Editor's Blog

リアルな世界情勢を反映した『007 / リビング・デイライツ』と、シャンパーニュ・ボランジェ。

『007』を観たおかげで酒、時計、ファッションアイテムに携わる編集者になったと言っても過言ではない編集YKが、今回再上映が決定した10作品を徹底レビュー! 今回は映画第15作となった『007 / リビング・デイライツ』と、シリーズを彩るシャンパーニュ、ボランジェについて語ります。

『007 / リビング・デイライツ』(イギリス公開1987年6月29日/日本公開87年12月12日)

イベリア半島南端にあるジブラルタルでの演習中、ロシア語で「スパイに死を」と書かれた紙とともに004、002が殺害される。訓練に参加していた007=ジェームズ・ボンドは侵入者を追跡し、車で逃走した暗殺者を倒す。

その後、ボンドはソ連の影響下にあるチェコスロヴァキアに向かう。ソ連の情報機関「国家保安委員会(KGB)」のコスコフ将軍から亡命の要請があり、MI6のエースである007に護衛の要請があったのだ。ボンドはクラシックのコンサート会場から逃亡するコスコフ将軍を援護すべく周囲を警戒する。すると、会場でチェロを演奏していた女性が2階からコスコフを狙撃するのを目撃する。咄嗟の判断で彼女が狙撃の素人だと見抜いたボンドは、彼女を殺さずに見逃し、コスコフをチェコとオーストリアを繋ぐパイプラインを使って亡命させることに成功する。

亡命したコスコフは、新たにKGBのトップになったプーシキン将軍が「スパイに死を」という合言葉の下、西側諸国のスパイを残らず抹殺する計画を立てており、これが核戦争の引き金になりかねないとプーシキン将軍の暗殺をMI6に依頼する。その時、牛乳配達便に変装したKGBの殺し屋が襲来、コスコフ将軍は奪還されてしまう。一連の事件に疑問を抱きつつも、ボンドはプーシキン暗殺の任務を命じられるが、密かにコスコフ将軍を狙撃したチェリスト、カーラに会うためチェコへと潜入。身分を隠してカーラに接触したボンドは、彼女にとってコスコフは音楽院に行くための資金やストラディヴァリウスを寄付してくれた恩人であり、狙撃は空砲で彼の亡命を助けるための芝居であったことを突き止める。

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KGBによる追跡を振り切ってカーラとともにオーストリアに入国したボンド。調査の結果、オークションでストラディヴァリウスを購入したのはコスコフと繋がりのあるモロッコの武器商人ウィテカーであることが判明。モロッコのタンジールでプーシキン将軍を詰問したボンドは、「スパイに死を」という作戦が20年前に廃案となったものであること、彼は西側スパイの暗殺に関与していないこと、コスコフとウィテカーがロシアの公金5000万ドルを着服していたことを確認する。コスコフはプーシキン将軍の罪を偽装して彼をMI6に暗殺させ、公金横領の事実を闇に葬るつもりだったのだ。

ボンドはプーシキンの暗殺を偽装し、事態の好転を図る。しかしコスコフによる「ボンドはKGBの殺し屋で、自分を殺そうとしている」という嘘を信じてしまったカーラは、ホテルに戻ったボンドに睡眠薬の入ったマティーニを飲ませる。コスコフに捕まったボンドはプーシキン将軍暗殺犯としてアフガニスタンのソ連空軍基地に連行されてしまう。カーラもコスコフに裏切られ、ふたりは基地内の牢屋に収容される。そこにはソ連による軍事介入に抵抗するイスラム教徒のレジスタンス、ムジャーヒーディーンの副司令官が囚われていた......。

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冷戦の"いま"を捉えた、社会派アクション

シリーズ15作目にして25周年の記念作品でもあり、前作まで12年にわたってジェームズ・ボンドを演じたロジャー・ムーアに代わりティモシー・ダルトンが4代目007を演じた。

ティモシー・ダルトンは1946年生まれ、16歳の頃に『マクベス』の舞台を観て本格的に演劇を志す。ピーター・オトゥール、アンソニー・ホプキンス、ロジャー・ムーア、ケネス・ブラナーらを輩出したイギリスで最難関の3年制の演劇学校、英国王立演劇学校に入学するも、卒業せずに劇団に入団。その後テレビドラマへの出演も続き、中世をテーマにした舞台劇が原作の映画『冬のライオン』(1968年)での熱演が大注目される。ショーン・コネリーの降板により、製作陣は23歳のダルトンに007役を抜擢しようとしたが、ダルトンは「まだ若すぎる」と出演を固辞、その後は舞台を中心に活躍を広げた。

