【最果タヒ|エッセイ】なんで買うのと言われても

Beauty 2023.12.15

文:最果タヒ/詩人

なんでそんなものにそんなお金をかけるんですか? と言われると途方もなく悲しくなる。どんなものでも。それが服の人もいるし、化粧品の人もいるし、車の人もいるし、スマホやパソコンや、オーディオ機器の人もいる。とにかく、「私ならそんな高いものは買いません」と言われる時の、自分が自分のために選んだというだけの「閉じた幸福な世界」をよその人に踏み荒らされるさみしさは途方もなく、なんでこの人は「私なら」なんて言えるのだろうと考えてしまう。あなたは他人なのだ。どんなに仮定で「私なら」と言葉では言えても、それでも私がその選択をするまでの人生や理想やさみしさ全てを想像することはできない。私にとって絶対に必要なものは、私にとっての価値だけで十分で、他の誰かに「いい買い物ですね」と言われたいとも願っていない。私が私のために頑張るだけで満たされるなんて、本当にわずかな機会なのだから、ただそっとしてほしいだけなのです。

物欲とか浪費とか、そういうものはあまりいい意味に受け止めてもらえなくて、それはきっと「お金」が多くの人にとって共通の価値を持つものとされているから、なんだろうなぁと思う。ただそれでも、他人に対して好きだの嫌いだの思うこととか、仕事や趣味の進捗についてやきもきするのとは違っていて、浪費は、とにかく話が早いのです。買うにはお金は必要だけれど、それでも他人の気持ち次第だったり、自分の頑張り以外の要素も大きく関係することだったりはしない。幸せにしてもらうとか、幸運が降りてくるとか、そういう「幸せ」がもうそもそも、うんざりなんだよ。私は、勝手に幸せになりたいのです。勝手に幸せになっとくんで! と言える権利が欲しいのです。欲しいものがあるって嬉しい。買いたいものがあるって嬉しい。いつか、あのクリームを買おうとか、静かに決意できるのが嬉しい。人生って、案外私一人でも充実しちゃうものなのかもなって気になれるのも楽しいのです。

「贅沢だから買わない」は簡単に出てくる言葉だけど、「贅沢だけど買いたい」は、それこそ、そこまでして欲しいものを見つけられた幸福な人だけが言える言葉であるように思う。私はそんな幸福な人のうちの一人だから、ずっと、私は私の人生を、最高の人生にしていいんだって、当たり前に思っている。誰の許可も取らないで。

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パリのカンボン通り31番地のブティックとアパルトマンを繋ぐ螺旋階段の鏡をイメージした特別なガラスケースに、シャネルのクリエイションや持ち物に由来するサテン質感の12色を組み合わせる、オートクチュールのようなリップが誕生。写真の5番は、アトリエでお針子やモデルが纏っていた朱赤。トランテアン ル ルージュ 全12色 ¥25,300、リフィル¥11,500(店舗限定発売)/シャネル

最果タヒ
詩人
2004年より詩作を始め、07年、第一詩集で中原中也賞、15年に現代詩花椿賞などを受賞。近刊に詩集『不死身のつもりの流れ星』(PARCO出版刊)、最新エッセイ集『恋できみが死なない理由』(河出書房新社刊)ほか、著書多数。
@saihatetahi http://tahi.jp
●問い合わせ先:
シャネル カスタマーケア
0120-525-519(フリーダイヤル)

*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋

photography: Tisch(MARE Inc.)

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