職人を再評価し、育成する、ラグジュアリーブランドの試み。

Society & Business 2024.11.20

人間はやがてAIに一部の仕事を奪われるかもしれない。そんな時代だからこそ「職人」という存在が魅力的に映る。仕事のスキルと生きるスキルの間で、彼らはこれまでとは違う暮らし方、時間との関わりを体現している。


フランスが国をあげて職人のイメージアップを図る。

職人に光を再び灯そうとしている場所を訪れ、人々は目を輝かせる。あらゆる階層の人があらゆる場所からますます集まり、どんな魔法が働いているのかを見て、触れて、理解しようとする。

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le19Mにある工房のひとつ、ルサージュのテキスタイルのアトリエ。Vue de l'atelier de création textile de Lesage © le19M × Camille Brasselet

シャネルによるle19M(ル ナインティーンエム)。

名前に含まれるイニシャルが象徴する通り、さまざまな職人の世界が交差する文化複合施設だ。そびえ立つ建物が大聖堂のように感じられるのは無理もない。パリ郊外、オーべルヴィリエ市との境の19区に立つ、建築家ルディ・リチョッティによるガラスの建物は、メタリックな網目に覆われ、ツイードを連想させる。ここにはシャネルが擁する12の工房、Lesage(ルサージュ)、Goossens(ゴッサンス)、Maison Michel(メゾン・ミッシェル)、Massaro(マサロ)などが集約され、700人以上の職人が集まっている。同時にここはものを作るという文化の奥深さや広がり、卓越性、精密さを知ってもらうための場所でもある。

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メキシコのファッションデザイナー、カルラ・フェルナンデスの作品展示。Carla Fernández. L'avenir fait main © Elea - Jeanne Schmitter

2023年の取材時、陽が明るく差し込む大ホールは活気づいていた。大きな木製テーブルが何台も並べられ、メキシコのファッションデザイナー、カルラ・フェルナンデスの作品をテーマにしたワークショップが行われている。デザイナー本人もいる。またメキシコの古い部族出身の職人、フェリペ・ホルタと木のお面を彫るワークショップも開催されていた。何世紀も前からの伝承技術を持つ職人は、自らを「黒檀の彫刻師」と名乗っている。さらに奥では幅広い年齢やスタイルの観客が、カルラ・フェルナンデスの植物織物、撥水性のヤシの葉や樹皮の服、コショウの房の帽子などに目を見張っていた。

素材を知り尽くすということがどういうことか、全国から訪れた中高生の目にも明らかだった。見学する生徒の中には、貧困率の高い地域に住む子どももいる。ここで子どもたちは週によってタッセル作りなどに挑戦し、あるいは静まりかえった工房に唯一響くカギ針やハサミの金属音という、初めて耳にするBGMに驚く。「刺繍職人? そんな仕事があることすら知らなかった」と生徒のひとりは率直な感想を口にした。だが、きっとほかの生徒同様、この子も帰るまでにはインターンシップを申し込むのだろう。

「半年で4万人が訪れ、ワークショップは本格的なプログラムに発展しました」とギャラリースペースのゼネラルマネージャー、カミーユ・ユタンは胸を張る。職人志望者を増やすのがこのギャラリーの目的だ。

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写真家JRによるワークショップの様子。Atelier JR × Montex © Elea - Jeanne Schmitter

数m離れた所では、写真家のJRが発案したワークショップが行われていた。来場者は自分の手を布にプリントし、そこにビーズやストーンを縫いつける。手伝ってくれるのはフェズ刺繍やカギ針編みなどの専門職人だ。完成した作品はデジタル化して防水シートに転写され、修復工事中のパリのオペラ座ガルニエ宮を覆うシートになった。

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職人の引退とともに匠の技が消える危機感。

時代に痕跡を残すものづくり。作り手の果たす役割を語り、どんな創作活動も手で作り出されたものであることを意識する。長年、サービス産業と比べて軽視されてきた職人の世界がここ2、3年、急に注目を浴びるようになった。AIやIT産業、ロボット産業の爆発的な成長で、やがては職人芸などなくなってしまう時代が来るかもしれないのに。"ハサミムーブメント"と呼べそうなこの現象に、真っ先に気付いたのがラグジュアリーブランドだったのには複合的な要因がある。この分野が急成長したこと。一方で、特定の年代の職人が一斉に引退時期を迎えていること。職人のニーズが高まって強化しなければいけない時に、昔から引き継がれたサヴォワールフェール(匠の技)が職人の引退とともに消え去ってしまう。危機感を覚えたラグジュアリー産業は行動を起こす必要に駆られた。人々から忘れ去られ、もはやどんな社会階級からも出世に繋がるとみなされなくなった職業をどうすればイメージアップできるのか。それには先を見通す力と知恵が必要だ。

