
ピピロッティ・リストの展覧会を絶対に観たほうがいい理由。
2021年も早や5カ月が過ぎ……。あっという間に半年経ってしまいそうですが、今年観た展覧会の数もそこまで多くはないとはいえ、もうこれは今年ナンバーワンの展示だ、と感じたのは、ピピロッティ・リストの『Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-』。
ピピロッティ・リストはスイス出身のアーティスト。そのカラフルな極彩色の映像作品に目を奪われたことがある人も多いでしょう。社会的な問題を提議しながらも独特のユーモアが痛快でもあり、思わずクスッとしてしまう。
リストの作品体験で記憶に残っているのは、瀬戸内・豊島で観た『あなたの最初の色(私の頭の中の解-私の胃の中の溶液)』。ちょっとグロい、と思える表現もあれど、とにかくカラフルでポジティブなエネルギーに満ちあふれていて、不可思議な高揚感をいまでも覚えています。
今回の展覧会は、京都国立近代美術館で開催。彼女の約30年間の活動の全体像を本格的に紹介するというので楽しみにしていたのですが、想像を上回る極上体験でした。シリアスになりがちな問題を扱っていても、とにかくユーモアがあっていいのです。このコロナ禍において、シニカルとユーモアがないまぜとなった世界は、救いだな、とも。
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会場へ入るまでの道中、彼女の作品が各所で展開されている。もっとちっちゃな仕掛けもあるのでぜひ見つけて。美術館の館内へ入る前も、空を見上げるのを忘れずに。
館内へ足を進めると、展覧会はいつの間にかスタートしています。天井の高い広々としたロビーの先に、なにやら歪んだ顔がうごめいている……。
リスト自身の顔が歪みうごめくヴィデオインスタレーション、『わたしの草地に分け入って』。
階段の壁にはポップな書体で展覧会名が。
脇の階段を登っていくと、また映像作品が。さらに階段を登ると3階のメイン会場エントランスへ到着。靴を脱いで会場へと進むと……。
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『眠れる花粉』。植物や花、光、水といったあらゆる自然が、ミラーボールのような球体に反射し空間を泳ぐ。
最初の部屋は、『眠れる花粉』。暗闇の壁にぼうっと光が浮かびあがり、しゅっと動いたと思ったら消え、明滅し、脳めがけて飛び込んでくる。太古の生命が生まれ消えゆくような、ひとつの壮大な生命の物語のよう。リストは、「植物の見る夢が空中をゆっくりと回転している」と語っています。
さらに進むと、記憶に残る映像が飛び込んできた。
真っ赤な靴を履き、鮮やかな水色のワンピースを纏った女性が、リズミカルに街を歩いている。そして軽やかに車の窓ガラスを割っていく、『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』。
ブルーと赤の色彩対比にも目を奪われる。
『永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に』は、1997年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品され、若手優秀作家賞を受賞。自動車は男性的な文明社会の象徴であり、それを花の形をした棒で軽快に割っていく女性は、なんともすがすがしい面持ちで、鼻歌などを口ずさんでいる。当時、「リラックスしたフェミニズム」とも評され、彼女の代表作となっています。
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今回の展覧会は、靴を脱いで館内へ入りますが、会場にはカーペットが敷かれていたり、クッションが配置されていたり、観客である私たちはそこに座ったり寝転がったり、リラックスして作品を鑑賞することになります。それがいちばん顕著なのがこちらの部屋。
『4階から穏やかさへ向かって』。天井に吊るされた雲みたいな形のスクリーンに映像が映し出される。
観客は何台か置かれたベッドに身体を横たえて空を見上げる。今回、デンマークのテキスタイルメーカー、クヴァドラが展覧会をサポート。900m以上もの環境に配慮したサステイナブルなテキスタイルが、会場内のカーテンやクッションなどに使用されている。クヴァドラは、ルイジアナ近代美術館で2019年に開催されたピピロッティ・リストの展覧会『Open My Glade』 でのコラボレーションをはじめ、たびたびピピロッティ・リストと協業をしてきた。
部屋に進むと、あれ?ベッドがある……。みんな寝てる……。私も寝てみよう、と、ベッドへあがりこむ。仰向けになることで身体も心も開放されて、ただただひたすらに、天井を見つめる。水、葉、泡、光、藻、泥……。混沌とした世界の中で、光を求めて上へ上へ……。
オーストリアとスイスの国境近くの旧ライン川で撮影された映像は、「まるでモネの『睡蓮』を水の下側から見たような景色」と、リストは言う。
まるで自分も水中へトリップしてしまったかのように、水と溶け合っていくような感覚に。それがなんとも心地よくて、40分くらいはベッドの上にいたかも……。
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ほかにもいくつか部屋があり作品が展示されていますが、なんとも心踊ったのは、最後のだだっ広いリビングルーム。
撮影:表恒匡
樂吉左衞門の茶碗やタカエズ・トシコの壺とのコラボ作品もあるので、そちらもぜひチェックを。
混沌、という言葉がしっくりくるでしょうか。そこは、性別、人種、国、それどころか宇宙の壁をも取っ払ってしまったかのような、果てのない世界が広がっていました。人々は思うままにそこに生息し、ソファに座り、絨毯に座り込み、クッションに寝転び、晩餐会のテーブルについたり、映像に見入ったり。そこでは観客たちがどのように動こうとも、ひとつの空間の中で違和感なく存在する。なんとも摩訶不思議な世界が存在していました。
リビングルームの中の一角。
リビングルームの中の一角。秘密のバーのような雰囲気。
透明のオブジェに光が乱反射し、小さな宇宙的な世界が広がる。
リビングルームで個人的にいちばんハマってしまった『愛撫する円卓』。円卓にはカトラリーやプレートが並び、まさに晩餐、という設え。さまざまな色彩の映像が投影されて、それがまさにご馳走だった。
ゆるやかになめらかに円卓を彩り変化する映像。
全体を見渡すか細部を見るかでまったく感覚が異なるので、じっくり両方の世界を体験することをお勧めします。この部屋、余裕で1時間はいられます。
異空間を旅してきたような、壮大な旅を終えてきたかのような心持ちで会場を後にしましたが、あの高揚感はなんともいえず、至福。身体感覚を揺さぶられるこの体験は、「触れる」という身体感覚が希薄になったこの世界で、自身のこの世での存在を再認識するような、そんな感覚がありました。
この展覧会は、8月7日から水戸芸術館現代美術ギャラリーへ巡回。京都の展示ももう一度行きたいですが、水戸ではどのような空間になるのか、いまから楽しみです。編集MIでした。
会期:開催中~ 6/20
会場:京都国立近代美術館(京都府京都市左京区岡崎円勝寺町)
開)9時30分~17時(金、土は〜20時) ※入館は閉館の30分前まで
休)月(5/3は開館)
料)一般¥1,200
問)075-761-4111
www.momak.go.jp
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