50年以内に「バーチャルベイビー」が普通の時代に?
Society & Business 2022.06.08
文/安部かすみ(在ニューヨークジャーナリスト、編集者)
最近、メタバース(Metaverse)という言葉が頻繁に聞こえてくるようになった。
メタバースの本場・アメリカでは昨秋、元フェイスブック社CEO、マーク・ザッカーバーグ氏がメタバース事業に力を入れるとして、社名をメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms Inc.)に変更。それ以来、メタバース関連の報道が本格化している。
メタバースとはインターネット経由でアクセスできる仮想現実空間のことで、特にVR(仮想現実)やAR(拡張現実)技術を利用したデジタル空間を指すことが多い。作成した自分のアバター(分身のキャラクター)を通して、ゲームはもちろん、仕事や遊び、買い物、コミュニケーションや社交などさまざまな「非現実体験」ができるのだ。
さらには暗号資産(仮想通貨)を使ってデジタル資産を購入するなどの経済活動もできるし、このところ売り出されている仮想空間の土地も買うことができる。買い手が多いため高値で売られているという報道もある。
そんなさまざまなことを可能にしてくれる夢と現実の狭間の世界(?)のメタバースだが、アメリカでは最近、仮想空間で赤ちゃんを持ち、育てることができる「バーチャルベイビー」(バーチャルキッズ、デジタルベイビー、デジタルキッズなど)なる言葉もちらほら聞こえている。仮想空間の中で、赤ちゃんにミルクをあげ、おしめを替え、遊んであげて、あやして、母親(もしくは父親)の気分を味わうというものだ。「50年以内に、バーチャルベイビーを持つことが普通の時代になる」と予見する専門家もいるくらいだ。
写真はイメージ。photo:iStock
米農務省および欧米の専門家によると、アメリカで子を高校卒業(17歳)まで育てるには、平均で23万ドル(1ドル130円計算で約3000万円。以下同)が必要だという。一方でバーチャルベイビーを育てるには、月額25ドル(約3200円)未満のため、17歳まで育てるとなるとたったの5100ドル(約67万円)ですむという見立てだ。
英マーケット調査企業のYouGovが2020年に行った世論調査では、成人カップルの10%近くが将来への懸念により、また別の10%が経済事情により、子どもを持たない選択をしているとされている。さらに専門家は、子どものいない生活を選択した20%のカップルが、現実の世界で子を持つ代わりに仮想空間でバーチャルベイビーを持つことを選択する(かもしれない)のは、今後さらに深刻化する気候変動や人口増加による食料不足などの問題の解決策にもなり得るとして「理にかなったことだ」とした。
その昔たまごっちが世に出て以来、バーチャルの世界で「手塩にかけて育てる」ことが流行した。現代においては、さらに進化し似たようなコンセプトのアプリはいつも人気だ。メタバース上のバーチャルベイビーはそれよりさらに進化したものになるだろう。実際に子を持つ親としては、「本当の子育てはそんな簡単なものではない」と複雑な気持ちかもしれない。一方でバーチャルベイビーを持つメリットとして、カップルが実際に子どもを作る前に、きちんと育てることができるのかのテストラン(試用期間)を設けられるほか、遺伝子的に自分の子を持つことができず、ほかの方法(体外受精や卵子提供など)でもできなかった場合の解決策として機能するだろうというのが専門家の見立てだ。
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在ニューヨークジャーナリスト、編集者。日本の出版社で音楽誌面編集者、ガイドブック編集長を経て、2002年に活動拠点をニューヨークへ。07年より出版社に勤務し、14年に独立。雑誌やニュースサイトで、ライフスタイルや働き方、グルメ、文化、テック&スタートアップ、社会問題などの最新情報を発信。著書に『NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ 旅のヒントBOOK』(イカロス出版)がある。