BWA Award 2022 : 美しく豊かに働く、次世代のロールモデルたち。 秩父で紡がれる絹織物に、パリのエスプリを加えて。
Society & Business 2022.11.18
「美しく豊かに働く次世代のロールモデル」をテーマに、6人の女性が選ばれた第2回「ビジネス・ウィズ・アティチュード」アワード。彼女たちのビジネスの根底にある思いとは? 仕事を通じて実現したい社会とは? 6人の女性が紡ぐ、仕事と暮らしの物語を紹介します。
*Reina Ibuka
REINA IBUKA デザイナー
文化服装学院を卒業後、都内のランジェリーブランドで4年勤務し、1997年渡仏。ヴィンテージ生地のバイヤーを経て、2000年ランジェリーブランド「maria-reina paris」を発表。09年にはアウターを中心としたブランド「Reina I. paris」を立ち上げる。14年秩父にUターンし、19年「故郷と地球を考える」をコンセプトにしたREINA IBUKAをローンチ。服作りのほか、アトリエの一角にあるハーブガーデンで採れたハーブを使ったハーブティーや入浴剤、蜜蝋ラップの制作も手がけている。
http://www.mariareina-paris.com/
古くから秩父地方に伝わる絹織物の価値を高め、次世代に繋ぎたい。2019年、秩父出身・在住のデザイナー、井深麗奈はそんな思いから、自身の名を冠したブランド「REINAI BUKA」をスタートさせた。絹独特の光沢感が美しいドレス、レースをたっぷりあしらった肌触りの良いコート……。17年間パリで生活し、現地でもファッションブランドを展開していた井深が手がけるコレクションは、上質でありながら温かみを感じるものばかり。養蚕から機織りまでをすべて地元の職人が行う100%秩父産の「秩父太織(ふとり)」を、丁寧な手仕事で洋服に仕立て上げる。
一枚ずつ手織りされ、本来は着物の生地でもある秩父太織は、繊細で伸縮性がないため、裁断や縫製の際には細心の注意を払って作業する必要があるという。
13年に国の伝統的工芸品に指定された秩父銘仙は、もともとは規格外の繭から作られた秩父太織から始まった。一度は途絶えたというこの伝統工芸は戦後復元され、いまも地元の職人らがその技術を受け継いでいる。着物に使うというイメージが強いこの絹織物を、洋服にして多くの人に触れてもらうことで、美しい伝統を次の世代に繋いでいきたい、と井深は考えている。
「秩父太織に関わっている人には若い人や同年代の方もいて、太織も銘仙も、伝統でありながら、新たな技工を織り交ぜて伝統をアップデートしている。そこがすごくおもしろいんです」
井深が手がけるコレクションは、自然の移ろいをテーマにしているものが多い。左の秩父銘仙のコートは月の満ち欠けを、右のドレスは自庭のバラをプリントしたものだという。
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幼い頃からファッションが好きで、専門学校卒業後、都内でランジェリーブランドのパタンナー、デザイナーとしてキャリアをスタート。その後、憧れだったパリに渡り、現地で暮らす中で、本場のレースやヴィンテージ生地を使ったランジェリーやファッションブランドを立ち上げた。パリで秩父出身の男性と出会い結婚。劇場や植物園など文化あふれる街を夫婦で満喫し、「ふたりは絶対秩父には帰ってこないだろう」と親族から言われていたという。
パリ時代の井深。「文化にあふれた街」で、ものづくりの素材が豊富にそろう蚤の市や植物園、劇場などにも頻繁に足を運んだ。(井深さん提供)
ところがパリで自身の不育症が発覚し、14年、立ち上げたブランドをすべてたたみ、夫とともに秩父に戻ることを決意。
「パリに残って子育てしてみたい気持ちはあったのですが、治療しても流産を繰り返してしまって……。やはり日本人の自分の身体を診てもらうなら日本の病院がいいだろうと帰国を決意しました」
その後はファッションから離れて治療に専念するも、望んだ結果は得られず、最終的に治療を断念することに。「私はなんのために秩父に戻ってきたんだろうか」——何度も自問自答し、ふさぎ込む日々が続いた。そんな井深の心を癒やしたのは、秩父の大自然だった。
「義父に借りた畑で大好きだったフランスの野菜を育て始めたんです。土に触れていると、不思議とパリでの生活を思い出してきて……。もう一度おしゃれをしたい、もう一度服を作りたい、という気持ちが蘇ってきたんです」
秩父に構えるアトリエの一角にあるメディカルハーブガーデン「VERTS(ヴェール)」。虫や鳥などさまざまな生物が訪れ、井深のブランドコンセプトである「生物多様性」を感じさせてくれる。
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同じ頃、自分に安らぎを与えてくれた秩父の大地で、秩父太織と秩父銘仙がいまも織られていることを知る。最初は「そんな貴重なものをファッションで使いたいなんて言っていいのだろうか」と躊躇したというが、勇気を出して機織り職人にコンタクトを取ってみたところ、井深の思いを快く受け入れてくれた。そして19年、秩父の職人たちがこだわりを持って作った絹織物を使った完全受注生産のファッションブランドREINA IBUKAをスタートさせた。
今年5月には、より多くの人に秩父太織の存在を知ってもらいたいと、クラウドファンディングサイトでの受注販売にも初めて挑戦し、ボウタイやワンピース、コートなど8アイテムを出品した。少し高めの価格設定に驚かれることもあるというが、地元で丁寧に作られていることをきちんと説明をすれば納得してくれる人も多く、現在は20〜70代まで幅広い人たちが応援してくれている。
「お子さんの入学式や卒業式に“地域のものを身につけたい”とドレスを買ってくださる保護者の方や、舞台鑑賞用の一着を購入してくださる方もいます。お出かけする際に“これ、秩父のです!”って自慢してもらえたら、とってもうれしいです」
今後はコンペティション用の作品制作にも取り組み、秩父の絹文化の価値を海外にも発信したいという。
一時期はファッションの世界から身を引き、“もっと人の役に立つ仕事をしたい”と思ったこともあると言うが、「いま、自分が作るものを喜んでくれる方々の姿を見て、またここに戻ってこられて本当によかった」と語る井深。自然と人との繋がりから生まれた秩父の絹文化に心動かされて生まれた彼女のブランドは、風土とともに育まれた美しさと豊かさとを、多くの人に教えてくれる。
<審査員コメント>
社会への実質的なインパクトは現時点ではまだそれほど大きくないかもしれないが、彼女の生き方・働き方はArt de Vivreそのもの。エールがもっと集まれば大きくブレイクする予感。
地元愛にあふれた丁寧なものづくりに好感を持つ。地産の魅力にあらためて気付きを得た地方発信のクリエイションは、今後より増えていくと思う。海外経験を日本のものづくりに生かす取り組みにも注目したい。
美しい暮らしの先に、美しい仕事をしている。しなやかな意志で本当にやりたいことに、自己対話をしながら進んでいる様子が垣間見えた。自分らしく生きることと働くことを共存させていると思う。
*「フィガロジャポン」2022年1月号より抜粋
photography: Yuka Uesawa