ルーヴル美術館で、絵画とビュリーの香りが競演!―後編―

Beauty 2019.07.19

芸術作品に香りをつけるという画期的なプロジェクトから、タイプの異なる8つの香りが誕生した。その経緯を、前編ではオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの創設者ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック・トゥアミの言葉から紹介した。

本来の香りを最大限に生かすビュリーならではのオー・トリプル(水性香水)をメインに、ブジー・パルフュメ、香りのアラバストル、紙ソープ、香るポストカードとさまざまな楽しみ方の提案がある。絵画の中に香りを求め、あるいは絵画が放つ感動から香りを想像し……各人各様に作品と向かいあって創香した8名の調香師たち。作品にインスパイアされた調香師たちの言葉に耳を傾けてみよう。ルーヴル美術館を、芸術作品と香りという新しい鑑賞法で、次回は歩いてみたいという気にもさせられる。

190716-01.jpg展開のメイン商品は8種のオー・トリプル各150ユーロ

190716-02.jpgヴェネツィア風テラッツォベース入りブジー・パルフュメ(4種/各150ユーロ)、紙ソープ(8種/各20ユーロ)、香るポストカード(8種/各7ユーロ)、そして陶器の小箱に収めた石から香りが広がるルームフレグランスの、香りのアラバストル(8種/各75ユーロ)がブティックで販売されている。

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調香師ダニエラ・アンドリエ(ジボダン社)
ドミニク・アングル作『ヴァルパンソンの浴女』1808年

「ジャワのレモングラスピールで調和されたネロリ。 新鮮なラベンダーとオレンジの花の香りがアイリスとインセンス、パチュリと融合する」

190716-03.jpgフランス・アカデミーの奨学生時代に、アングルがローマから進歩を見せるために送った作品のひとつで、 ポエジーと繊細さがあふれている。アングル初の裸体画の大作とされ、背中向きの裸女は後年の『トルコ風呂』にも見られるように、作者がその後も追求してゆくモチーフだ。原題『La Baigneuse』、リシュリュー翼に展示。

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色、光、テクスチャーを香りに翻訳するのが調香師の仕事と考えるダニエラ。ルーヴルのすべての作品に香りをつけたい! と興奮するほど 、絵画のインスパイアから香りを創るという今回の仕事を気に入った。入浴直前のターバンを巻いた優雅な瞬間。妖艶だが裸といっても慎みのある背中向きの女性は、ダニエラにとって特別なひとりの女性ではなく、あらゆる女性である。「柔らかくミルキーな肌、流れる水、彼女が腰をおろしているシーツの麻……この絵画にはすでに香りがついています。清潔、身づくろい、日が乾かしたシーツを想起させるべく、オレンジの花、ネロリをすぐに思いました。ラベンダーのアプソリュートは、 左側のリッチで仄暗いグリーンのカーテンからです」

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調香師アリエノール・マスネ(シムライズ社)
作者不詳『サモトラケのニケ』紀元前190年頃

「ミルラの神秘的な香りがベルガモットとジャスミンのエッセンスを包み込む。チュベローズに優しく融合するマグノリアとローズ」

190716-05.jpg1884年以来、美術館ドゥノン翼のダリュの階段の踊り場に置かれているヘレニズム時代のギリシャ彫刻の傑作。 『ミロのヴィーナス』『モナ・リザ』とともに、美術館の三大女性像といわれる至宝である。この勝利の女神ニケ像はサモトラケ島の神殿に海戦の勝利の記念として祀られていた作品で、エーゲ海で胴体が、そして後に翼が発見された。ドレープの寄った服の下に身体のラインが感じられる彫刻技術が見事。後年に見つかった手は像の近くで別展示されている。原題『La Victoire de Samothrace』、ドゥノン翼に展示。

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美術館に作品選びにきたアリエノールの心は、階段の上で翼を広げる『サモトラケのニケ』像の持つフェミニティ、力強さに鷲掴みされた。この深い感動を香りにしよう、と思った彼女。インスパイアされたのは地中海のブーケだ。「ローズ、ジャスミン、オレンジの花、少しばかりマグノリアという調合で、クリーミーかつフルーティに。もちろんミネラル、ソルティもプラスし水、海を感じさせ、また彼女は船首に立っていることからシダーウッド、ミルラも加えています。この作品の強さ、それは何と言っても第七天国への飛翔ですね。この素晴らしいプロジェクトに関われ、うれしく思っています」

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調香師アニック・メナルド(シムライズ社)
ロレンツォ・バルトリーニ作『ニンフと蠍』1837年