そして、コロナ禍で世界が突然停止し、その脆弱性が露呈した。これをきっかけに、それまで抑圧されて埋もれていた願望、別の働き方や生き方への憧れが出現した。

「パンデミックにより、デジタル化されてスピードアップしたネット社会に誰もが階層を問わず直面しました。その結果、もっと違う時間の流れや人生の意味を求める動きが出てきたのです」とフランス文化省直属の機関であるモビリエ・ナショナルの開発ディレクター、ロイック・チュルパンは言う。「私たちのところに、すぐに完成するものはありません。製作に必要な時間は、昨今横行する性急さとは対立的な概念なのです」。彼の見解によれば、職人への転職希望者がかつてなく増えたのは偶然ではない。いまでは見習い希望者の80%が転職者で占められている。「過度のグローバリゼーションと抽象化に向かう世界に対抗するかのように、地元に根ざした具体的で本物の匠の技が求められているのです」

フランス各地の伝統産業を守る文化的政策。

「足元を固める」「錨を下ろす」といった表現は、世界の狂気に直面した人々に新しい指針が必要なことを示唆している。その際の基軸は「いま」と「ここ」だ。コルベール委員会のベネディクト・エピネ総代表が事務所に掲げている地図を見れば、そのことが理解できる。「職人技は地方に根ざしていることが忘れられていたようです。ナント、アンジェ、ショレの周辺は一大ファッション産地です。リヨン周辺は宝飾と絹織物の産地。フランス北部のウール県では世界の香水瓶の70%が作られています」

リマ・アブドゥル=マラク文化大臣と、オリヴィア・グレゴワール中小企業・貿易・工芸・観光担当大臣による2023年5月の政府指令にも「フランス各地に点在する産地は雇用創出の場として保護すべきだ」と書かれている。国家戦略計画では2年間で3億4,000万ユーロの助成金を投入し、職人技の価値を高めることになっている。政府指令にもある通り、この分野に関わる企業は6万社(うち80%は個人企業)もあり、年間売上高は190億ユーロに達する。 

「経済的な重要性だけではありません。職人技が地域に根ざし、伝承の役割を果たすことで、私たちは物語や循環、身近な環境へと再び組み込まれます」と言うのは美術史家でエッセイストのマルク・バヤールだ。『Slow-Made』(Les Influences刊)の著者でもある。「職人技はストーリーに回帰することによってものの由来を語り、連鎖の中に私たちを再び引き入れます。この回帰がまさしく文明なのです」

AIではできない、職人の手の知性と才能。

エルメスのコンプライアンス、組織開発担当 エグゼクティブ・バイスプレジデント兼エルメス財団理事長であるオリヴィエ・フルニエが状況を要約してくれた。「いま職人技に人々が魅かれるのは、非人間的な世界の中で人間性が強く求められているからです。ひとつのものの美しさは私たちに再び魔法をかけてくれます。そして自分たちで何かを成し遂げた、同時に他者とともに成し遂げたという誇りを育んでくれます。アトリエでは4つの作業台がひとつの島になっています。ひとりのベテラン職人が3人の後輩の面倒を見ているのです。前進するためには互いに助け合う必要があることにすぐ気付きます。助けてもらえることこそ、人間である証なのです」。AIがまだ到達できていないのはまさしくこの点ではないだろうか。すなわち複数が力を合わせてユニークな問題解決にいたる能力だ。「エルメスでは、たとえばシルクツイルの品質管理チェックにしても、まだ自動化できていません。機械は、職人が手で感じて見ることを見逃してしまいます。人間のミスから素晴らしい結果が生まれることも稀ではありません。傑作が生まれることさえあります。機械はミスを犯さない。それが機械の最大の限界かもしれません」 

LVMHのメティエ・デクセランス・ディレクター、アレクサンドル・ボケルも同意見だ。「手の知性は疑うことであり、人間の思考のデカルト的基盤です。それは色合いや革のカットの選択に待ったをかけられる職人の力量です。ChatGPTが決して持たないであろうこと、それは神経を張り巡らせた人間の直感、感覚、美的センスです。職人はレシピをそのまま繰り返しているのではありません。その都度、必要に応じて明日求められるものや、これから投げかけられる問いを予見するのです」

職人はまた、サヴォワールフェールを伝承し、ものを大事に、長く使うことを伝える人でもある。資源を節約する新しいやり方は創造と修理のエコロジーをもたらす。

「我々には職人と彼らの才能が必要です。新しい完璧なものだけに美が宿るのではないということを人々に知らしめるために」とコルベール委員会のベネディクト・エピネ総代表は語った。 

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LVMHグループが示す、職人というキャリア選択。 

仕事の魅力を語り、新たな成功モデルを提示し、閉塞感を抱えている人の視野を広げる。それによって人生が変わる可能性がある。ラグジュアリーブランドは職人の世界の再評価に懸命に取り組み、素晴らしいプログラムを考案している。そこにはこんな思いが反映されている。「個人として、集団として、私たちはどうしたいのか?」「社会を変えるにはどうすればいいのか?」

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中学校で職人の仕事に触れる機会を与えるプログラム「エクセレント!」。©️Andrea Riaz Fumagalli

