだのは、アメリカ発祥のCo-Active® Training Institution(CTI)のプログラムだった。「他のコーチングプログラムはビジネススーツを着て、ちゃんとしたプレゼンがあって……みたいな私のすでによく知っている世界だったけれど、CTIはとてもフランク。フランクすぎて最初は胡散臭く感じちゃうくらい(笑)。CTIが出している『コーチング・バイブル』という本の世界に共感したことも大きいです。これが私のやりたいことだ、と」

CTIのコーチングは、その人が本質的に変わっていくために、コーチとクライアントとが対等で、「意図的な協働関係」を創り出すことを大切にする。そのため、そのインパクトが仕事だけでなく、その人の人生全体を変えてしまうこともある。

「コーチングを学んでいると、自分自身が変わっていきます。それが何より面白かった。そして目の前の人が変わっていく姿も目の当たりにできるんです。どちらもとても心が震える経験。こんなに心が震えるものがこの世の中にあるんだと、衝撃を受けました」

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クライアントの在り方や価値観、その人そのものに焦点を当てるコーアクティブ・コーチング®では感情や身体感覚を大切にする。そのため、心震える瞬間や突き動かされる場面に出くわすこともしばしばある。(畑中さん提供)

心を動かされる体験に魅了された畑中さんは、その後も会社員を続けながら、コーチングを学んだり実践したりする機会を増やしていく。

「そのうち、コーチングでの学びが日常でも活かせるようになってきて、会社の中でもどんどん大胆になりました。それまでは、完璧を求めて仕事が終わらないことがよくあったけれど、自分の心の響く方へと向かっていくと、仕事も遊びも同じくらい楽しむことができるようになりました。2017年には課長職に就いたんですが、その時にもプライベートでやりたいことがあったらまとめて休む、ということが躊躇なくできていました」

そして、2019年、コーチングを教える立場であるCTIジャパンのファカルティのオーディションに合格。それを機に、会社を辞めて独立することを決める。

「会社員をしながらコーチングを続けるという選択肢もありました。けれど、だんだんと何十億、何百億円の融資の仕事よりも、仕事を通して面白い人と出会ったり、周囲の人がリーダーシップに目覚めていく姿を見る方に喜びを感じるようになったんです。正直、仕事はやり切った感じがしたし、ここ(会社)に留まるより、自分が役に立てるところ、求められるところに出ていってみようかな、という気持ちが大きくなりました」

もちろん、独立後がバラ色なわけではなかった。独立した直後にコロナ禍になり、収入の見通しが立たない時期もあった。けれどもその間も粛々と、コーチの活動を広めるためのウェブサイト制作などに取り組んだと言う。不安は?と尋ねると、「大丈夫」と満面の笑みで答えてくれた畑中さん。「心が震える方へ震える方へと向かっていったら、いつのまにか、いまに至っています」

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不安を吹き飛ばしてくれるような明るい笑顔を見て、一瞬で畑中さんに心掴まれる人も多い。photography : Maki Matsuda

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畑中さんの生きる上での美学とは?

現在は、コーチングのセッションを持ったり、ファカルティとしてコーチをトレーニングをしたりする一方、仲間とポッドキャストを放送したり、ブログを執筆したりと、“遊び”の時間も同じくらい充実しているという。

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畑中さんの“仕事道具”。「5歳児のような感覚でいると、良いコーチングができる」とセッションの時には手元に自分の幼い頃の写真を置いているという。また、時にぬいぐるみを使ってクライアントとセッションをすることも。 photography : Maki Matsuda

「昔は何か楽しいことが起きないかなと待っていたり、満たされるためには何かしていないといけないと思っていたんですが、いまは、自分が楽しいと思えることを創り出したり選択できるようになったし、同時にアクティブに活動している時間と同じくらい、何もしていない時にも“満たされている”と感じることが増えました」

プロフェッショナルコーチとしての仕事も、プライベートも、どんどんと境界がなくなってきている畑中さんの生きる上での美学、アール・ドゥ・ヴィーヴルは?

「自分を開いて生きる。感じながら生きる。そして“自分らしく”というよりも、楽しければ笑い、悲しければ泣く、というように“人間らしく”生きること。自分を開いていれば、思いもよらないものが降ってくるかもしれない。その降ってきたものを受け止めて、心が震える方向に向かって生きていきたいな、と思います」

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畑中景子/ Keiko Hatanaka
プロフェッショナルコーチ、CTIジャパン ファカルティ
プロフェッショナルコーチとして、30代〜40代を中心にリーダーシップの意識の目覚めと可能性の開花を支援している他、世界最大の体験型コーチトレーニング及びリーダーシップ開発機関CTI(The Co-Active Training Institute)にて、ファカルティとしてトレーナーを務める。2022年から、フィガロジャポンBWA事務局メンバーとして、ピッチコンテスト ファイナリストへの支援をサポートしている。CTI認定CPCC。国際コーチング連盟認定PCC。INSEAD MBA。

CTIジャパン 
コーチ紹介ページ
https://thecoaches.co.jp/find_coach/hatanaka_keiko
ポッドキャスト「独立後のリアル」
https://open.spotify.com/show/7xqza7Fs0tUL1H4eNjk3jo
ブログ「ここみち読書録」
https://www.cocomichi.club/

 

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