働きながらの不妊治療、どうすればいい? 医師と支援制度導入企業がトーク。

Society & Business 2024.06.21

8年連続で出生数が減少している日本。一方で体外受精による出生数は増加傾向にあり、2021年に体外受精で生まれた子どもは過去最多の69,797人を記録。11人にひとりが体外受精で生まれた計算だ。

22年から体外受精をはじめとした高度生殖医療の保険適用が拡大され、治療のハードルは徐々に下がっているものの、依然として仕事と治療の両立に悩む女性が多いのも事実。さる5月22日、不妊治治療を専門とするトーチクリニックを開業している市山卓彦院長が、「就労と不妊治療」をテーマにゲストを招いてセッションを行った。

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第一部ではトーチクリニックの市山卓彦院長(左)と杉山産婦人科 丸の内の黒田恵司院長が、就労と不妊治療の両立の課題について話し合った。

第一部では、市山院長と杉山産婦人科の黒田恵司院長が対談。不妊治療の保険適用化に伴う変化について、長年不妊治療にあたってきた黒田院長はこう話す。「受診者の年齢が若くなりました。私のクリニックでは平均年齢が40歳から39歳に下がり、7〜8割の方が保険診療で受診しています。高度医療でも国の高額医療制度を利用することで、以前に比べて負担額が抑えられるようになりました」

昨年は東京都が卵子凍結に関わる治療への助成金制度を開始するなど、経済的負担に関する施策が進む一方で、厚生労働省が行ったアンケートによれば、7割の企業が不妊治療を行う社員の有無を把握していないという。就労と治療の両立という社会的負担は依然女性に重くのしかかっていると黒田院長。「不妊治療をしていることを企業に言い出しにくい患者さんのために、国は治療を証明するための『不妊治療連絡カード』を発行しています。厚労省のホームページでも、治療のための休暇制度を推奨してはいますが、いずれも現実にはなかなか広まっていない。男性がトップの企業が多いせいか、不妊治療への認知度は低いと感じます」

深刻なのは、治療のために離職せざるを得なかったというケースだ。「私が大学の研究過程で行ったアンケートでは仕事と治療の両立が難しいと答えた人が87%、その中で離職した人は16.7%いました。会社でハラスメントを受けたというコメントもありました」と黒田院長は言う。

不妊治療は病院での長い待ち時間や突発的に発生する受診が、仕事との両立を困難なものにしている。

これらの負担を軽減するため、DXによる新システムを導入したのがトーチクリニックの市山院長だ。「赤ちゃんを授かりたいという当たり前の権利のために甚大な犠牲を強いられるのはおかしい。不妊治療における経済的、社会的、心身的負担のうち、医療従事者がより課題解決に力を入れるべきなのは心身的、および社会的負担の軽減です。当院では長い滞在時間を減らすため、自社アプリを開発して事前問診を行ったり、会計の待ち時間を減らすためキャッシュレスの事後決済を実現しました。また土日や平日夜間の開院、オンライン診療を組み合わせることで仕事と両立しやすい環境を整えています」

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不妊治療の支援制度は企業からのメッセージ。

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第二部では、健康情報サービス「LunaLuna」をはじめとしたヘルスケア事業を展開するエムティーアイ人事部長の岩渕由希さん(右上)と、ネットショップ開設やオンライン予約システム・アプリ作成などをサポートするSTORES PX部門HR本部カルチャーグループマネージャー ダイバーシティプロジェクトリーダーの高橋真寿美さん(右下)が、それぞれの会社の制度を紹介した。

国や医療現場が問題解決に向けて動き始めている中、企業はどのような取り組みを行なっているのだろうか。第二部では、市山院長と企業の人事担当が各職場の制度についてトークを繰り広げた。

13年から不妊治療に関する支援制度をいち早く取り入れたエムティーアイ。その経緯を人事部長、岩渕由希さんはこう話す。「きっかけは不妊治療を行なっていた女性社員から、仕事との両立に苦しみ、休職するか退職するかという相談を受けたことです。彼女は有給やフレックス制度を使いながら通院していたのですが、通院中に仕事の連絡が入ったり、休んだ分のリカバーを行ったりする中でストレスが重なっていたようです。身体の不調と心の負担が仕事のパフォーマンスにも影響したといいます。そこで経営陣と話をし、今後社員の平均年齢が上がることを視野に入れて、不妊治療のための休職制度『チャイルドプラン』がスタートしました」

23年にダイバーシティ方針を打ち出したSTORESは昨年、女性管理職比率を30年までに40%にする目標を掲げた。不妊治療のための支援制度については現在検討中だ。

人事企画グループの高橋真寿美さんは「弊社では『Fun for Family』という福利厚生があり、パートナーや家族一人当たりに対して年5日の有給休暇が取得できます。昨年から開始したダイバーシティ方針とは、多様な働き方をする上で壁となっている部分を福利厚生で補っていくという考え方です。不妊治療もそのひとつですし、障がいをもっている人、介護が必要な人、ひとりで生きていくと決めた人、とそれぞれのライフスタイルに合わせて柔軟に制度を選択できるよう、福利厚生全体のあり方を検討しているところです」と話す。STORESでは今後、結婚祝いや出産祝いと同様に不妊治療に対しても費用面での補助を検討しているという。

2社に共通しているのは、不妊治療に対する制度をつくることが、会社からの応援メッセージになると考えている点だ。

「多くの企業が社員の不妊治療に対する実態を認識していない中、エムティーアイやSTORESのような企業の取り組みは励みになります。日本ではもともと性をタブー視する文化が根強いです。学校での性教育に関しても、まだまだ『はどめ規定』の影響は強く、中学1年間での性教育の時間は平均3時間程度とも報告されています。海外に比べて、十分とは言い難い状況です。しかし22年に不妊治療の保険適用が拡大されたことで、社会全体に関心が高まってきている実感はあります。業界全体に追い風が吹いている中、就労と両立に対して我々医療者が貢献できることはまだまだ多いです。たとえば両立の障壁として、治療や家族計画の可視化が不十分であること、パートナーと適切に情報共有ができていないことが挙げられます。私のクリニックでは、あらかじめ子どもができるまでのロードマップを敷き、カップルの進む方向と時間軸を可視化しています。さらにスライドコンテンツを用いての病態説明や、アプリ上で診療内容を振り返るようにできるなど工夫し、カップルそろって理解と納得の上に良い選択をしていただけるよう努めています」と市山院長。

全国で行われている体外受精は年間およそ50万件。国や企業も少しずつ現実に目を向け始め、動き出している。女性が仕事と出産を両立するために、社会全体が関心をもって協力する姿勢が求められている。

トーチクリニック
https://www.torch.clinic/

text: Junko Kubodera

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