アートを生涯の仕事に選んだ女性たちのリアルボイス。 キュレーターの仕事は、 開かずの扉の鍵を探す探偵のよう。
Society & Business 2023.01.11
ギャラリスト、キュレーターなどアートに関わる仕事はさまざま。一般には伝わりづらい、アート業界で働く人々はどんなきっかけで仕事を始め、どのような想いで働いているのか。世界を舞台に活躍する4人の女性の声を訊いた。
横山いくこ / エムプラス リードキュレーター
©Winnie Yeung@Visual Voices, Courtesy of M+
群馬県出身。武蔵野美術大学卒業後、スウェーデンに21年間在住。インデペンデント・キュレーター、美術大学の展示マネージャー、「フィガロジャポン」のライターおよびコーディネ ーターとしても活躍。2016年より、M+のリードキュレーター として香港へ移住。デザイン・建築分野の収蔵品の構築を牽引し、21年11月の開館に貢献した。
2021年11月、香港にオープンしたM+(エムプラス)は、20〜21世紀アジアのアート、デザイン、建築、視覚美術を俯瞰する美術館。デザイン建築分野のリードキュレーターを務める横山いくこは、開館準備中の6年間、M+の収蔵品を求めて世界中を飛び回ってきた。
「プロダクトデザインの収蔵品には、その登場が世の中を変えたなど、歴史的価値があります。たとえば、ウォークマンを今日の視点で見ると、おひとりさま文化のはしりだったと気付きます。それは善悪ではなく、私たちの周囲にはあらゆるデザインがあり、暮らし方や行動がそれに影響されています。M+の帰り道、周囲の風景が少し変わって見えたらうれしいですね」
徹底的にリサーチするほど、驚きの新事実や誰かの秘蔵のコレクションが見つかるなどして「開かなかった扉がすっと開く瞬間がたまらない。デザインのキュレーターはまるで探偵みたい」と横山は言う。
伝説のデザイナー倉俣史朗の作で、1990年代に新橋で営業した寿司店を丸ごと館内に再現するなど、M+の収蔵姿勢は大胆不敵。「キュレーターとして、こんな大規模な新美術館を手がけられる機会は一生に一度」と、開館後も未来に残すべき一品を探し続ける。
---fadeinpager---
キャリアチェンジのきっかけは?
幼少期から美術系の道に進むことしか考えず、デザイナーを目指していました。しかし夢叶ってスウェーデンで自分のアトリエを持った時、作家の孤独性に瞬時に気付き、自分は人と関わる仕事に向いていると方向転換。展示を作り、美術とオーディエンスを繋ぐキュレーターという天職を見つけました。
コロナ禍で、アート業界はどう変わったと思いますか ?
M+については、開館前に想定していた海外からのビジターが来られなくなり、アプリでの入館予約も必要でハードルが高いと考えていました。しかし開館してみると、一定のアート愛好者以外に、地元のシニアなど一般の方が多数訪れ、熱心に展示を見て楽しんでくれています。移動の制約により以前のように世界中を飛び回ることはできなくなった代わりに、近場でより密度の濃いリサーチや発見ができるようになるなど、思わぬ好影響もありました。
香港・九龍半島の西九龍文化地区に誕生した M+。17,000m²の 展示面積を誇り、テートモダンや MoMAと並ぶ、アジア初の美術館を目指す。大規模なLEDスクリーンは、ビクトリアハーバーの新しいランドマークに。 ©Lok Cheng, Courtesy of M+, Hong Kong
デザイン・建築部門を率いる横山。倉俣史朗が1988年にデザインした寿司屋、きよ友を館内に再現した。©Courtesy of Henzog & de Meuron
---fadeinpager---
インプットのために 意識していることはありますか?
コロナ禍以前は、香港の地の利を生かした近隣への旅が私のインプットだったので、できなくなったのは辛かった ! 一方、それまで常に動き回っていてなかなか会えなかった人と香港内で会えるようになり、外に行けない分、自分とは違う世界を知る新しい友だちが多数でき、刺激をもらっています。
20〜21世紀のアジアアートがテーマ。香港、中国、韓国、台湾、 インド、マレーシア、ベトナムなどのアジア各国に加えて、日本のアートやデザインが非常に重要な位置付けにある。©Lok Cheng, Courtesy of M+, Hong Kong
アート業界が抱える悩みとは ?
メタバースやNFTなどの発展で、アートが大衆化したことは喜んでいいかもしれませんが、インスタのフォロワー間だけで文化を消費すれば、歴史的なことを現代に伝える美術館に行かなくていいという流れが強まることを憂慮しています。一方でデジタルネイティブ世代が感じる美学を、上の世代である私たちが理解し、いままで見えてきた風景と繋ぐ役割と責任があるとも感じます。香港の政治問題に触れる 作品へのセンサーシップについて聞かれることがありますが、 美術館の収蔵品は短期的視野ではなく、いま見せられなくて も 30 年後なら……など、長期的に美術の歴史を保存する役割があるので、それは大きな問題ではありません。
*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋
text: Miyako Kai