「妊娠は待てと言われました」オリンピックに挑戦する女性選手が直面する問題とは?

Society & Business 2024.08.06

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妊娠中に2度、アメリカ選手権に出場したアリシア・ジョンソン=モンターニョ。(写真は2017年)photography: Getty Images via AFP

妊娠中の選手の地位は改善されつつあるとはいえ、ハイレベルなスポーツ選手にとって子どもを作ることはいまなお挑戦であることに変わりはない。

2023年10月、ル・アーヴル。単胴艇ロクシターヌ・アン・プロヴァンスは追い風が吹くのを待っている。マルティニク島を目指すトランザット・ジャック・ヴァブル・ヨットレースが間もなくスタートするタイミングだ。船の甲板と帆には、回復力を象徴するカレープラントの花が描かれている。過酷な環境で力を発揮し、摘花された後でも萎れないことで知られる花だ。これがクラリス・クレメールと、ペアを組むイギリス人のアラン・ロバーツのヨットだ(取材後、ふたりは11月20日にレースを完走し、9位入賞を果たした)。2023年トランザット・ジャック・ヴァブル・ヨットレースに臨むふたりのスローガンは「Race for Equity(男女平等のために走破する)」。無寄港で世界一周を目指すヴァンデ・グローブ・ヨットレースで2021年に女子ベスト記録を打ち立て、2024年に同レース再出場を目指していたヨット界のチャンピオンは、スポンサーを失うという困難な時期を乗り越え、新しいページをめくろうとしている。彼女を選考から外した理由について、スポンサーは1年間に複数のレースに出場していることを条件とする、スキッパーに適用される新たな選考ルールを引き合いに出した。これは妊娠、出産を経験した選手ークラリスもそのひとりだったーを排除するルールに他ならない。「21世紀に、このようなルールが平等だなどと言われて、誰が納得するでしょう?そのうち女性出場選手が少ないと嘆くことになるのは目に見えている」とクラリスはフェイスブックに投稿していた。

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妊娠というタブー

過酷なレースのスタートを控え、彼女は正当な怒りを表明したこの時期のことを振り返る。SNSでは彼女を支持する声だけでなく非難する声も上がった。「出産は、多くの業界でもそうですが、まだ解決されていない問題です。1970年代にようやく徐々に女性にも門戸が開かれるようになったヨットレースの世界では、とりわけ対応が遅れています。公式メッセージでは、女性に開かれたインクルーシブなレースと謳われていますが、妊娠のような女性選手に特有の事情を考慮に入れるために本当に必要なことはほとんど何もなされていません」。チームメイトたちに子どもを作りたいと伝えたとき、クラリスは31歳だった。「私たちの競技はとくに不確かさと向き合う競技です。それなのに妊娠という不確実性は他のこととは違うのだと、すぐに思い知らされました」。彼女は母親になる準備を整えていたこの時期に味わった苦々しさを今でも忘れていない。「妊娠は待てと言われました。でも、妊娠率は35歳を過ぎたら低下し始めることは知っていました。私は船乗りです。どんな逆境にも立ち向かう覚悟はあります。でも、妊娠しているという理由でチームを失うのはとても辛い出来事でした」

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記録保持者のクラリスがレース出場を断念するという事態に、ついに上層部も動き出し、スポーツ担当相から電話を受けたフランスヨット連盟代表が遺憾の意を表明するに至った。ヴァンデ・グローブ委員会は2028年に選手の出産・育児を考慮に入れた新しいルールを制定すると発表した。もはや女子スポーツはマイナーなものではない。まだ遠い道のりではあるが、複数の競技で給与格差の是正に向けた取り組みが始まっており(アメリカのサッカー、テニスの世界大会など)、大金を稼ぐ女子選手もいる(テニス選手の大阪なおみの2022年の年収は5100ドル。キリアン・ムバペは4800万ドルだった)。いまや女子スポーツは金になるビジネスでもある。2023年8月、FIFA会長ジャンニ・インファンティーノはサッカー女子ワールドカップの売上高が5億7000万ドルに上ったと誇らしげに発表した。

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ヨットレーサーのクラリス・クレメールは出産後にスポンサーを失った。photography: HUIT PASCAL/PRESSE SPORTS

