再評価が進む『女王陛下の007』と、キャビア・ベルーガ。
『007』を観たおかげで酒、時計、ファッションアイテムに携わる編集者になったと言っても過言ではない編集YKが、今回再上映が決定した10作品を徹底レビュー! 今回は映画第6作となった『女王陛下の007』と、ジェームズ・ボンド、原作者イアン・フレミングが愛した珍味、キャビアについて語ります。
『女王陛下の007』(イギリス公開1969年12月18日/日本公開69年12月27日)
>作品解説:クリエイターたちを魅了する、歴代最強のアクションロマンス
>コラム:007とキャビア・ベルーガ
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犯罪組織スペクターのボス、ブロフェルドを捕まえる「ベッドラム作戦」を遂行中の007=ジェームズ・ボンドは、ポルトガルの海岸でドレス姿のまま海で入水しようとしていたテレサ(=トレーシー)という若い女性に出会う。大胆な車の運転や、カジノでの破天荒な振る舞いに興味を抱いたボンドは、テレサと一夜をともに過ごす。
彼女はコルシカ島に拠点を持つ犯罪組織ユニオン・コルスの首領、ドラコのひとり娘だった。父に反発していた彼女は家を飛び出すとイタリアのある伯爵と結婚。しかし伯爵は愛人と自動車事故で死亡してしまった。自暴自棄に奔放に生きる娘を心配するドラコは、ボンドにテレサと結婚するように頼み込む。ボンドはこれを利用してドラコから商売敵のブロフェルドの情報を得ようとするが、いつしか彼女に本心から惹かれていき、彼女もまたボンドに好意を抱くのだった。
ドラコの協力により、ボンドはブロフェルドがアルプスの山荘「ピッツ・グロリア」にアレルギー研究所を構えていることを突き止める。ブロフェルドが免疫学の権威、デ・ブルーシャン伯爵の爵位を認可するよう交渉していることを知ったボンドは、紋章院の役人になりすまして研究所に潜入する。そこでは、ブロフェルドがアレルギー治療に訪れていた被験者の12人の女性たちに催眠術をかけ、動植物の繁殖を止め絶滅に導くウィルスを任意のタイミングで世界各地にばら撒くことで国連を脅迫、自身は爵位を手に入れて表舞台で悠々と暮らすという計画が進められていた。
正体が露見し監禁されたものの、ボンドは隙をついて雪山をスキーで脱出。しかしブロフェルドの部下たちの追跡は止まず、あわやというところでボンドは彼を追ってきたトレーシーに救出される。闘争劇の中、山小屋で結婚を誓い合うボンドとトレーシー。しかし、ブロフェルドが起こした雪崩に巻き込まれ、トレーシーが研究所に拉致されてしまう。
国連やMI6がブロフェルドの要求に屈しようとする中、ボンドはドラコの協力を得て研究所を襲撃。トレーシーを救出し、研究所を爆破して計画を失敗に追い込む。ボンドは仲間達に祝福されながら、ポルトガルで結婚式を挙げる。ふたりはアストンマーティンに乗り込みハネムーンへ出発した。しかし、一台のベンツが背後から迫っていた……。
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クリエイターたちを魅了する、歴代最強のアクションロマンス
『007は二度死ぬ』で降板宣言をしたショーン・コネリーに変わり、2代目ボンドとしてスクリーンに登場したのがジョージ・レーゼンビーだ。1939年、オーストラリアで生まれ、高校卒業後に車のセールスマンをしながらスキーのインストラクターをこなし、競技スキーの大会に出場。オーストラリア軍に入隊し、軍曹となりマーシャルアーツ(≒格闘技)の教官となった。除隊後、64年にロンドンに移住し車のセールスを再開するが、ファッションモデルにスカウトされ、雑誌「プレイボーイ」などで人気を博す。チョコレートのCMでイギリス中に顔を知られていた彼の元に、演技未経験ながらジェームズ・ボンド役のオーディションが舞い込む。
結果、数百人の候補からスクリーンテストに合格。プロデューサーであるハリー・サルツマンがレーゼンビーを強く推薦し、また本作の監督であるピーター・ハントも、アクションの上手さを理由に彼を指名したのだという。しかしレーゼンビーの撮影現場やパーティーでの横柄な振る舞いや、ショーン・コネリーによって強烈に作りあげられた「007像」を求めるファンの声は根強く、制作中のレーゼンビー本人による降板宣言を経て、次回作ではショーン・コネリーが007に復帰することとなる。
