<南西フランス・ガスコーニュの古城に、ビュリーの菜園の香りを訪ねて その3> ヴィクトワールが語るシャトーの暮らし、家族の思い出。
Beauty 2023.07.13
オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの新しいオー・トリプルのコレクション<レ・ジャルダン・フランセ・ドゥ・オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー>。この発表の舞台にメゾンのブランドディレクターであるヴィクトワール・ドゥ・タイヤックが選んだのは、フランス南西部ガスコーニュで彼女のファミリーが所有する14世紀建築の館だった。
リビングルーム、プレイルーム、母の寝室……館の中には無数のポートレートが飾られている。プレイルームの壁にはいまの世代のファミリーのポートレートがまとめられている。photo:Officine Universelle Buly Mineun Kim
シャトーがあるのは最寄りの空港から車で1時間強かかる場所。表通りから入った木立の細道をかなり長いこと走ると、突然目の前に塔を備えた館が姿を表す。この日迎えに出たヴィクトワールの髪が濡れていたのは、敷地内の湖でひと泳ぎしていたからだという。家の中で電話が鳴れば、高い天井の空間にまるで昔のダイヤル式の電話のような機械的な音を響かせ……どこか別世界に来たような錯覚に。14世紀に建築を遡るという広大な邸宅だ。祖父が没後、70年代半ばに館を引き継いだ両親が、インテリアを含めて家族的な住まいに変身させた。いまもカーテンや家具の布を彼女のママが新しく変えて……と一家が楽しい時間を過ごす館には歴史はあれど現代時間が流れているのだ。見せびらかすような派手さは皆無で、フレンチ・エレガンスとはこういうことか、と感じさせる優雅さが漂う暮らしがここにある。
左: 17世紀、19世紀に増築された大邸宅。いちばん奥が14世紀建築のもっとも古い棟で、塔には銃眼が備えられている。手前、咲き誇るジャスミンはヴィクトワールとラムダンが結婚した年に植えられた。 右: ガスコーニュ地方の明るい色の石が美しい階段。小さな窓からジャスミンの香りが。photos:Mariko Omura
左: エントランスホール。Wi-Fiボックスがあり、大勢が集まるので椅子が多数! 父も祖父も競馬に関心が深かったことから、馬にまつわる額が壁を飾っている。 中: ホールの床のモザイク。その昔ヴェニスの職人たちがガスコーニュ地方を巡歴して仕事をとっていたことを物語る。 右: リビングルームの床も同様だ。photos:Mariko Omura
庭に面した広い空間は左右に分かれ、ブルーでまとめられているのが夏のリビングルーム(左)、赤でまとめられているのが冬のリビングルーム(中)。18〜19世紀風の壁紙やファブリックが空間に花を咲かせる。小さなテーブルがあちこちに配されているのは、冬場家の中でゲームをして過ごすことからだ。photos:Mariko Omura
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幼い頃からここで過ごしているヴィクトワールには、たくさんの思い出が詰まった場所だ。2010年、ラムダンとのウェディングパーティもここで催した。
「とても楽しかった。世界各地から120名が集まり、食事は家の前にセッティングした長い長い食卓で食器はモロッコのものを使って。食卓の暖炉の上に飾られている静物画にインスパイアされて、マリーエレーヌの友人がフルーツや野菜で食卓を装飾してくれたのよ。とっても綺麗だった。大雨だったけど傘の下で踊って、楽しかったわ。翌日は、湖のほとりでピクニック。帽子をかぶり、モロッコ製のバスケットを持って行って……とても幸せな思い出だわ」
左: ウェディングパーティではこの場所に120名のための長い食卓がセットされた。 中: ウェディングパーティの2日目は、湖のほとりでピクニック。 右: ダイニングルームの静物画。 photos:(左・右)Mariko Omura、(中)Officine Universelle Buly Mineun Kim
母を中心に4女1男、そしてそれぞれの家族のほぼ全員が集まるクリスマスも、毎年の大きな楽しみのひとつ。ダイニングルームに巨大なクリスマスツリーが置かれ、それを飾り付け、「24日の晩、みんながクリスマスツリーの下に靴を置くの。翌朝、素晴らしい朝食が用意され、ツリーの下にはたくさんのクリスマスプレゼントが山をなしていて……。クリスマスプディングをフランベしたりなど、クリスマスにまつわる家族の儀式もいろいろあるのよ。私たち5人がそうだったように、子どもたちは毎年のこの伝統にとても愛着を抱いてるわ。12月24日の晩は全員が美しく着飾って食卓を囲むの。25日のランチは新しい装いで、と楽しいわ」。
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自分たちだけでなく、食卓の装いも欠かせない。代々の銀器、グラス、食器類がテーマに合わせたテーブルセッティングに活用される。クリスマスのテーブルクロスにはツリーのモチーフや、英国的に祝うことから格子のモチーフのこともある。家族全員は揃わないけれど、イースターも大勢が集まって一緒に祝う。この時もテーブルクロスはイースター特有のモチーフのものを用いるそうだ。