また、加害者が処罰されることなく、長期間にわたって性差別や性暴力に晒されていた女性スポーツ選手が被害を告発するケースも出てきている。2018年にはアメリカ体操連盟専属医師のラリー・ナサールに対する訴訟がメディアで大きく報道され、2020年にはフィギュアスケート選手のサラ・アビトボルの告発本『かくも長き沈黙』が出版され、波紋を呼んだ。こうした勇気づけられる動きも見られるものの、変革の波は女性強化選手の妊娠という問題にまでは及んでいないようだ。サッカーフランス女子代表のアメル・マジュリは、W杯準備のためにチームが集合したクレールフォンテーヌの練習場に代表選手として初めて赤ちゃんを同伴し話題になったが、いまも多くの先駆者たちが困難に直面していることに変わりはない。2021年にスポーツ省直轄の研究グループが実施した調査によると、回答した女性アスリートの61,6%が現役期間に母親になることは難しいと考えている。

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陸上選手アリソン・フェリックスはスポンサーから提示された契約料70%減額の撤回を求めて奮闘しなければならなかった。photography: Ashley Landis/AP

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いまだに障害

女性陸上史上最多獲得タイトル数を誇るアメリカ人短距離選手のアリソン・フェリックスでさえ、スポーツ選手にとって妊娠検査で陽性結果が出ることは「死神にキス」するに等しいと語っていた。「オリンピックで6回、世界選手権で16回優勝した世界記録保持者の選手にとって、妊娠のようなごく自然な出来事によって選手としてのキャリアが絶たれるなど、どうすれば納得できるでしょう?」TedXカンファレンスで彼女はそう問い掛けていた。スプリンターはスポンサーであるナイキから契約料70%の減額を提示されていたが、選手側からの猛烈な抗議に直面して、スポンサーは結局譲歩せざるを得なくなった。長年バスケットボールフランス代表チームのセンターを務めたイザベル・ヤクブは、移籍先のイタリアリーグで給与の支払いを保留されクラブにいられなくなったとき、「すべてからゼロへ」突き落とされたような気持ちだったという。アイスランドのサッカー選手サラ・ビヨルク・グンナルスドッティルも同様の目に遭っている。彼女は産休を取得する権利があるにもかかわらず、当時在籍していたオランピック・リヨネに給与を減額され、FIFAの紛争解決室に訴えていた。現在ユベントスで活躍するミッドフィルダーは訴えが認められたと昨年春に公表した。実際に女子サッカーでは、2021年以降、全てのクラブに「最低14週間、うち8週間は産後」に取得できる産休制度を設け、その間「契約で定められた給与の最低3分の2」を支払う義務が課せられている。

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フランス人バスケットボール選手のイザベル・ヤクブ。イタリアのクラブ在籍中に妊娠し、ある日突然、給与が支払われなくなった。photography: MERIMEE PIERRE

彼女は当時「産休の取得は私に与えられた権利のひとつです。これは争う余地のないことです。たとえリヨンのような大きなクラブであっても」と綴っていた。「出産はいまだに選手の人生に立ちはだかる障害のひとつです。通常、選手たちは自分が所属するクラブや競技連盟やスポンサーと話し合いを始めるためにも、自分が携わるスポーツにおいて、確固たる地位を確保し、自らの正当性が認められることを期待しています。といっても必ずしも順調に事態が進展しているわけでありません」と、スポーツにおける平等とジェンダーを専門とするコンサルタントで、複数の競技連盟の相談役を務めるマリーヌ・ロムザンは説明する。FIFAが女子選手の待遇改善に着手する2年前の2019年、フランス代表選手のアマンディーヌ・アンリは週刊誌『ガラ』のインタビューで、次のようなジレンマについて語っていた。「私たちはみんなママになりたいと思っています。でも、そのためには1年間サッカーをやめなければならない。その上、長く競技から離れて、その後でハイレベルな選手活動に戻れるとは限らないという難しさもあります」。ロムザンによれば、女子スポーツが普及した今でも、妊娠という問題が解決されていないのは不思議なことではないという。「歴史的に見て、プロスポーツは男性たちによって、男性たちのために作られたものです。女性がスポーツ界に位置を占めるようになったのは非常に最近で、19世紀になってから。当初、医師たちは女性がスポーツを行うなどけしからんと糾弾し、とくに生殖医療の面でのリスクを挙げつらねました。女性たちは自らの身体との関係を「男性化」することで、少しずつスポーツの世界に進出して行きました。高度なパフォーマンスや速さを競うためには身体は鍛える必要がありますが、その一方で「女性らしくあれ」という矛盾した価値観も押し付けられていましたから、メイクもし、ヘアも整えなければなりません...。それなのに妊娠はだめ。なぜなら完全にスポーツの枠から外れる。妊娠した選手は生産性と真逆であり、お金がかかるというわけです」

