パリ街歩き、おいしい寄り道。

2020年3月のパリ日記 #04 外出禁止 1週目

3月17日正午から外出禁止の措置が取られているフランス。「パリ街歩き、おいしい寄り道」では番外編として、外出禁止前から現在までのパリについて、日記形式でエッセイ風に綴ります。今回は施行直後の3月20日からの24日まで。
前回までの記事はこちらから>>#01#02#03

[Le jour d'avant et le jour d'après]
-その日の前、そして、後-

3月20日(金)

春分の日。

外出禁止の措置が取られてから、気持ちを晴らす役割を担うのは空、とでもいうかのようにお天気が続いている。

連日、朝晩ゆっくりとヨガをして、夜は新聞や雑誌を持ちこんでゆったりお風呂に入った。
そして朝も、湯船に浸かって、身体をほぐした。

例の「もし咳が出る、熱があるなら、あなたは病気かもしれません。その場合は、家にいてください」のメッセージは、ラジオから1時間に1度流れてきた。
それがとても役に立った。
おかげで、ともかく家にいて、様子を見よう、と落ち着いていられた。
相変わらず私は熱がなく、咳も出ない。寒気を感じることがあったから、2時間おきくらいに熱を測ってみているが、やはり熱はない。
花粉症の季節には毎年お世話になっている、薬草薬局で買う植物エキスとシロップをまめに飲んで、くしゃみは少し回数が減ってきた。
朝は、肩から首にかけてが痛いけれど、湿布の効果で午後になると軽減する。
仕事をする椅子に座るのと、ソファに深く腰かけて身を預けるようにするのがどうにも具合が悪いとわかったので、床に座って、メモをとったり本を読んだりして過ごした。

こんなふうに自分の身体と向き合い、それゆえに、こんな時間の使い方をし始めたら、たった3日しか経っていないのに、おまけに身体は万全じゃないのに、気持ちは充実していた。
何事も無理をせず、少しずつした。

パソコンはほとんど開かなかった。
クリックすると痛みを感じる状態は続いていたので、パソコンでしなければならないことは整理して、必要なことを済ませたら、閉じた。
携帯の画面を見る時の首の角度がこれまた、不都合だった。
本を読む時もしかり。

どれだけ自分がいつも同じ姿勢をとっていて、そしてそれが身体に負担をかけていたのか。おもしろく感じるほどの発見だった。
少なくとも、と発令された外出禁止措置の期間はあと11日だけれど、飲食店に出されている営業停止の通告は4月15日までだ。ルーティンを再開するにしても、まだ時間はある。

これからどんどん発見がありそうな気がした。
そのひとつひとつに向き合って、自分が伸びやかでいられるやり方や時間の使い方を見いだしていけたなら、これまでよりもずっと、しなやかに再出発できちゃうかもしれないなぁ。


マルシェで生産者さんから買った野菜はすでに下処理を全部していたから、しおれることなく生き生きしていたけれど、少し寝かせたほうがいいと言われたお肉は、そろそろ料理したほうがよかった。
屑野菜で出汁をとったり、数日もつ味噌炒めを作ったり、肉を煮込んだりして、この日の午後は台所で過ごした。
高さの問題なのか、動きなのかわからないけれど、台所での作業には肩は痛まなくて、むしろ気持ちがよい。雑巾がけも、問題ない。
身体が動かせることが、ただ単にうれしかったのかもしれない。どちらにしても、台所はすっきりした。
夕飯は食べごろになった牛はらみ肉を焼き、ブレット(不断草)のオリーブオイル炒めとクレソンのサラダ、ジャガイモのローストにした。
お腹が空いていたみたいだ。


20時の拍手はいよいよ参加者が増えてきた印象だった。

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3月21日(土)

朝、お風呂から出て鏡を見ると、吹き出物が目に付いた。
ほっぺにふたつ。左右ひとつずつ。左のほうがちょっと高くて、右は小鼻に近い。
うーむ……身体が毒素を出したがってる気がするなぁ。
考えてみたら、こんなにデトックスをするのに向いている機会はないんじゃなかろうか。
とはいえ、まだ身体が本調子じゃないから、いまはしっかり食べて体調を戻そう。
回復したところで、スープ中心の食生活を1週間くらいしてみようか。
それまでは、朝晩ゆっくりヨガをして、お風呂に入って、じっくり汗をかく。いますでにしていることを続けよう。
身体の中をリセットして、それで肌も綺麗になったらうれしいかぎりだ。