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映画『007 / ムーンレイカー』(79年)公開後、ムーアの降板宣言を受けて再度33歳となったダルトンにオファーが舞い込むが、この時映画『ココ・シャネル』(81年)の出演が決まっていたため丁重に断り、結果ムーアがこの後3作続投することになる。1986年、ボンド引退を宣言したムーアに代わって再びダルトンの出演依頼が告げられるが、彼はブルック・シールズと共演した『ブレンダ・スター』(88年)の撮影中で、再び断ることに。サム・ニール、メル・ギブソンなどが4代目候補に上がる中、ドラマ『探偵レミントン・スティール』で大人気となっていたピアース・ブロスナンに白羽の矢が立てられる。しかしドラマスタッフがブロスナンの契約を延長したため、ブロスナンも出演を見送ることに。製作陣はダルトンのスケジュールを待って再びオファー。40歳、"4度目の正直"でティモシー・ダルトンの4代目ボンド襲名が決まった。

ロジャー・ムーア時代の娯楽的な作風を一新すべく、製作陣は秘密兵器に頼らない、「タフな肉体派007」像を模索。ダルトン本人も、撮影現場の休憩中にフレミングの原作本を読んでいる姿が見掛けられたとか。故ダイアナ妃はチャールズ現国王のフィアンセ時代、1981年の『ユア・アイズ・オンリー』から007のプレミア上映会に参加しているほどシリーズのファンだったが、本作『リビング・デイライツ』を鑑賞後に「最もリアルなジェームズ・ボンド」と絶賛している。

ダルトンはその後、英国王室のスキャンダラスの側面を描いたNETFLIXドラマ『ザ・クラウン』で、エリザベス女王の妹マーガレット王女と禁断の恋に落ち、婚約したものの王室の意向によって別れることになった王室警護官ピーター・タウンゼントの老年期を熱演。ディナージャケットを粋に着こなす名演は、老境に入ってなおダンディズムを体現するジェームズ・ボンドを思い起こさせるものだった。

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製作陣のリアル路線思考を受けた本作では、ソ連のアフガン侵攻やそれに対抗するムジャーヒディン、彼らを支援するアメリカ、イギリスによる代理戦争を描くなど、冷戦が新たな局面に入った時代背景を色濃く描き出す。その後、88年にはソ連の撤退が始まり、ひいてはソ連の崩壊につながることになるが、一方でムジャーヒディン同士の内戦が勃発、これがタリバンの台頭を産むことになってしまった。これらの時代背景は88年に公開された『ランボー3』、また2015年に発売されたゲーム『メタルギアソリッドⅤ』でも詳しく描かれる。

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007とボランジェ

映画版007シリーズ中、シャンパーニュが数多くの名シーンを彩ってきたことは以前にも記したが、その中でも最多出演回数を誇るのがボランジェだ。ボンド役をロジャー・ムーアが引き継いだ映画『死ぬのは奴らだ』で初登場、その後『ムーンレイカー』からは"オフィシャルパートナー"として、以降40年以上に渡りジェームズ・ボンドの喉を潤してきた。本作でもボンドはコスコフ将軍のランチの席で、百貨店ハロッズからキャビアとボランジェR.D.を購入して贈っている。

ボランジェは1829年に創業、1884年にはヴィクトリア女王からロイヤルワラント=王室御用達が授与された、いまなお家族経営を貫くシャンパーニュメゾン。特に3代目当主の妻で5代目当主となるマダム・リリー・ボランジェは、第二次世界大戦中に防空壕の中でもシャンパーニュを作り続けた豪傑で、「ボランジェは紳士淑女がいる場所へ販売すること」という書簡を残した中興の祖だ。彼女はトップキュヴェである「レサマンデゴルジェ=R.D.」を開発。ワインを15年以上澱の上で寝かせることでこれ以上なく深みと香りを引き出し、出荷の直前にデゴルジュマン=澱引きをすることでフレッシュ感を生み出すという唯一無二の味わいを生み出した。

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ボランジェの創業地であるアイ村は黒ブドウであるピノ・ノワールの名産地。ピノ・ノワールの持つポテンシャルを樽による発酵、貯蔵によって極限まで引き出して作り出すボランジェは、優雅ながらもどこか力強さを感じ、長い熟成にも耐えうるシャンパーニュだ。

その味わいはさながら、ジェームズ・ボンドという生き姿を体現しているかのようにも感じられる。007の新作公開時には、限定ヴィンテージや限定ボトルが発売されるのも愉しみのひとつだ。筆者もバーやメディアランチの席などで幾度となくボランジェを味わってきたが、脱稿後や映画の公開直後、友人やボランジェのスタッフと007談義に夢中になりながら飲んだグラスの味は、いまでもありありと思い出せるほど高揚感に満ちていた。

『BOND60 007 4Kレストア』
新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次ロードショー
www.tc-ent.co.jp/sp/BOND60_007_4k_jp
9/28(木)新宿ピカデリー19時
『ロシアより愛を込めて』上映前に、服飾史家の中野香織さんをお迎えしての特別トークショーを実施!
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