パフォーマンスはハイレベルなスポーツ選手が常に意識していることだが、産休から復帰した選手たちにとっては特にそうだ。どんな職業でも同じだが、自分が第一線のレベルにあることを証明し、チームや競技連盟やスポンサーのためにも、できるだけ早く再び表彰台に立ってみせなければならない。ボクシングのエステル・モスリーや、円盤投げのメリナ・ロベール=ミション、フェンシングのセシリア・ベルデールはそういった意味で模範を示した。柔道のクラリス・アグベニェヌは2023年に世界チャンピオン6冠を果たしたとき、この勝利は「母性の味。母乳のように、味わい深くて、甘くて、軽やか」と語っていた。こうしたアスリートたちはみな、セリーナ・ウィリアムズ流の「women do it all」のイメージを体現している。セリーナは『ヴォーグ』に寄稿した手記で「テニスか出産のどちらかを選択するようなことはすべきではない。そういう考え方はフェアではない。もし私が男だったら、こんなことを書く必要さえない」と言明していた。妊娠2ヶ月目でウィンブルドンを制した彼女は第一子出産の数ヶ月後に世界ランキング10位に返り咲いた。

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産後いじめ

出産から復帰後にスターティングメンバーから外されたと感じている女性たちも多い。カタルーニャのサッカー選手マルタ・コレデラも実際に経験した。昨年10月、困難な妊娠期間を経て、産休から復帰した彼女を見舞った出来事について、日刊紙『エル・ペリオディコ』のインタビューで彼女は次のように振り返った。「普段の練習に参加することができないからと、何をしろというのか、午後は女子チームの手伝いをするように言われ、契約を履行するために夜の7時から9時までそこにいるようにと言われました。ショックでした。私はプロの選手として契約を交わしているのに...。当時、最も筋違いだと感じたのは、チームから外されてユースチームに送られたことでした。論理的ではないし、倫理的でもないと思います」。

ときには災難が後になって降りかかることもある。カナダ人バスケット選手のキム・ゴーシェは妊娠したとき37歳だった。「ずっと母親になりたいと思っていましたが、子供を作る決意をしたのは、キャリアの最終段階を迎えたときでした。世界選手権の後に妊娠すれば、準備万端でオリンピックに臨めるだろうと考えていました。でも妊娠は厳密な科学ではありません。チームは全面的にサポートしてくれました。そのことがトレーニングに復帰する励みになりました」。話がややこしくなったのは、コロナ禍の最中での開催となった東京オリンピックに登録する代表メンバーに彼女が志願したときだ。オリンピック委員会は選手が赤ちゃんを伴ってオリンピックに参加することは認められないと回答した。彼女は授乳かオリンピック出場か、選択を迫られることになった。

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東京オリンピックへの出場が危ぶまれたキム ・ゴーシェ。オリンピック委員会は当初、赤ちゃん同伴の参加を認めなかった。photography: SP

「精神的負担は大変なものでした。オリンピックに向けて準備をしなけばならないのに。私が家を空ける28日分の母乳をストックしておくことは不可能でしたし、母乳を空輸で送ろうにも、飛行機も減便されていて無理でした。解決策がなくて絶望的な気持ちになりました。手紙をたくさん書いて、世界中の人たちに訴えました。家族も抗議してくれました。こうした騒動を経て、ようやくオリンピック委員会も折れて、チームがパートナーと娘の滞在費を払ってくれることになりました」。プロスポーツ界全体が一丸となって取り組む必要があると彼女は言う。「長期的視野に立って考えなければなりません。妊娠は怪我とは違います。より強靭な身体で、自分の競技に対するより強い愛を持って戻ってくるための機会なのです」。2020年春、ナントのハンドボールクラブでスキャンダルが起きた。血液検査の際に、事前に通知もなく、自動的に妊娠検査が行われていたことが明らかになったのだ。