そんなことを思ったら、家も片づけ始めたくなった。
この期間にまず着手しようと思っていた郵便物と、新聞や雑誌の整理にもまだ手をつけていない。
棚の上に重ねた郵便物に目をやりつつも、動くのはやめておくことにした。
自分に向き合っている時は、いいのだ。
ただ、外に目を向ければ、普段感じないことを山ほど感じる状況がいまはある。

この週末は、休もう。

本棚の前に立ち、久々に読み返そうかな、と手に取った『池波正太郎のそうざい料理帖』を片手でパラっと開いたら、「ポテト・フライ」の見出しのページで止まった。
「私にとってビールの肴には、ポテト・フライが、もっとも好ましい。フライド・ポテトではない「ポテト・フライ」である」
途端に、衣のついたポテト・フライが食べたくなった。大好きな章だ。

そのまましばらく、立ち読みをした。
家での「立ち読み」もまた、好きなのだ。

洗濯をして、noteでの連載を更新して、数冊の短編集を読んで、あっという間に1日が過ぎた。

12月にコペンハーゲンで知り合ったフォトグラファーのマヤちゃん (@mayanoue )が、これからサワードウ・ブレッドのオンラインワークショップを展開するブーランジェのお知らせをインスタグラムに出していた。彼女が、全編撮影するのだという。近日中にアップするらしい。
コペンハーゲンは、本当にパンがおいしくて、そのためにまた行きたいくらいなのだ。
いまのこの期間なら、パン種から作る時間も十分にあるし、パンを焼いた匂いが家中に漂うのはどう考えたって幸せだ。
また、新たな楽しみができたなぁ。

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3月22日(日)

相変わらず天気がいい。

少し、身体が回復してきたのを感じた。
でも、今日まではゆっくり休んで、明日から動こう、と読みたくて読んでいなかった本、読み返したい本を、床にバサバサと並べ置いた。
いつもは1冊をじっくり読むほうが好きだ。
だけれどこの数日は、どこから読んでも差し障りがないような短編集を気分で手に取っては、何冊もをかわるがわる読んでいた。

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選んだ本は、食にまつわるものばかりだった。
それらをじーっと見ていて、思いついた。

考えてみたら、1カ月あれば、きっと本1冊書けるなぁ。
1年と少し前に出した本は、新たに取材をせずに、それまでの体験をまとめて書いたものだ。仕上げる時にはほとんど人に会わず、家に閉じこもった。
書き始めの時は、ドキュメンタリーの撮影や、ほかの仕事もしながらだったから数カ月必要だったけれど、集中すれば草稿も、1カ月くらいでいけるんじゃないかしら。
まずは、目次だな。原稿と同じくらい、目次案に時間がかかる。
明日から、取り掛かろう。
外で活動ができないこの間に、編集者さんに見てほしい原稿が書き上げられたなら、最高だ。

この数日の間に、毎日楽しみに見るものができた。
「Circus Bakery」(@circusbakeryparis)の配達風景は、更新されるのを心待ちにした。自転車をこぎ、風を感じる風景がなんとも気持ちがいい。こんなにも車も人もいないパリを、自転車で駆け抜ける気分はどんなだろうか。
それと、レストラン経営者であり料理人の関根拓さん(@takusekin)が、外出禁止の始まった17日からインスタグラムにレシピをアップするようになった。そこには、2歳半の息子くんもアシスタントで登場して、「Encore ?(もっと?)」と確認しながら材料を加えていく。泡立て器がひっくり返っては粉や卵液が飛び散る様子に、「これは、片付けが大変だぁ」と案ずるも、ほのぼのして、見れば顔がほころびる。
あとは20時のニュース(TF1)で番組終了間際に流される、外出禁止となってからのフランスのどこかの街を空撮した映像。人っ子一人いない街は、映画の撮影セットのようで、中世にその基盤ができた街などは、まさに時が止まったかに見えた。

些細なことだ。
でも、いまの生活で新たに毎日繰り返すことが、少しずつ増えている。

朝ごはんブログを更新して、
早めの夜ごはんには、作っておいた豚ほほ肉といろいろハーブの白ワイン煮込みに、余っていたトレビスやクレソンを総動員したサラダを食べた。

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3月23日(月)