「ムスクとアーモンドの香りを引き立たせるジャスミンとヘリオトロープのエッセンス」

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190716-08.jpgフランス革命の後、ナポレオン失脚までフランスで学んだイタリア人ロレンツォ・バルトリーニ。 さまざまなスタイルの作品を残しているが、この彫刻はネオクラシックスタイル。女性の身体のよじれた線や、足をおさえる手など観察によるナチュラリズムが感じられる。大理石で表現することが難しいプリーツに、作者が類稀なる技術の持ち主であることがうかがえる。画家アングルと親しかった作者。美術館内にはアングルによる彼の肖像画が飾られている。原題『La Nymphe au Scorpion』、ドゥノン翼に展示。 

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美術館の窓際に、逆光で展示されているこの作品に目を留めたアニック。白さと若さを表現したい、と彼女はアイデアを得た。「入浴後、若いニンフは蠍に噛まれてしまいます。眉間のかすかな線に彼女の痛みが感じとれますね。香りについては、まずなめらかな白い木をすぐに思いました。アルデヒドのノート(マンダリン)、大量のコリアンダーとムスクで若々しさを表現。そして、蠍の毒ということでビターアーモンドを調合しました」

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調香師ドミティル・ミシャロン=ベルティエ(IFF社)
ドミニク・アングル作『グランド・オダリスク』1814年

「インセンスとローズペッパーをふち取る濃厚なムスクの香り」

190716-10.jpgハーレムの高級娼婦を意味するオダリスク。この作品は現在ルーヴル美術館が誇る傑作のひとつであるが、アングルがこの作品を発表したとき古典形式とロマンティックなテーマの折衷様式が批判された。さらに女性の胴の長いプロポーションも足の位置も不自然であると物議をかもしたが、それゆえにエキゾティシズムとエロティシズムが感じられる作品。真珠、サテン布、ベルベット、肌……それらの質感が素晴らしく描かれている。原題『La Grande Odalisque』、ドゥノン翼に展示。

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ドミティルによると、体毛を除去し、香水を多用して、と、この時代の女性は身体の手入れに力を入れていたそうだ。「彼女はあらゆる美しさ、あらゆる美意識の象徴です。この部屋の中に想像できる香りについて、私は考えました。彼女が嗅いでいるだろう香りを創ろう、と。彼女は裸? そう。清潔? おそらく。愛を交わした直後だろうか? わからない……この肌、汗の匂い、官能の香り。足元には香炉が見えるのでインセンスで神秘の香り。多くがスパイシーノートによって表現されています。たとえば、官能をペッパー、カルダモン、シナモンで。パウダリーな香りはライスパウダー、ヘリオトロープ、トンカフェーヴ、バンジョンでというように。肌を感じさせるためにレザーノートも加え、全体をまろやかにまとめて、フェミニティを出しています」

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調香師ドロテー・ピオ(ロベルテ社)
トマス・ゲインズバラ作『庭園での語らい』1745年頃 

「ペパーミントとベルガモット、ローズの円舞」

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190716-13.jpg73×68cmという小さなサイズの作品。17世紀と異なり、18世紀の絵画は プライベートなシーンや、親密さなどがテーマとなり、この作品も描かれているのは庭で語り合うふたりの姿である。画家ゲインズバラ自身と結婚したてのマーガレットのふたりが木陰で会話をする喜びが、作品から感じられる。18世紀の典型的な色使いで、ドレスをはじめとして、デリケートな色調だ。原題『Conversation dans un parc』、ドゥノン翼に展示。

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この作品をなぜ選んだのか。それは描かれてる人物の優しさと爽やかさがあふれる絵画だから、と説明するドロテー。「優雅さ漂う、牧歌的な環境の中のとても優しい光景ですね。彼女が着ているシルクタフタの美しいドレスから、新鮮な開花前のバラの花弁を思いました。かすかに化粧をほどこし、彼女はとても幸せそうな様子。ローズにわずかにムスク、そしてバニラを加えています 。草の中を流れる小川が絵の中に想像でき、フレッシュで繊細、そして牧歌的な香りにしたいとも思いました。新鮮さはベルガモット、植物の存在はペパーミントで表現しています」

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調香師ジャン=クリストフ・エロー(IFF 社)
作者不詳『ミロのヴィーナス』紀元前130〜100年頃

「芳醇なマンダリンと繊細なジャスミン、アンバーとウッディのうっとりするような香りがひとつに」

190716-15.jpg『サモトラケのニケ』とほぼ同時代の作品で、ギリシャ神話に登場する女神アフロディテの像といわれている。当時の彫刻によく見られるように像が上下ふたつの塊で作られているのは、大理石が脆いゆえ。1820年、オスマン帝国統治下のギリシャにて発見された像を、フランスの海軍提督が入手してフランスへ送り、ルーヴルでの展示へといたった。数年前に修復されたばかりなので、きれいな状態で見られる。原題『Vénus de Milo 』、リシュリュー翼に展示。