「スポーツ選手であろうとなかろうと、他の選手や女性が2度と職場でこのような目に遭うことがないよう、関係者全員が自覚を持ってほしいと思います」と選手たちは公開書簡で述べていた。嘆かわしい出来事だったとベアトリス・バルビュスは振り返る。スポーツ社会学者で『スポーツにおける性差別』(アナモザ出版)の著者である彼女はフランスハンドボール連盟副会長でもある。「残念ながら、クラブ内で起きていることは私たちの管轄ではありません。それでも私たちはハンドボールがより立派な競技となるよう務めています」。ハンドボールはスポーツ界で最初に出産の問題に正面から取り組み始めた競技のひとつだ。2021年には給与が全額支払われる1年間の産休制度を盛り込んだ集団協定が締結された。「数日前にフランス代表チームに会いました。チームには様々な世代のメンバーがいます。これまで歩んできた道のりを実感しました。今の選手たちは妊娠がブレーキになるとは考えていません...」と競技連盟副会長は興奮した面持ちで話す。連盟では女性選手のキャリアのノーマライゼーション実現を目指す一方で、道を逸脱しないよう注意してもいる。「選手にとって、妊娠することがノーマルであるという押し付けになってもいけません」

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出産後、サッカー選手のサラ・ビヨルク・グンナルスドッティルは給与減額の撤回を求めて奮闘しなければならなかった。photography: Puma

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小さな一歩

2023年6月、スポーツ担当相のアメリー・ウデア=カステラが、スポーツ省で近々強化選手の出産問題について検討すると発言し、クラリス・クレメールの一件は新たな展開を迎えた。その数ヶ月後、私たちの取材に対してスポーツ省事務局は「政令により、2024年1月から、妊娠・出産した強化選手についてはリストへの登録期間が1年から2年に延長されます。パフォーマンスやランキングに影響が出た場合の保障を強化するためです」と返答した。「近日中に専門家委員会が設置されることになっています。トレーニングへの復帰、授乳、移動など、出産に関わる手続きや準備の面で、選手がより適切なサポートを受けられるよう競技連盟を支援するのが目的です。2024年第2四半期には、フランス全土に配置される担当スタッフの一覧表が利用者に公開されます。2024年第1四半期には、競技連盟に登録する医療スタッフを総動員したプライマリ・ケアのネットワークが整備されます」。行政主導の措置というレベルを超えて、スポーツ界で本物の文化変革が起きるかどうか、それが分かるのはこれからだ。

出産問題で奔走するスポーツ省

2022年1月、女性選手たちの要求に応えて、スポーツ省は「ハイレベルスポーツと出産の両立は可能です」と題された、あらゆる競技の強化選手候補、そしてハイレベルなプロの審判やトレーナーに向けたガイドを発行した。その目的は、バースプランの立て方を指導し、子どもを持つ・持たないの選択をする際のアドバイスを提供すること。そして、選手たちが出産に対して抱く不安を払拭し、落とし穴を回避するためのアドバイスやサポート手段、さらには選手たちの権利について情報を提供すること。このガイドには近々、「運動とスポーツ/アダプテッド・スポーツと子宮内膜症」と題された4ページが追加される。これも女性選手たちにより多くの情報を提供するためだ。2023年6月5日に開催されたスポーツ関連雇用・職業グルネル会議で、スポーツ相は技術指導スタッフや審判など、女性従事者が少ない職業での女性の地位改善を目指した議定書の実施を通知した(2020年にプロスポーツの審判で女性の占める割合は38%、2021年にスポーツ関連学位を取得した女性は全体の39%)。

「ハイレベルスポーツと出産は両立可能です」sports.gouv.fr

text: Anne-Laure Pineau (madame.lefigaro.fr)

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