「夫に従順であれ」専業主婦の復権を説くトラッドワイフとは?
Society & Business 2023.06.26
主な関心事は結婚、家事、メイク。独身生活やキャリア形成の悩みとは縁のない伝統的生活の復権を説く女性たちがいる。反動的姿勢と奇妙な安全欲求が交錯するトラッドワイフとは?
260万人のフォロワーを持つインスタグラムアカウント@esteecwilliamsのエスティー・ウィリアムズ。Instagram@esteecwilliamsより
彼女は準備万端でカメラの前に現れる。メイクは完璧。非現実的なほどにつやつやの肌。服装はミディ丈のプリーツスカートやロングのコルセットドレス。キッチンではフリルのついたエプロン。隅々まで考え抜かれたスタイルだ。エスティー・ウィリアムズはアメリカ・ヴァージニア州出身の25歳。TikTokに約11万人のフォロワーを持つ彼女は、いま最も注目されるトラッドワイフのひとりだ。トラッドワイフとは「traditional」と「wife」を縮約した語で、直訳すると「伝統的妻」ということになる。夫に忠実に従い、仕事を持たず、自分の時間をもっぱら家事に費やす。彼女は自ら進んでこの立場を受け入れているだけでなく、その復権さえ主張する。
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デジタル・サブカルチャー
SNSで誕生したトラッドワイフが躍進を続けている。この現象が生まれたのはドナルド・トランプがアメリカ大統領に就任した直後の2017年だが、22年になってもその勢いは衰えていない。SNS分析会社ブランドウォッチに所属するデータアナリストのデボラ・エチエンヌによると、この言葉は昨年1年間にSNS上で15万2000回以上言及され、これまでで最も多い数字を記録したという。デジタル画面を介してコミュニケーションする彼女たちにとって、見た目は最も重要だ。
とはいえ誰もがエスティーのように1950年代のピンナップガールを思わせるルックに身を固めているわけではない。ブログApprendre les Bonnes Manières開設者の36歳のフランス人アンナ・ガスのように、レトロな「セックスシンボル」の服装コードよりも、20世紀初頭の良妻の控えめな装いをお手本にする人もいる。彼女たちは肌の露出を控えた「modest fashion」すなわち「慎みのあるファッション」の支持者だ。アンナが愛用する服は、仕立てがよく、ボディラインを強調せず、胸元が開いていない、七分袖のロングドレス。「エチケットコーチ」を自認する彼女は女性服のラインも立ち上げている。ラインナップのなかにパンツは一点も見当たらない。
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家庭が中心の生活
料理、掃除、買い物、アイロンかけ、子どもがいる場合は子どもの世話。それがトラッドワイフの典型的な1日だ。エスティーは毎日3~5時間キッチンで過ごし、見事なご馳走を手作りする。例えば、アニス入りヴァレニキ(ロシアのラビオリ)、ペルシア風ピラフ、夫のコナーが狩りで仕留めたノロジカのパテ。それに自家製パンと1ダースもの材料を使った無数のスムージー。
こうしたライフスタイルは、いまトレンドの「コテージコア」、つまり田舎生活を美化したイメージがSNS上で盛んにやりとりされる風潮とも関連している。騒々しく、物騒で、不安感を掻き立てる現代生活にうんざりしたトラッドワイフの多くは、ガーデニングと読書とレース編みを楽しむ「よりシンプルな」生活を賞賛する。
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「フェミニストではなく、フェミニン」
トラッドワイフの哲学を支える主要な柱のひとつは結婚。そして円満な結婚生活を送るために何よりも大切なのは、女性らしさを養うこと。インスタグラムアカウント@thetradwivesclubには、「ハイレベルな男性の心を掴むには、女性らしく、従順で、美しく、優しくあるべし」という心得が掲げられている。これはれっきとしたひとつの仕事なのだ。少なくとも実現するには、リビングや寝室の掃除と同じくらいの時間が必要だ。ウエストを絞った、胸元の開いたドレスに、真っ赤なリップ……。累計視聴回数が80万回に達した、結婚生活の心がけをテーマにした2部構成のTikTok動画のなかで、エスティーは次のように説明している。「家にいるときも、身なりを整えて、メイクしています。(…)彼(夫のコナー)が一番気に入っている服を着て、彼が好むヘアスタイルをして、彼のために彼が好きな料理を作ります。自分の希望より夫の望みを優先します。夫の要求に応えることは、結婚生活にとって最も有益なことです」。彼女の投稿にはしばしば、#femininenotfeminist(フェミニストではなく、フェミニン)というハッシュタグが添えられている。
トラッドワイフたちに言わせると、近代のフェミニズムは女性に押しつける仕事を増やし、女性たちをより無防備にしたという。家事の切り盛りや子どもの世話に加えて、女性たちは仕事のキャリアも築かなければならなくなった。さらに、第二次大戦末に台頭したフェミニズム運動のせいで「専業主婦」の立場がおとしめられた。アリーナ・ケイト・ペティットのような、いわゆる伝統的な妻たちは主婦の地位復権を望んでいる。英国人のアリーナは、トラッドワイフの先駆者のひとり。2016年から運営するブログ「The Darling Academy」で、自分自身の家族観について語り、昔ながらのレシピを紹介し、家事を上手に取り仕切り、どんな状況でもエレガントに振る舞うためのアドバイスを紹介している。
