アートを生涯の仕事に選んだ女性たちのリアルボイス。 この仕事を続けることに意味がある、まだまだゴールなんて見えない。
Society & Business 2023.01.11
ギャラリスト、キュレーターなどアートに関わる仕事はさまざま。一般には伝わりづらい、アート業界で働く人々はどんなきっかけで仕事を始め、どのような想いで働いているのか。世界を舞台に活躍する4人の女性の声を訊いた。
アンジェラ・ レイノルズ / ギャラリスト/モデル
デニムジャケット¥75,900、スカート¥121,000/ともにマディソンブルー
14歳からモデルとしてのキャリアをスタート。ランウェイ、雑誌、 CMなどで活躍した後、1999 年に自身のルーツでもあるロンドンにベースを移す。2006 年に帰国後、ジャーナリストとして活動。現在はモデルと並行して「ペロタン」のギャラリスト、アーティストリエゾンとして、多くの展覧 会に携わる。インスタグラムアカウントは@angelarey_ _
「ジャーナリストとして海外の雑誌のために日本のクリエイターにインタビューをする中で、コンテンポラリーアートについてリサーチする機会が増えてきて。知らないことが多くもっと理解したいと興味の有無関係なく作品を観に行っているうちに、取り返しがつかないくらいハマってしまっていました」
2014年、谷中のギャラリー、スカイザバスハウスにて「ここで仕事がしたい!」と、モデルのキャリアを手放し、身ひとつでアート業界に飛び込んだ。細々とした雑用からのスタートだったが、やがて大きなチャンスが廻ってきた。オーストラリア現代美術館で開催された宮島達男の大規模回顧展の担当だ。現在所属するギャラリーペロタンのアジアヘッドオフィスが香港にあったことから、2017年に香港へ移住。21年に日本支社に移った。現在はギャラリストとして、作品の輸送や設営、撮影などのスケジューリング、グッズやプレスPR&オープニングのプランニング、作品販売など、展示会全体のマネージメントをしている。また、アーティストリエゾンとしてエディ・マルティネズ、バリー・マッギーと2名の作家を担当。作品制作やプロジェクトのサポート、キャリア形成のプランニング、展示のプレゼンテーションの施策、アートフェアへの出展など、アーティストとのコミュニケーションに関わるすべてをマネージメントする。
「アート界でのキャリアが浅いぶん、コラボレートする価値のある人間になれるよう日々勉強しています。自分の能力を正しく認識し、それを底上げしていくこと。プロジェクトごとに違った能力が求められるので、弱点に素直に向き合い、学び続けていくつもりです」
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インプットのために意識していることはありますか?
アウトプットもインプットも多い仕事なので、両方をきちんとこなすためには “無”のスペースが必要なんです。私は自分を保つためにヨガやサーフィンに行っていますが、単純に日々のToDoやタスクを詰めすぎないことも大切。時間って絶対に余らないので、自分の時間を作ることも仕事だと思って、意識して確保します。
アート界で働くうえでの悩みや葛藤はありますか?
いちばんに出てくるのは、CFP(*1)の問題。仕事は、毎回輸送などで多大なエネルギーを使いますが、この問題を最優先に考えてしまうとどうすればいいのか想像できないほど大きな課題でもある。未解決っていう意味での悩みですね。
*1=カーボンフットプリント(Carbon Footprint of Products)。直訳すると「炭素の足跡」。特定対象のCO2の排出量や製品のライフサイクルを通したCO2排出量を表す。
仏「AIE MAGAZINE」にて、ジャーナリストとしてアンダーカバーのデザイナー高橋盾を取材。「より深くクリエイターを理解していきたいと感じた、心に残るインタビューです」©AIE MAGAZINE photo: Shuhei Shine
アーティストリエゾンとして担当する作家、バリー・マッギーの展覧会『Fuzz Gathering』(2021年、ペロタンギャラリーパリ)にて、スタッフに作品説明をする様子。 ©Barry McGee
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アートに興味を持ったきっかけは何ですか?
コンテンポラリーアートに深く興味を持ったのは、ジャーナリスト時代。リサーチを兼ねてギャラリーに通い、話を聞いたり、書物を探って背景を知ると、あまり興味がなかった作品がいきなり心に近く感じる瞬間がくる。 そのエネルギーの転換がすごく素敵に思えて。さっきまで他人事だったものがいきなり愛おしくなるってすごいことじゃないですか。私はもともと心理学の勉強をしていたのですが、ジャーナリストとギャラリストの仕事は、どこか似ていると思うんです。ひとりの人間の考え方や世界観のルーツを深く知って、 その人なりのランゲージの作り方を辿っていく。その人の過去のヒストリーや作品を辿っていくことで、アーティストそれぞれの記号や言語があり、それをより深く理解できる。この理解したいという執着心は、私が心理学に興味を持った動機と繋がっています。ジャーナリストの時は取材したことを言葉でまとめていましたが、ギャラリストという立場になってからは、特定のオーディエンスに対して、この空間で、どのあたりの文脈を説明して、作家の魂を伝えるのが効果的かを常に考えています。
フォトグラファー笹口悦民とコラボレートして撮影した1枚。コンテンポラリーアーティストであるマリリン・ミンターの作品を独自の観点で解釈し、写真に落とし込んだ。photo: Yoshihito Sasaguch(i SIGNO)
仕事を通じて、喜びややりがいを 感じるのはどんな時?
日々感じています。アーティストが命懸けで作った作品を預かるので、ハイプレッシャーな仕事ではあります。でもトンネルを抜けて展覧会が完成した瞬間は特別。すぐにまた次の子を生もう!という気持ちになってしまいます。疲れ果てているのに(笑)。
*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋
photography: Sodai Yokoyama hair & makeup: Ryoki Shimonagata text: Hiroko Ishiwata(P53)