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ルーヴルの作品を香りに! というビュリーからの提案に、ジャン=クリストフが迷うことなく選んだのは『ミロのヴィーナス』。この作品を含め、ルーヴルの作品の複製を作るアトリエが子ども時代に身近な存在だったという。「とても個性的でフェミニンな彫刻です。 このフェミニティへの賛歌として、ジャスミン、チュベローズ、ガーデニアのブーケで表現しました。生きているような感じが伝わってくる素晴らしい作品です。禁断の果実を食べたかのような新鮮なフルーツのタッチを加えて、生命感を表現しました。ヴィーナスの顔には表情がなくニュートラル。そして大理石は冷たい。この質感を出すためにウッディとアンバーを用いました。誘惑的で、癖になる香りです」

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調香師デルフィーヌ・ルボー(IFF社)
ジャン=オノレ・フラゴナール作『かんぬき』1777年頃

「麝香を焚き染めた豪奢なベッドに広がるユリ」

190716-17.jpgある貴族が特別な場所に飾って友人たちに見せるべく、フラゴナールに依頼したこの作品は、解釈が難解で謎に満ちている。扉の閂に男は手を伸ばし、女性は逃げようとしてるのか、それとも……というシーン。ベッドの中には人間がひとり隠れているようであり、枕は女性のバストのようにも見え、カーテンは男性器のようで……とさまざまな解釈がなされるが、正解はない。原題『Le Verrou』、リシュリュー翼に展示。

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時代や社会階層が異なれど、男女の間にある愛と欲望というタイムレスな面を持つ作品。それを香りで描くのは興味深いと、デルフィーヌはこの作品を選んだ。「暴力なのか愛の行為なのかは興味がありません。この作品の一部にとても美しい光があり、その光に男女が浮き彫りにされています。この作品から受ける感動に私は導かれて調香しました。愛、官能を語らせるのに完璧、とすぐに思ったのはユリの花です。深みがあり、スパイシー、そして明るさがあります。スキャンダルの花。絵の中の女性の黄色いドレスにも通じる花です。ユリの花を現代的なものにするべく、アップルノートを加えました。絵画のテーブルの上にも、リンゴが描かれていますね。この絵の重要な要素であるベルベットのカーテンの陰の面を光とのコントラストとして表現するために、チェスナットを組み合わせました」

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調香師シドニー・ランセッサー(ロベルテ社)
ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール作『大工聖ヨセフ』1640年頃

「ウッドとローズ、バーベナとスギの四重奏」

190716-19.jpg17世紀の有名な画家ながら忘れられ、1930年代に再発見されたラ・トゥール。カラヴァッジオを彷彿させる明暗表現に優れた作家によるこの作品は、ロンドンで1938年に見つけられ、1948年にルーヴル美術館に寄贈された。幼いキリストとその父ヨセフをモチーフにした神聖な雰囲気の絵画の中に、 親子の親密を光が照らし出している。仕事に勤しむ父に神聖さを感じ、涙を流さんばかりの子どものイノセンスが見いだせる。父が穿孔している木材は、キリストの十字架を暗示。 原題『St.Joseph Charpentier』、リシュリュー翼に展示。

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ユニークで素晴らしいプロジェクトに参加できたと喜ぶシドニー。この香りを嗅いで、絵画の世界に入っていってほしいという意図で創香したという。「この作品で好きなのは光と闇のコントラストです。そして心配そうな父とイノセントな子どものコントラストにも心魅かれます。それでクレールオプスキュアな絵画のようにコントラストに満ちた香りを創りたいと、すぐに思いつきました。ウッディな香り。闇を感じさせると同時に光も感じるという。基調となるウッディーな面はシダー、ベチバーで、それにピンクペッパー、インセンス。幼い子どもの無垢な面の表現としてヴェルヴェーヌにオレンジの花とビターアーモンドを加えました。これによって香りに優しさをもたらすことができます」

>>>前編はこちら

オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー ルーヴル美術館
期間:開催中〜2020年1月6日
会場:Musée du Louvre 地下 Allée du Grand Louvre
開)10時〜19時(月、木、土、日) 10時30分〜19時30分(水、金)
休)火、12/25、1/1
www.buly1803.com/jp
www.buly1803.com/fr/109-le-louvre
www.louvre.fr/jp

texte : MARIKO OMURA

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