散策が楽しくなる湘南ミニガイド【#04】 古民家で暮らす体験で、茅ヶ崎のローカリズムに触れる。
Travel 2019.07.19
一年を通して爽やかな空気に満ちた湘南エリア。心安らぐ土地だから、人も文化もどこかのんびりとしている。そんな湘南らしさを暮らすように体験できる、特別なスポットをご紹介。
濱時間|茅ヶ崎
1年中賑わいを見せる茅ヶ崎・サザンビーチまで、自転車で5分ほど。爽やかな潮風が届く南湖エリアは、江戸時代に茶屋町として東海道を行く人々が休憩する旅籠があった場所。明治〜大正時代には、海に向けて縦に伸びる南湖商店街ができ、魚市場、八百屋、肉屋、医院などたくさんの商店が開業し、歩いて暮らせる街として栄えたという。その後、東洋一のサナトリウムと呼ばれた「南湖院」を中心に保養地や別荘地として発展し、文化人や富裕層たちが静養に集まってきた場所だ。そんな昔話を、この町に暮らす人たちは皆が誇らしげに語る。年に一度の浜降祭には、町内中に紙垂(しで)が飾られ、地域一丸となって神輿をかつぎ、日の出を目指して海へと向かう。湘南という広いエリアでも、暮らしている人にしか分からない愛着や、それぞれの土地の色がある。そんな、暮らす人だからこそ感じられる特別な風情を体験できる場所が、ひそかに誕生していた。
手入れされた日本庭園。しっとりとした空気感に心安らぐ。
美しい町家風の建物が目を引く。
明治時代より乾物などを扱う商店としてこの地に誕生した「濱田屋」。昭和に入り弁当業を始め、いまや茅ヶ崎を代表する老舗の弁当屋になった。保存料や防腐剤を使わない手作りの弁当は、地元客だけでなく観光客にもファンが多い。そんな老舗の弁当店が、町屋風のファサードをそのままに、かつての調理場兼住居をリノベーション。構想約2年、施工約1年を経て、貸別荘、カフェ、ショップ、貸スペースがひとつになった場所、「濱時間」としてオープンさせた。
左:「濱時間」のカフェには、いつも地元の常連客の姿が。右:ユーカリの葉がゆれる、オープンエアの中庭。タイルの床には、かつての調理場を彷彿とさせる排水溝がそのまま残されている。
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商売と暮らしがひとつだったこの場所はかつて、従業員や客、近所の人などが集い、いつも賑わっていたという。「濱田家」の家に生まれ、祖父母や両親の働く姿を見て育った岩澤さんは、そんな人の賑わいをコミュニケーションの場所として大切に受け継ぎたいと、古くなった建物を取り壊すのではなく新しい場所へと生まれ変わらせた。将来残された子どもたちが何かに使えるようにと見込んで、町家風のこの家を建てた――そんな祖父の言葉は、いつも心の奥にあったという。
左:貸スペースとなった2階部分では、この日はヨガ教室が行われていた。右:プライベートと書かれた札の奥が、貸別荘になっている。
エントランス部分は、“つなぐ”をテーマに古道具や作家ものの食器、着物のリメイク服などが販売されるショップに。その奥のカフェは、かつて調理場だった広い中庭に面していて、開け放たれた窓からここちよい風が入ってくる。2階は畳の大広間で、教室や会合などのための貸スペースに。テラスを抜けるとその奥には、銅板の美しい扉が威風堂々とした佇まいを見せる秘密の空間が用意されている。ここが「濱時間」の真骨頂、暮らす体験ができる家だ。
現在、1日1組の貸別荘として運営するこの場所は、茅ヶ崎市美術館を設計しこの地域を知り尽くす建築家と、地元の木造専門の工務店によるタッグにより、度重なるプラン変更を経てリノベートされた。祖父母が大切に暮らしてきた和の空間を残しながら、光をふんだんに取り入れた設計は、コンパクトで暮らしやすいデザイン。通りの喧騒が届かない庭には、時折、鈴虫が羽を鳴らす穏やかな時間が流れている。使い勝手のいいキッチン、清潔なベッドルーム、余計なものが一切ない削ぎ落とされた部屋に身を置くと、自然と心がシンプルになっていくのがわかる。
大きな窓が心地いい、貸別荘のリビング。
庭のそこここに、メダカも住まうビオトープが。
右:静かで居心地のいいベッドルーム。
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海外生活の経験がある岩澤さんのホストの腕も上々で、この貸別荘にはいま世界中からのゲストがやってきている。外国人客の中には、建築家やデザイナーなどさまざまな職業の人がいて、多くの人の目を通して、茅ヶ崎の違った側面が見えてくるのが面白いと岩澤さんは語る。なかには、この家を気に入って3週間を過ごす家族もいるという。単なるインバウンドで終わらせたくないと、外国人ゲストとの時間が、いつか茅ヶ崎や南湖地域の穏やかな発展に繋がればという思いも沸いてくるという。
左:趣のある和室部分は、そのまま残された。右:貸し家には、夕涼みできそうな場所がたくさん。
カフェには本業である弁当の新作も陳列されていて、捨てるのがもったいなくなるグラフィカルな弁当包みは、食事の時間をさらに楽しくさせてくれる。カフェの棚には興味深い本の数々とともに、全国から集められたグローサリーも陳列され、調味料やクッキー、ジュース、お茶など、つい立ち止まって見入ってしまう珍しいものが集められている。
左:カフェには、季節の食事メニューのほかスイーツ類も並ぶ。ガトーショコラ(アイス付き)¥530、茅ヶ崎ブレンドコーヒー¥430
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子どもたちがはしゃぐ中庭では、近所の常連たちが家で使わなくなった古道具などを持ち込んで、新しい世代に譲るという古道具市も不定期で開催されている。「濱時間」は地域の誇りでもあり、外から来る人にとっては小さな宝物のような存在。ひとりでコーヒーを飲んでいると、「ここのあんみつ、最高なのよ」と声をかけてくれる人がいる。帰り際に、剪定したばかりの香り高いユーカリの束を握らせてくれる店員がいる。絶えず繰り返させる人と人との対話と、素敵なものをシェアしようという地元っ子の心が、特別なこの場所を作っているのかもしれない。
左:東京造形大学を卒業した岩澤さんの友人デザイナーが、パッケージを手がけリニューアルした「濱田屋の幕の内弁当」¥850。日本人で良かったと実感できる、旨味にあふれたお弁当。右::貸別荘のテラスも、気持ちがいい。
神奈川県茅ヶ崎市南湖2-5-5
tel : 0467-37-5190
営)カフェ&ショップ 10時30分〜17時30分
休)月〜水
www.hamajikan.com
※「濱時間・茅ヶ崎の古民家貸別荘」は、1棟1泊¥30,000〜(5名まで)別途清掃費あり。3月〜11月は2泊から。キッチン、洗濯機も完備。詳細はウェブサイトにて確認を。
photos : MAYUKO EBINA, réalisation : MIKI SUKA