左: 20名くらいが食事を一緒にとれるダイニングルーム。クリスマスにはここにツリーが飾られる。 中: 引き出しを開けると、モミの木のモチーフなどたくさんのテーブルクロスが。 右: インド製のテーブルクロスもテーブルセッティングに活躍する。photos:Mariko Omura
この館に集うのは家族ばかりではない。ヴィクトワールの亡き父はパーティ好きで、地元の名士だったことから地方のプロモーションも兼ねて生前よくこの家に多くのゲストを迎えていた。こうした環境に育ったヴィクトワールは実にもてなし上手である。その黄金のルールを聞いてみた。
「やってきた招待客が心地よく感じられることがいちばん大切なこと。受け入れる側はお客様が気持ちよく過ごせるよう、そのウェルビーイングに責任があります。人がしょっちゅう集まる家だったので、そうできるように訓練を受けたといえますね。お招きしたゲストが不機嫌というのは、決してあってはいけないこと。私たちは小さい時から見ているだけではなく、食器を下げたり、サンドイッチを配ったりと両親から仕込まれました。これは私の中に染み付き、決して消え失せることがなく、考えるより先に身体が動いて……。いまは私たちの子どもの世代がそれを学んでいて、自然と受け継がれています。外出制限期間中に長女のシェラザードが親友と一緒にこの家で過ごした時に、時間があったのでお菓子を作ったりしていました。そのサービスをするのに彼女はシルバーのお盆の上に美しいお皿、銀器をセットして……。彼女にはこれが当たり前のことだからなんですね」
左: 姉マリーエレーヌ・ドゥ・タイヤックのジュエリーブランドのシンボルとしておなじみの魚。タイヤック家の紋章が魚で、リビングルームの暖炉にも木彫りされている。 中: アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『三銃士』に登場するポルトスのモデルとなったのは、ヴィクトワールの遠い先祖。そんなことから2階の壁に画家が描いたポルトスが飾られている。書籍あふれる家で、ここで本の匂いにインスパイアされた香りをラムダンはトゥルードンで発表したそうだ。 右: 三銃士がモチーフの陶器はクリスチャン・ディオールの時代のメゾンコレクションから。photos:Mariko Omura
館内、数知れぬほどの部屋があり、ピンク、黄色などそれぞれインテリアの色が部屋の名前となっている。庭に咲く17種のバラが各部屋のインテリアに合わせてブーケにされ、ゲストを迎える。素敵なおもてなしだ。photos:Mariko Omura
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大勢が集まるタイヤック家では、食事はいつもビュッフェ形式だという。食事の準備ができると、鐘が鳴らされる。庭の奥や湖にいても、これを聞くと人々は家に戻ってくるのだ。夏の日中は暑いので、ランチは厚い石の壁のおかげで涼しいダイニングルームでとり、ディナーは夏は外で。冬は常にダイニングルームが食事の場だ。キッチンがあるのは14世紀に建てられた棟の1階にある。
「家の中でもとりわけ美しい空間。青と白の壁、床のタイルは昔からのトメット、そしてピレネーの大理石……。とても機能的で、複数で一緒にお料理できるんですよ」
さてタイヤック家に招かれた人の多くが味わうことになる料理がふたつある。夏も冬も週に一度は登場するというのがジャガイモの重ね焼き。夏の間、2週に一度の割合でビュッフェテーブルに並ぶのは、ナスのケーキだ。
「鴨の脂で焼くジャガイモ料理は祖父の時代の料理人のレシピからです。その次の料理人はイタリア人だったけれど、彼女もこれを作ってくれて……いまは畑の世話も含め家事全般をお願いしている女性が代々のレシピで作ってくれています。ナスのケーキは母が70年代に暮らしたベイルートで覚えた料理で、私たち、これが大好き! 彼女が出版した料理本にも載っています」
左: 広々としたキッチン。ブルーと白はヴィクトワールの母親の好む色で、彼女がコレクションしている中国の青と白の陶器などがダイニングルームに飾られている。 右: 窓から美しい光が差し込む。暑い日はブルーの鎧戸を閉める。photo:(左)Officine Universelle Buly Mineun Kim、(右)Mariko Omura
左: ディナーのビュッフェ。左から2皿めが、ナスとパンを固めたレバノン料理だ。 右: 手前がジャガイモのケーキ。photos:Mariko Omura
香水の発表をヴィクトワールが行った6月初旬、館のエントランスを覆うように白い花を咲かせていたジャスミンからは芳香が放たれていた。あと1週間もすると、館にいたる緑の道をヒペリカムが黄色い花で満たす、といってヴィクトワールが笑顔を見せた。夏になれば庭に面したキッチンの扉の左右に、青いプルンバーゴが咲き……そして畑を満たすのは大地の贈り物! 広い敷地の緑の中では、姿は見せないけれど狐、小鹿たちが涼んでいるのだろう。
左: 家事担当の女性の飼い犬たちがのびのびと駆け巡る。 中: 救われた野生イノシシが裏庭の小屋に暮らしている。 右: こんな美しい馬も姿を見せた。photos:Mariko Omura
editing: Mariko Omura