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時代に逆行して
それにしても何が若い彼女たちをキッチンに閉じ篭らせているのだろう? 彼女たちが自由や女性のエンパワーメントを奨励する時代の流れに逆らっているのはなぜなのか? その答えは彼女たちが受けた教育にあるわけではない。どうやら人はトラッドワイフに生まれるのではなく、トラッドワイフになるらしい。メールでの問いかけに、エスティーからは次のような答えが返ってきた。「私自身は伝統的な家庭で育ったわけではありません。両親は離婚しています。幼い頃から、子どもたちの生活費を捻出するために複数の仕事を掛け持ちする母親の姿を見てきました」。一方、アリーナは2020年のBBCのインタビューで、大学時代を送った1990年代末に主流だった「ガールボス」文化に馴染めなかったと語っている。『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998年)や『プラダを着た悪魔』(2006年)のようなドラマや映画を通して、女性は輝かしいキャリアを積み上げながら、野心的で、性的に解放されていなければならないという観念が浸透したのはその頃だ。
「現代のレディ見習い」を自称するアンナはエレガンスのレッスンを有料で配信している。「MumPreneur Catholique(カトリックのマムプレナー)」、「自分からアプローチせずに相手の気を引く」、「素敵な王子様に出会う」。彼女のサイトにはこんなタイトルが並ぶ。情報プラットフォームThe Conservative Enthusiastのインタビューで、彼女はこの生活スタイルに行き着くまでの道のりを次のように語っている。「私はもともと筋金入りのフェミニスト。カップルの中で、私はふたり目の男のような存在でした。夫本人よりも、彼がどう振る舞い、何を言い、何をなすべきかがわかっていました。とても暗い時期でした。こんなことはもう終わらせかった。ちょうどその時、私の前にキリストが訪れたのです。すべてが変わりました。人生の大掃除で身も心もすり減りましたが、その後には沢山の恵みが訪れました! 女性らしさ、男女が補完し合う関係について学びました。分をわきまえることを学んだのです」
妻は真の「家庭の主」たる夫に従順であるべしという、トラッドワイフが信奉する考え方は、往々にして聖書が土台になっている。エスティーもアンナと同じように聖書を模範とする。「私はクリスチャン。信心深い家庭で育ったために、このような生活スタイルに惹かれたのだと思います。聖書には、働く女性だけでなく、主婦の女性のことも書かれています。家庭を守る女性についての部分に私はとても共感しました」
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現代の不安
トラッドワイフには、自己への閉じこもりと、他者への恐怖心が反映している部分がありそうだ。エスティーは、夫と一緒でなければスポーツジムに行かず、男性たちの性的な視線を避けていると断言する。普段から外出するときは夫に知らせ、携帯電話で位置情報を共有するとも。BBCで放映された動画のなかで、アリーナは自分のスタイルについて「玄関を開けたままにしていられた時代の、偉大なイギリスを作り上げた良き部分を活かすこと」と説明している。彼女はまた「時代は変わった。私たちは自分の国のアイデンティティがわからなくなっている」とも言う。ここには暗いノスタルジーを帯びた極右的言説が見え隠れする。
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過激派すれすれ
というのも、一見、無害で大人しいトラッドワイフには、右翼の過激派や男性至上主義運動との親近性も見られるからだ。なかにはSNSでナショナリズムや白人至上主義的な発言を配信する女性もいる。2017年に「ホワイト・ベビー・チャレンジ」を立ち上げ、多くの批判を受けたアイラ・スチュワート(@Wifewithapurpose)もそのひとりだ。現在削除されている動画の中で、彼女は視聴者に向けてアーリア人種を殖やそうと呼びかけながら、「私は6人産んだ! 私に追いつき、追い越して!」と叫んでいる。
インターネットにおける極右及び反フェミニズムの動きについて研究するアメリカ人大学院生のアニー・ケリーによると、トラッドワイフのレトロな美学は、意識的にせよ無意識にせよ、根底にある権威主義をぼかす役割を果たしているという。「自分のことを犯罪者や打算的な人間と考える人はいません。トラッドワイフのイデオロギーを“ネオナチ”だと非難する人たちに対して、彼女たちは自分たちは子どもを育てるために、より清らかで、より幸福な世界を求めているだけだと反論するのです」。表面上は、いかにも無邪気に。
text: Annabelle de Cazanove (madame.lefigaro.fr)