BWA Award 2022 : 美しく豊かに働く、次世代のロールモデルたち。 コンサル業&ラボでの実践を通して、無理のない循環型社会を目指す。
Society & Business 2022.11.18
「美しく豊かに働く次世代のロールモデル」をテーマに、6人の女性が選ばれた第2回「ビジネス・ウィズ・アティチュード」アワード。彼女たちのビジネスの根底にある思いとは? 仕事を通じて実現したい社会とは? 6人の女性が紡ぐ、仕事と暮らしの物語を紹介します。
*Takako Ohyama
fog 代表取締役
米国ボストンサフォーク大学卒業後、ニューヨークで新聞社に就職。EdTechでの海外戦略、編集&ライティング業を経て、2014年に帰国。日本における食の安全や環境面での取り組みの必要性を感じ、100BANCH 入居プロジェクトにてフードウェイストを考える各種企画を実施。ワークショップ開発などに携わった後、19年にfogを創設。21年にélabをスタート。22年4月に第1子出産。6月より武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所客員研究員。
https://fog.co.jp
限りある資源を効率的に使い、環境への負荷を低減させて、循環型の社会を目指す──。いまは企業も自治体も、サーキュラーエコノミーから目を逸らすことができない時代。にもかかわらず、具体的な活動がおおいに進んでいるとも言い難い。どうすれば循環型社会の実現に近づけるのか。fog(フォグ)代表取締役の大山貴子が考えるのは、人を起点にした変革。独自の取り組みで、サーキュラリティの輪を広げている。
大学時代とその後数年をアメリカで過ごし、2014年に帰国。フリーの立場で循環をテーマにした活動に従事した後、19年にサーキュラーエコノミーのコンサルティングを手がけるフォグを設立した。もともと、起業を志向していたわけではない。
「フリーでの活動は大変なことが多く、その頃は就職することも考えていました。すると『応援するから起業しなさい』と言ってくれたメンターがいて。背中を押されての会社設立でした」
活動の原点は、アメリカ時代の体験にある。大学卒業後、ニューヨークで就職。4年ほどブルックリンに住んでいた。ブルックリンは循環型の暮らしが成り立つ街だった。たとえば、大山が会員となり利用していた生活協同組合。そこはレジ回りの清掃や高齢者宅への食料配送など、仕事の一部を会員が負担するのが決まりごと。そうして人件費を抑え、商品をほかのスーパーマーケットより安く販売するシステムだった。共助の思想で運営する一方、値札にはフードマイレージが併記されていた。会員には商品調達先の意思決定権があり、自ずと近隣の野菜が数多く扱われることになった。またブルックリンは地区ごとにコミュニティファームがあり、その畑は地域内コンポストの機能を兼ね備えていた。大山は自宅の生ゴミをそこに持ち込み、野菜をもらって帰る生活を楽しんでいた。
「当時の自分を振り返ると、特に環境意識が高かったわけではありません。でもブルックリンでの暮らしには、心地よさを感じていました。帰国し、東京で生活を始めると、そういう感じがまるでありません。循環型社会移行への必要性が叫ばれているけれど、東京は生産より消費のほうが圧倒的に多いのでマッチしていない。そういう違和感に気付きだすと、ますます暮らしにくくなって。暮らしやすい社会を自ら描いていきたい、という思いが強くなりました」
フォグでは主に地方自治体や企業に対し、循環型社会の実現に向けたリサーチや提案を行う。実績を積み上げていく中で、大山は自分の手法の伝わりにくさを感じていた。たとえば廃棄ペットボトルでこんな商品を作りましょう、という話はサーキュラーエコノミーの文脈で理解されやすい。だが、大山の狙いは人の変革にある。
「循環というテーマに対して、いかに人が実践していくのか、実践しうる行動や視点を生み出せるのか、その目線を大切にしています。地域でも会社でも、ひとりひとりが行動を変えていくことで、やがて全体へ派生していく。土台って、結局は人。でも、人の変化はわかりにくい。その実践を可視化する場が必要だと思いました」
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21年10月、下町のコミュニティがいまも残る蔵前でélab(えらぼ)をオープン。キッチンとリビングのふたつのラボで、暮らしの中の循環を模索し、日常へ取り入れていくための実験室と位置付ける。キッチンラボではランチと週末のディナーを提供している。
この日のランチは「野菜丼」(ドリンク、スープ、デザートより1品付きで¥1,500)と「タコス」(¥600〜)。野菜丼は契約農家から届くオーガニック野菜とオリジナルブレンドのご飯に、野菜ソースを絡めて食べる。肉は経産牛を使うことも。
「持続可能な原材料調達の実践として、30キロ圏内のオーガニック農家から食材を入荷しています。調理法や提供の仕方まで研究を重ね、これからの食のあり方を考えて。生ゴミは店内のミミズコンポストで堆肥化し、屋上の植物栽培で再利用しています」
キッチンラボに設置されたミミズコンポスト。生ゴミは匂いを発することなく、やがてふかふかの堆肥に。屋上のルーフトップガーデンで肥料として使われる。
リビングラボでは自然素材の商品を販売しつつ、ワークショップを開催。リペアや金継ぎなど循環に役立つ手業を学ぶこともできる。
平日はfogのオフィスであり、週末はサーキュラリティにまつわる商品のショップ兼ワークショップの場となるリビングラボ。棚に並ぶのは電力に頼らず生み出される小鹿田焼のうつわ。
地域内での共創も始まっている。蔵前に店を構えるダンデライオン・チョコレートから、廃棄されるカカオハスクを調達し、焼き菓子の素材として自身の店で再生。地元の老舗酒屋が営む、からあげサイダーフタバでは、地域循環をテーマにした新規事業開発のサポートを行った。いずれもキッチンラボでの食事が共創のきっかけだという。
élabのスタッフと地元の常連客。「出産で自分が関われなかった期間も、みんなが支えてくれた。このチームのおかげで今回の受賞があったと思います」と大山。
「えらぼを起点に、地域で意識変革が起こり始めています。暮らしの中で人が変わり、行動する。このラボの存在意義を感じています」
今後えらぼで蓄積された知見は、フォグでの提案に還元される。逆もしかり。「いま、ふたつの活動がうまくブレンドされ始めている」と大山。目指す未来の実現に向けて、着実に前へ進んでいる。
<審査員コメント>
衣食住を通して循環する日常の実践をすることは、自分だけではなく地域コミュニティや地球環境にも思いをはせて生きるということ。Art de Vivreをわかりやすく体現していると思う。
身近に循環型社会のモデルを作っただけでなく、それが楽しそう、試してみたいと思える仕組みにしている点が素晴らしい。誰もに気付きや行動のきっかけを与える取り組み。
純粋な好奇心が、センスとアクションによって形になっていることは多くの人のモデルケースになると思う。課題を発見し、活動を始めて続けていく暮らしと仕事の日々は美しい、と刺激をもらえる。
*「フィガロジャポン」2022年1月号より抜粋
photography: Yuka Uesawa text: Atsuo Kokubo (Sagres)