LVMHグループでは、若者が職人の世界に触れる機会を与えるための支援プログラムを大々的にいくつも展開している。そのうちのひとつ、「Excellent!(エクセレント!)」はもともとパリ近郊セーヌ・サンドニ県のふたつの中学校、クリシー・スー・ボワ校とモンフェルメイユ校でおこなわれた進路指導プログラムが全国に広がったものだ。

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パリで行われた「ユー・アンド・ミー」の会場で、ディオールやモエ・エ・シャンドンの職人技を体験。©️Odieux Body

さらにフランスとイタリアで毎年「You and ME(ユー・アンド・ミー)」巡回イベントを行っている。これは同グループの雇用地域に近いいくつかの都市で、ME(=Métiers d'Excellence/メティエ・デクセランス)、要はものづくりの仕事を紹介するキャリアガイダンス採用フェアのようなものだ。

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アンスティチュ・デ・メティエ・デクセランスで、ロロ・ピアーナの技術を学ぶ生徒たち。©️Lorenzo Camocardi

2014年以来、職業技能を学ぶ「Institut des métiers d'excellence(アンスティチュ・デ・メティエ・デクセランス)」は、7カ国で2000人以上を養成、現在も毎年400人以上が同校で学んでいる。また「Virtuoses(ヴィルチュオーズ=匠)」プログラムは、革職人、宝石職人、ワイン職人、パタンナーなど、これまで陰の存在だった職人のロールモデルをクローズアップする。

職人技を次世代に伝える、エルメスのプログラム。

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小中学生が12回のレッスンでひとつの作品を作る「マニュファクト」プログラム。© Benoît Teillet / Fondation d'entreprise Hermès.

2016年にエルメス財団が教育委員会の協力を得てパリで始めた壮大な「Manufacto(マニュファクト)」プログラムでは、エルメスの職人や職人組合「Compagnons du Devoir(コンパニオン・デュ・ドゥヴォワール)」の指導のもと、小学生から中学生までが12回のレッスンでひとつの作品を作る。専用道具キットも開発された。エルメスのオリヴィエ・フルニエは、「これまで抽象的な科目でばかり評価され、落ちこぼれることもあった子どもたちの中にも可能性を秘めた子がいます。ZEP(Zone d'éducation prioritaire=教育支援が必要な地区)に指定されているパリ19区のルオー中学校最終学年のある生徒は、国立工芸学校のエコール・ブールに入学する夢ができたと語ってくれました」と言う。現在同プログラムは75の教育機関で78のクラスを展開し、1900人以上の生徒に機会を提供している。

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パリ郊外パンタンにある、エルメス サヴォワールフェールの学校での様子。photography: Alfredo Piola

さらにエルメスは革のスペシャリストとして独自のCFA(見習い訓練センター)、「École Hermès des savoir-faire(エルメス サヴォワールフェールの学校)」を有し、ここでは国家資格の皮革製品CAP(職業適性証)を取得可能だ。オリヴィエ・フルニエは「現在、CAPが取得できるコースを裁断や縫製にも広げることにしています。将来的には職業バカロレアの取得までいきたい」と考えているそうだ。100人以上のエルメスの職人によって訓練され、評価された見習いたち(その80%は女性)は各地域の研修施設に配置され、ここがそのまま地域拠点となる。「研修施設が村にできれば学校も店も不動産業も活気づきます。我々のプロジェクトは大きな変化をもたらすのです」

テクノロジーとの協業で、職人技を未来へ繋げる。

フランス文化省直属の機関、モビリエ・ナショナルも「プチ・モブ」という小学生向けの入門ワークショップを行なっている。さらに「pass culture(パス・キュルチュール)」という、若者が専門工房を見学できるカルチャーパスを発行している。同機関でも絶滅の危機に瀕しているいくつかのマイナーな職人技に関して見習い訓練センターを設けている。

コルベール委員会は、スタートアップの殿堂「Station F(スタシヨン・エフ)」で22年に見本市「Les de(ux) mains du luxe(レ・ドゥ・マン・デュ・リュクス)」を初めて開催した。ベネディクト・エピネ総代表は、「このふたつの分野が今日、いかに共存しているかを示すためのイベントです。クリスタル製造には鉛を25%含有させなければなりません。欧州委員会が鉛の使用を禁止する方向で動いているため、大手メゾンの職人たちは化学知識を駆使して鉛フリーのクリスタルの開発に取り組んでいます。別な分野では、いまやほとんど後継者のいない銀食器製造技術を守るため、クリストフルとパリ国立高等鉱業学校の協力を得て、職人の動作をセンサーで記録し、3Dで再現するデジタルライブラリーを作りました」

3Dシミュレーションソフト、レーザーカッティングツールなど、新しいテクノロジーとの協業から未来の職人技は生み出されていくのだろう。手のインテリジェンスとは、作品の質や感性を保ちつつ、新しいアプローチを統合し、交差させることにある。そもそも神経の可塑性自体、単なるアルゴリズムの問題ではない。

text: Morgan Miel(Madame Figaro)

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