BWA Award 2022 : 美しく豊かに働く、次世代のロールモデルたち。 蔵人体験のパッケージ化で、地元の活性化に貢献。
Society & Business 2022.11.18
「美しく豊かに働く次世代のロールモデル」をテーマに、6人の女性が選ばれた第2回「ビジネス・ウィズ・アティチュード」アワード。彼女たちのビジネスの根底にある思いとは? 仕事を通じて実現したい社会とは? 6人の女性が紡ぐ、仕事と暮らしの物語を紹介します。
*Marika Tazawa
クラビトステイ 代表
1986年、長野県小諸市生まれ。青山学院大学卒業後、旅行会社に就職。これまでに訪れた国は50カ国以上。ワイン商社に転職するが、妊娠を機に退社。主婦業ののち、地元・小諸市で観光地域作りを学び、2020年、世界初の酒蔵ホテル®、クラビトステイを開業。宿経営という経験を生かし、将来はツーリズム専門家としてコンサルティング業に力を入れていく予定。大切にしている言葉は「雪に耐えて梅花麗し」。
https://kurabitostay.com
出身地である長野県小諸市の隣、佐久市でKURABITO STAY(クラビトステイ)という世界初の酒蔵ホテル®を経営する田澤麻里香。老舗酒蔵に滞在しながらゲストが実際に酒造りと蔵人の生活を体験できる点がユニークだ。宿はコロナ禍の創業にもかかわらず、日本人はもちろん外国人にも好評で、規制が緩和された今年はニュージーランドやアメリカ、香港などからゲストが訪れている。宿泊料は、1泊2日でひとり42900円から。一流ホテルのような手厚いサービスも充実した設備もない。それでも毎週末、満室になるほどのゲストが訪れるのは「ここでしかできない体験をつくる」という田澤のアイデアと決意の賜物だろう。そしてこのアイデア&経営の実践は、田澤のこれまでのキャリアの結晶とも言える。
佐久市にある宿、クラビトステイ。1階には木桶の蓋をテーブルに活用したダイニングスペースがある。おひとりさまも多いが、体験やコミュニティスペースを通して自然と打ちとける人が多いんだとか。2階が客室フロア。
高校時代に経験したイタリア旅行で、英語以外の語学に興味を持ち、大学ではフランス文学を専攻。学生時代にはバックパッカーとしてヨーロッパを周遊し、ガイドブックには載らないような小さい村や、そこでの“異日常”に魅力を感じるようになったという。
「就職活動時は本当にしたいことがわからず、いろいろな会社を受けました。やりたいことが見えていなかったからか、最終面接で落ちることが多くて。唯一内定をもらったのが、旅行会社でした」
その旅行会社では、企画立案から添乗まで、一貫して担当するのが基本だったという。富裕層向けのツアー作りとガイドに専念すること約5年。人生経験豊富な年配のゲストに囲まれ、さまざまな話を聞くうちに、ワインにはまるようになった。
「こんな世界があるんだ、もっと知りたい!と思い、仕事の合間にワインスクールにも通いました。と同時に、ワイン商社へ転職。インポーターとして仕事することを次なるキャリアの目標としたんです」
滞在中は、佐久の日本酒が自由に飲める。佐久の町を盛り上げたいという田澤の想いから夕食はあえて付けず、手作りの飲食店マップを配布し、ゲストが地元の飲食店を巡れる枠組みに。外国人ゲストのために田澤が作成した英語版メニューを置く店も。
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ところが予想もしていなかったことが起こる。入社後すぐの妊娠。産休を取って現場に戻ることを希望したが、環境整備と理解が得られず、不完全燃焼のまま退社となった。
「約2年、専業主婦として子育てに専念しました。子どもは大好きだけど、家族という小さな世界だけにいることで、孤独を感じるようになって……。再就職をしたい、社会と関わりたい、と思ったんですが、一度無職になった私に、保育園の空きはありませんでした。“起業”なんて考えたことがなかったのに、“自分が働きやすい場所は自分で作るしかない”と思うようになったのはこの頃ですね」
その頃、地元・小諸市で「地域おこし協力隊」を募集していることを知り、旅行会社経験者が条件だったため「これだ!」と応募。小さな息子を抱えながら、家族のいる埼玉と小諸を行き来する二拠点生活をしながら、一般社団法人 こもろ観光局の立ち上げに携わった。
同時に、長野県が主催するDMO(観光地域づくり法人)リーダー塾でこれからの観光地域作りを学び始める。地元民が「ここには何もない」と言うなかで、田澤が着目したのが佐久の日本酒だ。千曲川の最上流に位置する佐久は、きれいな水が豊富で、県内有数の米どころ。歴史ある酒蔵が13カ所もある。旅行会社で築いてきた経験・自信と、ワイン商社時代に泣く泣く抑え込んだ想いが再熱した。
北に浅間山、南には八ヶ岳連峰、その間を流れる千曲川。
「橘倉酒造で、使われなくなった建物を活用していいよ、とお声がけをいただいたことが転機となり、宿に改装し、事業の立ち上げを決心しました。ただ、改装だけで2500万円ほどかかり……。貯金だけでは足りず、資金集めには相当苦労しました」
助けとなったのが、クラビトステイの事業プランを発表した「みんなの夢AWARD9」。小諸開催でグランプリ、さらに進出した全国区でもグランプリを獲得。その結果、佐久市役所が協力に回り、補助金や融資を受けることができた。
宿に隣接する橘倉酒造の蔵を案内する田澤。ゲストは創業330年余りにもなる老舗酒造で、洗米から麹、酒母、醪造りなど時期に合わせた酒造りを体験できる。
2020年3月に開業。ツーリズムを学んできた成果、地元に貢献したいという気持ちが形になった瞬間だった。週末だけ宿を経営し、実家の両親の手も借りながら、平日は息子との時間を大切にする。そんな自分なりのライフワークバランスを築いてきた。「いまがいちばん幸せ」と生き生きとした表情で語る田澤。
「がむしゃらに働いていた20代を経て、何のために働いているか自分なりの答えが出ました。感謝されることへの喜び、仕事をすることで得られる自身の成長、何よりも人生を私らしく楽しむため」
自分の気持ちに正直に、覚悟を持って挑むことの勇気は、田澤自身だけでなく地域の援助や幸せに繋がっている。
<審査員コメント>
職人技巧を自らも学び発信するバイタリティ、ホテルへと展開しビジネスに繋げてゆく柔軟さ。このような取り組みをしたいけれど踏みとどまっている地方在住者を、後押しする存在になってほしい。
体験需要の高まりという社会の流れを捉えながら、“ 三方良し”の本質的なブランディングを体現し、街が誇りを持てるような循環を作り出しているところが素晴らしい。
黒字経営を続けるため必要なブランディングやサービスを正しく選択する経営者としての判断力。「薄利多売」から「厚利少売」への転換は日本経済再生の最大の課題だが、そのモデルケースになる。
*「フィガロジャポン」2022年1月号より抜粋
photography: Yuka Uesawa