今日こそは!!と、午前中にまず着手したのは、掃除機をかけることだ。
週末の間、むずむずしていた。
掃除機をかけたい。窓を拭きたい。お風呂を掃除したい。
相変わらず、朝、起き上がることには苦労するのに、掃除機をかける時の、腕を前に押し出し、後ろに引きの動作は、ものすごく気持ちがよかった。
この動きはいいのか!と俄然やる気も高まって、満遍なくどちらもがほぐれるように、左右交互に持ち替えながら、嬉々として掃除した。

掃除機をかけ終わったら、お風呂掃除だ。
バスタブも、洗面台も、タイルの床も、スポンジでゴシゴシ洗った。
トイレ掃除もして、すっきりしたついでにお香も焚いて、お腹が空いたのでこの日はここまでとすることにした。

遅めのお昼には、チャーハンと、鶏肉とセロリの春雨スープを作った。

ごはんの後、よっぽど窓拭きもしてしまおうかと思ったけれど、この“一気にやってしまえ!”はおそらくいまやめたほうがいいと思い、自粛した。

幾分、さっぱりした家に満足して、床に座りノートを広げた。
いま、家にある材料でスープを作るとしたら……
いつもするように、素材を組み合わせてメモをしていく。
ただでさえ家の中にいて筋力が落ちているだろうから、野菜だけにするのはよくないだろう。ちゃんとタンパク質も摂って、繊維質の多い野菜たっぷりのスープに。

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掃除を終えてから再びラグの上に重ねた本の中から、『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。』(宮下奈都 著)を手に取った。
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おいしいと聞いていた店のピロシキを食べた。
「おいしいねえ」
家族でいい合ってよろこんでいたが、あとになって夫が遠慮がちに「これはピロシキじゃない」といい出した。
「ピロシキじゃないなら何なの。どこが違うの」
聞くと、しばらく考えてから。
「しらたきが入ってないよ」
「えっ」
本場のピロシキには、しらたきが入っているのだろうか。

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こんな、ふふっと思わず口角が上がってしまうような何気ない家族の食卓の会話や、なかには、さりげなく、でも沁み入るような話も書かれている。
いつもだったら「ちょっと休憩」と、コーヒーを淹れてiPhoneを片手にソファに座っていたタイミングで、数日前からは、白湯をカップに注いで床に座り、足を広げてストレッチをするような体勢で、この本をめくるようになった。

夜のニュースで、首相が官邸からの生中継で会見した。
外出の理由として許可されていた項目のひとつ、自宅からの近距離で、個人で行う運動(ジョギングやウォーキングなど)について、自宅から1km圏内で最長1時間と新たに制限が設けられた。
屋外で開催されるマルシェも明日から閉鎖と発表された。
ただ、地方で、何キロも車で行かないとスーパーがないなど、マルシェが生活の要になっているところでは、開催の判断が町長・村長に委ねられるということだった。

状況を理解してはいても、いつも買っている生産者さんたちの顔を思い浮かべると、やるせなかった。

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3月24日(火)

私は、新月と満月の日には、シーツ、布団カバー、枕カバーを取り替えることにしている。
この日は、新月だった。
朝、お風呂から出た後、シーツとカバー類を外し、新たなのをかける前に、つかの間、お布団に風を通す。
外したものを洗濯機に入れ、回してから、窓拭きをさっさと終わらせることにした。

窓を拭き終わったら、青空がより鮮やかに見えた。
そしてようやく、あ〜これで環境が整った、という気になった。

1週間があっという間だった。
まだ、先はまるで見えない。

もし少しだけ見えてきたことがあるとするなら、
「あるもので、どうにかしよう」
という意識があらゆる面で働く生活になったことだ。
必要書類を携帯すれば、生活に最低限必要なものは買いに出ることができるし、食材だって買いに行ける。
でも現状、多くの人がなるべく買い物に出ないようにしており、1週間経った時点で、友人の中に買い物に行ったという人はひとりもいなかった。

同じ場所で暮らしながら、これまでと異なる意識で生活して一定期間を過ごしたら、やがては習慣も変わるかもしれないよなぁ。


この日、東京オリンピックが、来年に延期となることが発表された。

続く。

川村明子

文筆家
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
朝の光とマルシェ、日々の街歩きに日曜のジョギングetc、日常生活の一場面を切り取り、食と暮らしをテーマに執筆活動を行う。近著は『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス刊)。


Instagram: @mlleakikonotepodcast「今日のおいしい」 、Twitter:@kawamurakikoも随時更新中。
YouTubeチャンネルを開設しました。

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