人類は今後、働く必要がなくなる。その人生の意味は?

Society & Business 2023.06.22

技術革新により、私たちは仕事や作業からどんどん解放されていく。しかし、これは必ずしも良いことばかりではない、と経済学者のダニエル・サスキンドは言う。「どうやって生計を立てるのか? 人生の意味とは?」といったことを考えながら、きたる世界に備えようと呼びかける。

580_AI_workjpeg.jpeg『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』(日本ではみすず書房より2022年3月刊行)の著者で経済学者のダニエル・サスキンドは、余暇の時間が大幅に増える未来に備えることが急務であると言う。

フランスではいま、政府が提出した年金制度改革案に反対運動が起こり、これまでよりも長く働かなくてはならないのかと多くの人が懸念している。

働かなくていい人生とはどんなものだろう? 別の言い方をすれば、生活のために働く必要がなくなったら、人々はどうするのだろうか? 経済学者のダニエル・サスキンド(オックスフォード大学・キングスカレッジ教授)は、『WORLD WITHOUT WORK: AI時代の新「大きな政府」論』(日本ではみすず書房より2022年3月刊行)でそんな問いを投げかける。これは荒唐無稽な仮定とも言えない。技術の進歩によって仕事はますます減り、人々はどんどんいらなくなるからだ。

仕事がなくなった人たちは、今後どうやって生計を立てていくのだろうか。その一方で機械化により富を増やす人々もいる。ここに問題の核心がある。ダニエル・サスキンドによれば、今後増大する富は、少数の特権階級に集中する。そこで経済学者は、この富を再分配できるような強い国家を提唱している。それも、ユニバーサルベーシックインカム、すなわちすべての個人に最低限の生活を送る必要な所得を保証する制度ではなく、一定の条件下で支給される条件付きベーシックインカムを提案し、誰もが社会へ奉仕した分に見合った報酬を得られるようにすべきというもの。彼によれば技術革新の脅威は現実のものであり、仕事と収入が結びつかなくなる恐れがある。しかしながら仕事の意義はお金だけではない。人生の意味や目的、充実感も関わってくるものだ。

やることがなにもない恐怖

日々をどう過ごせばいいのか、何を目標に生きていけばいいのか、何に生きがいを見出せばいいのか。仕事のない暮らしは楽園のように思えるが。よく考えると不安でしかない。何もやることがなくてどう日々を過ごせばいいのか。「我々はあまりにも長い間、楽しむためではなく努力するために訓練されてきた」と言ったのは経済学者のジョン・メイナード・ケインズだ。

そして企業が進化するにつれ、よく言えば逆説的な、悪く言えば不条理な世界になってしまった。今日、マネジメントは仕事の合理化を行い、プロセスや「ブルシット・ジョブ」、すなわちどうでもいい仕事だらけにした結果、仕事は楽しくもなければハッピーでもないものになってしまった。サラリーマンは今日、仕事をテキパキ処理するだけでなく、感情豊かで個性的でフレンドリーであることを求められる。つまりはこれまでより100倍多く働かされて、もらえるものは以前よりも少ない。感謝されることも減り、社会や地域とのつながりも減り、私生活を守れない......そんなになってまで、なぜ働かないといけない?

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失われた意味を求めて

それは人間が本質的に働く必要性を感じているからだ、とジークムント・フロイトもほかの偉大な先人たちも口を揃える。労働によって人間の欲動は抑制され、能力が開花し、自己超越することができるのだ、と。

それだけではない。オーストリアの社会心理学者マリエ・ヤホダは、1930年代に工場閉鎖で失業した村人たちを長期間調査し、仕事には人々を堕落から守ってくれる効果があると結論づけた。失業すると何が起きる? マリエ・ヤホダによれば人々は「無気力になり、人生の意味を見失い、他人への敵意が高まる」ようだ。失業した住民はのろのろと歩き、さまよい、途方に暮れて立ち止まる。まるで世界の終末を迎える映画の描写のようだ。マリエ・ヤホダにとって仕事は一つの構造、人生の指針だったらしい。

ただ、いまや人々が目指す方向はひとつではない。コロナ禍でその傾向がさらに強まった。人々は自問するようになった。なぜ仕事をするのか、生活の質とは、生きがいとはなにか。納得できるような確たる答えは見つからない。まるで、まだ霧のなかにいるようだ。そこにダニエル・サスキンドは問いかける。仕事は人間の新しい麻薬ではないのか。麻薬同様、仕事は人々に充実感や快感を与える。そして人々は仕事中毒となり、方向を見失う。仕事に夢中になることで人々はほかのことに意味を求めなくなるのではないか、と。

新しい価値観

ほかのこととは何を指すのだろう? ダニエル・サスキンドは新たな社会の仕組みとして、ユニバーサルインカムではなく、条件付きベーシックインカムを提唱する。彼の提唱する世界で収入を得る手段は、仕事だけではない。社会に貢献する活動の対価を国家から受け取るのだ。ではそれはどんな活動なのかと言えば、それは社会によって異なる。だがいずれにせよ、どの社会も、何に価値を見出すのかを明確にする必要性に迫られるだろう。

古代ギリシャのように芸術活動を重視する社会があるかもしれない。あるいは政治活動、ボランティア活動、協会の創設などを重視する社旗もあるかもしれない。さらには教育やケアの職業や活動を評価する社会があってほしいとダニエル・サスキンドは言う。家事や介護、看護、教職など、大切な仕事なのに低収入だったり無報酬だったりする。崇高な市場論理は狭量すぎてそうした仕事の価値を認められないのだろうか。仕事のない世界は、エデンの園ではなくても、現在の硬直したシステムを改められる利点があるのではないかとサスキンドは言う。もしかしたらもっと暮らしやすいシステムが誕生するかもしれないと。

text: Sofiane Zaizoune (madame.lefigaro.fr)

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