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前作『007は二度死ぬ』に比べ興行成績は振るわず、また原作に準拠したハードボイルド寄りのストーリーや、レーゼンビーのオーストラリア訛りが旧来のファンに受け入れられず、当時の評価は芳しくなかった。しかしボンド役が若返ったことによる、スキーをはじめとした爽快なアクションシーンや、トレーシーとのラブストーリー、そして彼女との永遠の別れを取り入れた本作は後年、再評価の動きが強い。
本作を愛するクリエイターは多く、『オーシャンズ11』シリーズのスティーヴン・ソダーバーグやゲーム『メタルギアソリッド』シリーズの小島秀夫は本作をシリーズ最高傑作に挙げる。作品内でオマージュを捧げている例も多く、007シリーズの監督を熱望しているクリストファー・ノーランは『インセプション』で雪山の要塞での攻防を取り入れ、BBCのドラマ『SHERLOCK』シーズン2では、本作で没アイデアとなった「地下鉄内に遺体が座るシーン」をオマージュした「遺体を座席に座らせた飛行機」のシーンが登場するなど、いまなお影響力の強い作品と言えるだろう。
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ボンドとキャビア・ベルーガ
シャンパーニュ、マティーニに続いて007の好物として映画に登場するのがキャビアだ。映画『サンダーボール作戦』ではドン ペリニヨン55年とともにベルーガのキャビアを注文、本作『女王陛下の007』でもやはりドン ペリニヨン57年とともにキャビアをルームサービスでトレーシーの部屋に運ばせ、パンに塗ってつまみ食いすると「これはカスピ海の北で採れたロイヤル・ベルーガだ」とつぶやく。『007 / 美しき獲物たち』ではボンドがシベリアから脱出した後、リュックサックからキャビアの大缶とウォッカのボトルを取り出すシーンがあり、『ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではキャビアの加工場がアクションの舞台に。『カジノロワイヤル』では人妻との情事の後で、ボランジェのシャンパーニュとともにベルーガのキャビアを注文している。
原作でも、ボンドはかなりの頻度で夕食時にキャビアを注文している。初登場作品の『カジノロワイヤル』から、山盛りのトーストとともにキャビアを食べるシーンが登場、靴底くらい厚くキャビアを塗りたくるという描写に読者は度肝を抜かれる。
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「ベルーガ」とはカスピ海、黒海、アドリア海に生息するオオチョウザメのこと。成魚で150センチ〜300センチにも達し、最大で8.6メートルに達した個体もいるという世界最大級の魚類だ。カスピ海産のチョウザメから取れる大粒のキャビア(魚卵)は高級品で、南側のイランで獲れるものよりも北側のロシアで獲れるもののほうがよりランクが高い食材として珍重される。
戦前にロイター通信のモスクワ支局長を務めた原作者フレミングにとって、キャビア・ベルーガは何物にも代え難い好物のひとつだったのだろう。世界が東西に二分された冷戦中、ロシア産のキャビアは手の届かない逸品で、ボンドが命懸けで敵地から奪取してきたくなるのも頷ける。
戦後、ロシアの自由経済化に伴い、キャビアを求めてチョウザメの乱獲が勃発。現在、国際自然保護連合によりオオチョウザメは「絶滅寸前」に指定され、2006年からワシントン条約の保護対象となり、漁獲量は厳しく制限されている。アメリカではキャビアベルーガの輸入が禁止されているほどだ。シャンパーニュとキャビアの組み合わせは、冷戦中の時代と同様に最大の贅沢なのだ。
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